Les aventures d'un penseur sans fond: depuis janvier 2003
12月30日
29日は恒例の「阪神間仏文学者+難波江さん」のジョイント忘年会の予定であったが、仏文関係のジロー先生おひとりと参会者が少ないため、急遽「ご近所忘年会」に趣旨替えして、飯田先生、ウッキー、ドクター佐藤もお招きすることになった。
鵜野先生にもらった牡蠣の残りを冷凍していたので、そのうち半分を解凍して、「牡蠣のクリームソースのパスタ」を作る。
タマネギとベーコンとエノキダケとブラウンマッシュルームをバターで炒めて、そこに生クリームをどぼどぼ入れて、塩胡椒とコンソメスープで味付け。
牡蠣は別のフライパンでオリーブオイルできつね色になるまで炒めて、最後にクリームソースに放り込む。
なんだか理由はわからないけれど、いっしょに煮込むと牡蠣の匂いが強くなりすぎるんじゃないかなと思ったのである。こういうのは長年テキトーに料理をしていると、なんとなく「そんな感じ」が分かるのである。
牡蠣が余ったので、ついでに牡蠣フライを揚げる。
みんなが来る前に揚げたてをつまみ食いしたが、これが美味!
私が用意したのは、あとは生ハムのっけた地中海風サラダ(このところ、こればっかだな)。
みなさんが一品持ち寄りで集まってきたので、まずMoet et Chandon で乾杯。
みなさんよくしゃべり、よく食べ、よく飲む。
今回もりあがったテーマは「結婚」。
当日結集された6名のうち未婚者はウッキー一人で、あとは既婚者とバツイチ者。
ヘテロセクシュアルを規範とする一夫一婦制は保持されるべきか否かについて激論が展開した。
ウチダはもちろん「ヘテロセクシュアルを規範とする一夫一婦制護持論」者である。
「でも、そんなこというけれど、世の中には非ヘテロのひともいる。かれらの性的自由と人権はどうなるのであるか」
という反論がもちろんなされるわけであるけれど、私は「人間というのは本質的に性倒錯である」とするフロイト主義者なので、ヘテロも非ヘテロもみんな性的幻想だと思っている。
人間はやろうと思えば、どんな対象にだって(ハイヒールにだって皮と生ゴムにだって)リビドーを固着させることのできる、ある種の「化け物」である。
だからこそ、ヘテロな性幻想をドミナントな規範として制定し、「これがメインで、これ以外の性幻想はマージナルだから、やりたい人ははじっこのほうでこそっとやってください」という抑圧をかけないとまずいと申し上げているのである。
だってそうでしょ?
ハイヒール舐めたり、皮と生ゴム身体にまきつけてオルガスムスを感じるような人ばかりになったら、「再生産」しなくなってしまうから。
個人の性的自由はもちろん大事なことであるけれど、それ以上に大事なものがある。
それは「性的自由を要求できる程度の社会的基礎づけ」(つまり屋根のある家に済み、三食が食べられ、市民としての社会的承認が得られている状態)を確保することである。
ものには優先順位というものがある。
性的自由はたしかに基本的人権の一部である。けれども、それは「衣食足りて」のちに要求されるべき種類の人権である。
だから、仮にいまの日本が人口過剰で、資源が足りないという状況であれば、エロスの追求が人口増につながらない非ヘテロ的性幻想を私はおおいに応援し、そのために進んで弁ずることを厭わないであろう。
しかし、いまはそうではない。
私たち大学教員自身が子どもが激減しているせいで、「飯の食い上げ」になりつつある。
そういう局面でヘテロセクシュアルな性幻想を規範的であるとか抑圧的であるとかいってしりぞけることはウチダには得策とは思われない。
「でも、そのことは一夫一婦制の維持とは関係ないでしょ。結婚しなくても子どもは産めるんだから。結婚してない女性でも子どもが育てられる社会環境を整備することが優先的な政策じゃないの」
それもたいせつなことである。
とりあえず出生数が確保できるならなんでもやる、というのが厚労省のエンゼルプランという施策である。もちろんその中に保育園の整備や、地域社会における育児のサポートといった項目も含まれている。
しかし、そのような制度が整備されるまでの過渡的現段階では、女性がひとりで子どもを産み育てるというのは非常にきびしい仕事と言わねばならない。
「地域的サポート」という場合の「地域」というのは文字通り「スープの冷めない距離」のことである。
その範囲に「子どもが熱を出した」といっては保育園に迎えに行ってくれ、「仕事で旅行するから」といっては泊まりがけで預かってくれるような信頼に足る育児サポーターを複数集めることができるためには、その女性が社会的に尊敬され、それなりの経済的余裕がなければならない。
つまり、子どもを育てるリソースがない女性が子どもを産んでも、代わって地域社会や同業集団や行政機関が育ててくれる社会ができるまで、過渡的には「シングルマザーになれる」人というのは「社会的上層」の女性に限られるのである。
そのような女性の数を増やすことにウチダは何の異論もないが、それを「標準的な子育て」の仕方としてリコメンドすることはできない。
「男性ひとりで子育て」をしてきた経験から、このようなイレギュラーな子育ては、いまの日本では「定収と余暇と友人」がある人間にしかできないことを知っているからである。
私の事例は例外的であり(とくに「余暇」の点で)、私の子育てスタイルをもって「モデル」としてご推奨することはできない。
現に、多くの女性にとっては、「社会的に尊敬され、それなりの経済的余裕」をもつ機会そのものが減少しつつある。
人口減とともに総需要が減少してゆく以上、雇用も賃金もそれにつれて下落するのは理の当然である。
この先、多くの女性にとってその実現がしだいに困難になりそうな選択肢を「モデル」として提示することは私にはためらわれるのである。
それゆえ、ウチダの結論はヘテロセクシュアルな性幻想に支えられた一夫一婦制の護持である。
一夫一婦+偕老同穴すなわち結婚契約の尊重である。
いくらでも自由に離婚再婚を繰り返すことができるし、それは奨励されるべきだという主張をなされる方もいるが、ウチダはそれには反対である。
そういうことになると、結果的には複数の配偶者を頻繁に取り替えることのできる「性的強者」と生涯を未婚で過ごさねばならない「性的弱者」への二極化が進行するからである。
ウチダは社会の「多様化」には賛成であるが、社会の「階層化」には賛成できない。
社会成員の全員がそれぞれに生涯をともにすることのできるパートナーを得ることが、社会的には望ましい形態であるとウチダは信じる。
人間がきっちり男女同数で生まれてくるのは、少なくとも理論上は「全員が配偶者を得ることができる」ためではないのだろうか。
そのような自然の配慮に対して人間はあまり賢しらな抵抗をすべきではないのではないか。
というようなことを論じたのである。しかし、たしかに容易に結論のでない論件ではある。
これについては『ミーツ』の次の次の号で、もう少し詳しく論じてみたいと思っている。
30日は恒例の「年の瀬に映画を見る会」。
年末は映画館ががらがらになる。とくに大晦日の最終回などというのは、もうみごとに閑散としている。
ウチダは「がらがらの映画館」が大好きなので、年末になると必ず映画を見に行く。
見に行ったのは、2ヶ月遅れのMatrix revolutions。
これまで会った人たちがみんな「片づかない顔」をしていたので、たぶんそういう結末なのであろうと思っていたが、やはりそうであった。
まえに松竹から公開前に公式パンフレットへの「マトリックス論」の寄稿を求められたことがあった。
そのときはフィルムも資料もなにも届いていない段階で「感想文」を書いてくれと言われたので、さすがのウチダも見ていない映画の感想は書けないとお断りしたのである。
今回は見たので、いろいろ分かった。
ラストシーンが『風の谷のナウシカ』からのパクリだということは分かったけれど、当然こんなことはもう誰かが指摘しているだろう。
結局こういうときはラカンをつかって解読するしかない(「困ったときのラカンだのみ」)。
でも、ラカンを使うと「あまりに簡単」になってしまうのが難点。
以前書いた通り、イカやタコのような機械がうようよするのは「現実界」である。
だから、地底のザイオンの球状の「ドッグ」は「母の子宮」。
そこに突っ込んでくる「鉄のドリル」はだから「男根」。
ならば「男根」が開けた穴からざわざわと入り込んでくる無数のイカは「スペルマ」以外にないではないか。
今回の映画のクライマックスの戦闘シーンは「子宮内に雪崩れ込む精子の群れと、その着床を阻止しようとするものたちの戦い」なのである。
避妊戦争だね。
ザイオンの全員の願いである「永遠の平和」とは「母の胎内に生命以前のものとして、永遠にとどまりたい」という現実界的願望に他ならない。
ネオは「にもかかわらず生まれてしまった子ども」である。
『マトリックス1』でキアヌ・リーブスが裸で丸坊主のすがたで「ぼちゃん」と「水中出産」する場面を思い出して欲しい。
彼は現実界を離れて、想像界に踏み込む。
そこで、「想像界」を表象するものと出会う。
エージェント・スミスである。
スミスさんの仕事は「世界は鏡像で満たされている」という自他未分化の境位の創設であるから、彼はまさに「想像界の王」である。
映画のもう一つのクライマックスであるネオとスミスの格闘シーンはだから「いずれがオリジナルでいずれがコピーであるかを争う奴隷と主人のヘーゲル主義的な殲滅戦」なのであった。
ネオは自己の鏡像との命がけの抗争に勝利して「想像界」を離脱し、「象徴界」へのジャンプを成し遂げる。
「マトリックス」とは「象徴界」のことである。
ネオが「象徴界」に進むことができたのは、「世界=マトリックスは私がここに到来するより先に、すでにプログラムされており、私はそのプログラムがどういう意図で作り出されたのかを知らない」という「絶対的遅れの覚知」を得たからである。
この「遅れ」の覚知の有無が、ネオとスミスの勝敗を分岐する。
スミスは「自分は世界のすべてを知っている」と思いこんでいる。それが彼の敗北の理由である。
それと対称的に、象徴界を代表する登場人物「予言者オラクル」の繰り返すことばは「知っているけれど、知らない」「決まっているけれど、どうなるか分からない」である。
ネオは、映画のラストが予告するように、いずれマトリックスに到達し、そこを「終の棲家」と定めることになる。
そこはプログラムの中の世界である。
けれども、それが「人間の世界」なのである。
私が生きているこの世界の起源もその目的も私は知らない。
なぜなら、私は世界が「できたあとに」世界に到来したからである。
その覚知を得たものが「人間」と呼ばれる。「インターネット持仏堂」に詳述したとおりである。
私たちが知っているながく語り継がれる物語のすべてがそうであるように、『マトリックス』もまた「ビルドゥングスロマン」であり、そこで語られるのは、ただひとつのメッセージである。
それは「人間になれ」ということばである。
というわけで、ラカンを使うと『マトリックス』も『こぶとりじいさん』と「まるで同じ話」だったことが分かるのである。
でも、こういう映画の見方もいい加減飽きたな。
12月28日
ようやく年賀状書きが終わる。
これで煤払いにつづいて、年度末のお仕事の山は越えたわけである。
今年は年末のかたづけが順調である。
最大の懸案はレヴィナス『困難な自由』の翻訳であり、これは数年前から「今年中には必ず訳稿を上げます」と中根さんに「男の約束」をしていながら果たせずに来た、因縁のお仕事である。
もともと改訳であり、未訳の部分は200頁ほどであるので、ふだんの私であれば、3月もあれば仕上がるものであるが、なにしろレヴィナス老師のご高著である。
鼻歌まじりでほいほいと訳すことが許されない。
斎戒沐浴酒食を断ってというほどのことはないけれど、「よし、今日はレヴィナス先生のために一身を捧げるぞ」というような凄絶な覚悟がないとなかなか取りかかることができないのである。
他の仕事なら、二日酔いのバカ頭でさくさく原稿を書いたりできるんですけどね。
というわけで、一日スケジュールが空いていて、体調も頭のぐあいも絶好調という日に限って翻訳をしているので、ぜんぜん進まない(そんな日、一年に何日もないからね)。
しかし、そんな悠長なことを言っているうちに、今年も終わってしまい、またも約束は反古にされたのである。
うう、まずい。何がなんでも年度内には仕上げねば。
ばたばたしているとウッキーから電話があり、合気道部OGの沢奈緒さんのお父さんが急逝されたという連絡が入る。
本日が通夜というので、あわてて支度をして、ウッキーと江口ちゃんを車に乗せて、加古川まで阪神高速、第二神明、加古川バイパスを西へ。
お父さんは享年57歳。肝炎で入院中に急変して亡くなられたとのこと。
嗚咽する沢さんにかけることばがない。
大学の合気道部を創部して13年。部の関係者の葬儀に参列したのは今日がはじめてのことである。
ご冥福をお祈りします。
12月27日
とりあえず4日かかって部屋の大掃除が終わる。あとはベランダと外回りだけ。これは大晦日まわし。
のんびりとたまった原稿を書く。
まず昨日締め切りだった『ミーツ』の「社内改革論」。
大筋は書けていたので、さらさらと数十行書き足して、できあがり。
「インターネット持仏堂」その11も釈先生がだいぶ待ちくたびれておられるようなので、さくさくと書いてしまう。
「東京ファイティングキッズ」の続きをお正月前にもう一本書かないといけない。これはあとで飲みながら書くことにしよう。
高橋源一郎さんの『ジョン・レノン対火星人』の「解説」もぱたりと筆が止まったままである。
『ジョン・レノン対火星人』は高橋さんの作品の中では、学生運動のことがすごく生々しく出てくる小説なので、いつものように「お気楽」気分で書くことができない。
1970年前後の学生運動の中で私は友人を何人か失った。
彼らの死がどうしていつまでも気になるかというと、死んだのが彼らであって、私でなかったことに「必然性」がないからである。
私がたいへんクレバーに立ち回ったとか、革命的警戒心に欠けていなかったとか、そういうことで生き残ったわけではない。
私はいまよりずっとワキが甘く、いまよりずっと攻撃的な人間だった。
死んだのは私であっても少しもおかしくない状況があって、そこで意味の分からない選択が行われて、「いいやつ」が死んで、私が生き延びた。
そういうことがあると、気持ちが片づかないのである。
それが30年尾を引いている。
レヴィナスの「有責性」という概念にこだわりがあるのも、あるいはその「必然性なく生き延びた」ことが片づかないからかもしれない。
レヴィナスは39年に開戦とほとんど同時に捕虜になり、終戦までハノーバー近郊の収容所に収監されていた。
フランス軍兵士の軍服がウィーン条約で彼を保護していた点で、いかなる保護規定もなく民間人として絶滅収容所に送られた他のユダヤ人とまったく立場が違っていた。
収容所にいるあいだアウシュヴィッツのことを何も知らずに復員したあと、レヴィナスはリトアニアの親族がほぼ全員虐殺されたことを知った。
そのときレヴィナスもたぶん「どうして私が生き残って、彼らが死んだのか」という問いに答えきれずに「片づかない気分」になったはずである。
だから、レヴィナスは「無垢の被害者」という立場からナチの非道を告発することができなかったのである。
愛する人々が私の「代わりに」死んだのではないかと思ってしまった人間は、すごく気が滅入って、あまり告発とか断罪とか、そういうポリティカリーにコレクトなことをする気分になれないのである。
あ、そうか、この話を解説に書けばいいんだ。
問題解決。
ウィンドウズのメーラーが故障したので、IT秘書のイワモト・トクトクくんがやってくる。
「ね、どうして、こういうふうによく壊れちゃうの?うちのパソコン」
「その人がそばに寄るだけでパソコンが壊れちゃう人っているんですよ」
「え、『その人』ってオレのこと?」
「ほかにだれがいるんです」
と秘書はいつものようにクールな鼻声で答えた。
メーラーをとりあえず使えるように緊急修理して、本格的な再インストールはまた来年ということにして、クールなIT秘書ともども、今年最後の観能のために大阪能楽会館にでかける。
IT秘書はなぜか急に能に興味がわいてきてお正月は大槻能楽堂に『翁』のチケットを買ったそうだが、本日が初観能。
だしものは、能『善界』、狂言『金藤左衛門』、舞囃子『菊慈童』、『放下僧』。
喜多流の大島輝久さんが舞った『放下僧』がすばらしく、道々絶賛しながら帰途につく。
身体を精密に使うということをこのところずっと合気道では稽古しているのであるが、仕舞と合気道は、基本のOSは一緒だねということでIT秘書と意見の一致を見る。
はじめての観能でちゃんとシテ方の身体運用の着眼点が分かるのだから、なかなか見巧者である。
能楽業界の最大の悩みは観客層の高齢化である。
とくに若い男性観客というのは、ほとんど「絶無」といって過言でない。
ぜひ「趣味・能楽鑑賞」の青年たちがイワモトくんのあとに続くことを祈念したい。
12月25日
大掃除3日目。書斎の掃除。机の上に散らばっているものと机の引き出しに放り込んで置いたものを処理するだけで4時間かかってしまった。
開封したことのない手紙や、読んだことのない紀要論文などがごそっと出たが、タタリが怖いのでそのまましまい込む。
ペーパーレス時代などというのは大嘘で、隔日の燃えるゴミの日に私がゴミに出すものの80%は書類である。
大学の研究室あてにも膨大な量の紙が届く。机の上に乗り切らないので、床に放り出しておくとたちまちうずたかい反古の山ができる。
こんな無駄なことで熱帯雨林を絶滅させてよろしいのであろうか。
大学の事務連絡なども電子メールで行うことにすれば紙は不要なのであるが、教員の中には主義としてパソコンを使わないという方が何人かおられて、その方たちのために完全ペーパーレスに踏み切れないのである。それだけでも年間数百キロ分のパルプの節約になるであろうに。
その伝でいけば年賀状なども問題なのであるが、メール年賀状というのは、もらってもあまりうれしくない。
やはりお正月の朝に、おとそで顔を赤くしながら、炬燵で「ほお」とか「はあ」と言いながらずるずる読むのが風情があってよろしい。
私は年賀状を300枚書くのであるが、この枚数をもって「上限」とすることに決めている。
卒業生や仕事上の知り合いの数はどんどんふえるが、そのまま年賀状の枚数をふやしていったら切りがない。結局、裏も表も印刷のものを千枚とか二千枚とかばらまくことになってしまう。
そのような無機的な賀状では「風情」を求めて虚礼を死守している甲斐がない。
ネコマンガ付き年賀状はそういうわけ300人さま限定グッズなのである。
本日は合気道の稽古納めである。
夕方6時から芦屋で1時間半だけお稽古をして午後8時よりわが家で納会。
平日開催であったために参加者が例年より少なく、卒論抱えた4年生はゼロ。OGもおいちゃん一人という寂しさ。
それでもシャンペンを開けて一品持ち寄りのごちそうをぱくぱく食べているうちにだんだん調子が出てきて、鵜野先生ご持参の「卑弥呼」テープ(これはすごい)をきっかけに全員「ぶちぎれて」、「かすてーら」と唱和しつつ踊る歌うの無礼講に突入。
それから落語の話になり、志ん生の『千早振る』を飯田先生が聴いたことがないというので、全員で昭和28年の志ん生の高座を拝聴。転げ回って笑い、そのあとは言語と身体性と権力というたいへんシビアな問題についての議論となり、気がつけば午前3時。
みんなであけたワインが11本。
まことに愉快かつ有意義な一夕であった。
合気道関係者のみなさん、どうかよいお年をお迎え下さい。
12月24日
大掃除二日目。
和室(ひそかに「娯楽の殿堂」と命名している六畳間)の掃除だけなのであるが、ここには本やビデオやDVDがごろごろしているので、始末が悪い。
毎日目にする書棚にどういう本の背表紙がならんでいるかで、こちらの知的傾向というのがかなり決定されてくるからである。
書棚のスペースが十分にあればよろしいのだが、ぎちぎちなので、書斎、和室、寝室、納戸に振り分けをしなければならない。
とりあえず現代思想、哲学関係は書斎。文学、ノンフィクションは和室。マンガととうぶん読みそうもない本は納戸。寝室は「寝る前にちょいと読みたい本」(マンガとSFとミステリー)という原則を立てる。
目の前にはとりあえずレヴィナスとラカンを三十冊ほど並べる。
一等地には村上春樹・高橋源一郎・矢作俊彦・橋本治・小田嶋隆が鎮座する。
村上龍は白川静に追い出されるかたちで今回は寝室へコンバート(『字通』とか、でかいでしょ)。
それから来年に備えてアメリカ研究関係、身体論、武道論、大学評価関係本(とほほ)、日本論(網野善彦さんの本とか)を並べる。
いちばんかさがはるのは「中公世界の名著」である。
これはウチダにとっては座右不可欠のレフェランスブックであるので、辞書と同じように手を伸ばせば届くところにずらっと並んでいないと困るのであるが、なにしろ50冊もあるし、重いので毎度置き場に窮するのである。
中公がこれをCD化してくれるとほんとうにありがたいのであるが・・・
中央公論社の方、この頁を読んでいたら、ぜひぜひ次の営業会議で企画出してください。「日本の名著」のCD化も。20万円くらいなら即買います。
そんなことを書いても仕方がない、と思う方もおられるかもしれないが、そんなことはないのである。what a small world で、けっこうこういうときにかぎって、「世界の名著をCD化してもいいけど、売れるかなあ?」と悩んでいる中央公論の営業の人がこの頁をたまたま読んでいたりするのである。
現に、先日日比勝敏くんと梅田で会ったという話を書いたら、日比くんに仕事を頼もうと思っていたが、連絡先が分からなくなっていたYゼミナールの国語科の課長さんが、この頁を読んで、「おお、こんなところにいたのか!」ということがあったばかりなのである。
だから「こんなことが実現したらいいな」と思うことは、なんでもホームページ日記には書いておくことにしているのである。
4時間かかって和室の書棚の整理が終わり、よろよろと立ち上がり、シャワーを浴びてから、三宮へクリスマスのお買い物。
芦屋川にもどってMouton d'or でクリスマスディナーを食す。
シャンペンから始めて、貝のサラダ、オマール海老、鮑と鯛と雲丹、メインは鴨。
Belini も美味しいけれど、ムートンドールも「こってり」で美味しかった。
夜風に吹かれて芦屋川沿いに家に戻り、アンジェイ・ワイダの『地下水道』を見る。
ポランスキーの『戦場のピアニスト』を見て、ワルシャワ蜂起の描き方が「なんか、手ぬるいなあ」という印象があったので、比較を思い立ったのである。
『戦場のピアニスト』のワルシャワの廃墟はあきらかに「セット」ぽかったが、『地下水道』のワルシャワの廃墟は、もう生々しく「廃墟」である。
ウチダが育った東京の多摩川沿いのふつうの市街地でも、1950年代の終わりまでは、家のすぐ前に空襲で焼け残った工場の跡地がくろぐろと広がって、「戦争の爪痕」が手つかずに残っていて、そこが子どもたちの遊び場だったのである。
ましてポーランド。
『地下水道』は戦争が終わってまだ12年目の映画である。おそらく、このワルシャワの廃墟はセットじゃなくて、「ほんもの」であろう。
ひどく荒廃した感じが漂っている。
レジスタンスの兵士たちの妙なリラックスぶり(ドイツ軍の前線と向き合っているところでピアノを弾いたり、セックスしたりしている)と地下水道の中での唐突な脱力も、「演技」だとするとすごく不自然な気がするが、キャストもスタッフも「そのとき」を知っている人たちばかりなのだから、たぶん「そういうもの」なのだろう。
戦争映画についてはいつも思うことだが、実際の戦闘経験者であるフィルムメーカーが作った戦争映画は、なんだか「のんびり」している。
『史上最大の作戦』は1962年、戦後17年目の戦争映画である。当然キャスト、スタッフの多くは第二次世界大戦の従軍経験者である。
一方、『プライヴェート・ライアン』は1998年の映画であり、キャスト、スタッフの中にも観客の中にももうノルマンディー上陸作戦の経験者はほとんどいない。
しかるに、この二作を見比べると、『史上最大の作戦』のオマハビーチ上陸作戦は、『プライヴェート・ライアン』のそれに比べると、まるでピクニックなのである。
不思議な話だ。
戦争経験者の描く戦争風景がのんびりしていて、戦争に行ったことのない人間の描く戦争がヒステリックであるというのは。
これについて話し始めると長くなるので、(まだ大掃除の最中だから)やめておくけれど、そうなのである。
例えば、「捕虜収容所もの」というジャンルがある。
ところが、『第17捕虜収容所』(1952年)と『大脱走』(1963年)と『Hart's war』(2002年)(邦題忘れた。ブルース・ウィリスとコリン・ファレルが出たやつ)を見比べると、「これが同じ捕虜収容所なの?」と疑うほど、時代が下るにつれて、どんどん捕虜の待遇が劣化し、人心がすさみ、ドイツ軍兵士が「悪魔化」してくるのである。
どう考えても戦争が終わって7年目の『第17捕虜収容所』の方がリアルであるに決まっている(そこらに捕虜経験者がぞろぞろいたんだから)
でも、なぜだか「リアルな戦争」の登場人物の方が「リラックスしている」のである。
これは人間の記憶、とくにコメモレーション(共記憶)について考察するときの重要な手がかりになる事例であろうとウチダは考えている。
『地下水道』をいまハリウッドでリメイクしたら、まったく同じ脚本であっても、ぜんぜん違うもっと活劇的な映画に仕上がったであろう。
というわけで、明日は『灰とダイヤモンド』を見ることにする。
こちらは『地下水道』のゲリラ戦を生き延びたテロリストの物語。
主演は「ポーランドのジェームス・ディーン」ズビクニエフ・チブルスキー。
どういう偶然か、私が使っているあるサーバーへのパスワードは(あっちから送ってきたんだけれど)「ズビグニエフ」なのだ。
12月23日
大掃除初日は、まず納戸と寝室とトイレと洗面所と廊下の掃除である。
一人暮らしの気楽さで、音楽をかけながらのろのろと仕事をする。
初日のテーマ音楽は『コバルトアワー』(ユーミン)『A long vacation』(大瀧詠一)、『サイモン&ガーファンクル・ベスト』、『ニール・セダカ・ベスト』でありました。
なぜか年末のすす払いになると60−70年代の楽曲が聴きたくなる。
それにしても『コバルトアワー』はいいね。
「あなたはむかし湘南ボーイ、わたしはむかし横須賀ガール」というあたりで「きゅん」と胸が痛くなる。
そうだよなー。おいらにもそんな時代があったよな。(別に湘南ボーイじゃないけどさ)
これと「山手のドルフィンは。小さなレストラン」にウチダは弱い(これは別アルバム)。
横浜の山手のドルフィンからは、ほんとに海がひろびろと見えて、「ソーダ水の中を貨物船が通る」のである。よいのだ、あれは。「きゅん」
でも、『コバルトアワー』がいいのは当たり前。ベースは細野晴臣、ギターが鈴木茂、キーボードが松任谷正隆、コーラスアレンジが山下達郎で、バックコーラスが吉田美奈子、大貫妙子、山下達郎。ウチダのいちばんすきな「音」なの、これが。
「ルージュの伝言」は『魔女の宅急便』の冒頭の夜の飛行シーンで印象的に使われていたけれど、あれは「宮崎駿+ユーミン+山下達郎」、瞬間的に天才が三人集まった奇跡的なシーンだったんだね。
掃除が終わってから、お風呂にはいって、レヴィナスの翻訳を3時間。
それから梅田に出かけて、日比勝敏くんとお酒をのむ。
日比くんは若手の文学者であるがまだ筆一本では食えないので、予備校の先生をしている。
きょうび「文学青年」というのは、もうほとんど絶滅寸前種である。
ウチダは人類学的見地からこの早急な保護の必要を訴え、「文学青年を絶滅から救う会」という任意団体を立ち上げているのである。
その「文学青年絶滅会」(ひどい略し方だな)の本務は日比くんのような青年文士の肩をどやしつけて、「がはは、ま、一杯どうかね。なあに、文芸評論家なんぞ気にするこたないよ。若いんだからがんがんワイルドに自由にやりたまえ」と無責任なアオリを加えるということに尽くされるのである。
焼き鳥と焼酎で機嫌がよくなったウチダはさっそく青年文士にむかってえらそうに説教をかます。
「小説はハッピーエンドじゃなきゃダメ」
「主人公の内面を描いてはダメ」
というのがウチダからのサジェッションである。
「内面のない少年」が「友情努力勝利」を経て「ハッピーエンド」に至るというようなおバカな話形に現代の純文学は絶対に手を出さない。
しかし、本来文学というのは、あらゆる文学ジャンルのなかでもっともワイルドで自由なものではなかったのか。
「現代の純文学がぜったいに手を出さない」ような話形がある以上、そこにお構いなしに踏み込むことこそ、文学的前衛の名にふさわしいふるまいとは言えまいか。
そもそもハッピーエンドというのは、「そのあとに悲劇的展開があることを」予見させるからこそ、味があるのであるし、自分の内面を語らない主人公の方が、なまじ「私にはひとにはいえない心の傷があった」みたいな底の浅い自己分析をする人間よりずっと深みがあるのである。
だから、内面のない主人公が、深い考えもなしに大暴れして、みんなハッピーになるという話がウチダは大好きなのである。(『坊っちゃん』とか『69』とかね)
日比くんの新作はそのようなものでなければならぬであろう。
健闘を祈る。
12月22日
今年最後のお勤めである。
授業が三つと委員会が一つ。
午後8時まで働いて、ようやく冬休みになった。
深い解放感を感じる。
あとは年賀状とすす払いだけである。
年賀状のような「虚礼」を廃止した方や、ひごろお掃除をきちんとされているのですす払いのようなことをしなくてもよい方と違って、ウチダは、ありとあらゆる「虚礼」について、その人類学的起源を問わずこれを遵守するという立場であり、またふだん掃除を手抜きしているので、年末はひたすら年賀状書きと掃除で明け暮れるのである。
しかし、年賀状にネコマンガを描き終え、家のなかがつるつるぴかぴかになったあとに明窓浄机に端座してすらすらと書く学術論文というのは、これはまたたいそう気分のよいもので、夏休みとはまた趣の違う種類のアカデミック・ハイが訪れるのである。
その日をめざして、さっそく本日から掃除。
2月に引っ越したときに段ボール箱を納戸にほいほい放り込んだままにしてあるので、実は「引っ越し」そのものがまだ終わっていない。
本日が納戸と寝室とバストイレの掃除。明日24日が書斎と居間。25日には納会があって台所ががちゃがちゃになるので、台所の掃除は26日。そのあと年賀状300枚の印刷と宛名書きという予定である。
さ、がんばらねば。
12月20日
合気道のお稽古のときに鵜野先生から広島の生牡蠣を大量に頂いた。
殻付きの生牡蠣であるから、即日食さねばならないが、とても私ひとりで食べられる量ではない。
「牡蠣宴会」というものをただちに緊急招集。
さいわい先日、光安さんにいただいたDon Perignon と渡邊さんに頂いたドイツワインと田岡さんに頂いたフランスワインが家にある。
緊急招集に応じてご来駕されたのはドクター佐藤、IT秘書イワモト君、石田くん、谷口さん。
男子禁制の「シングルベル」の向こうを張ってメンズオンリーのstag party である。
ウチダの家の宴会で「男子だけ」というのはたいへんに珍しい。それだけ合気道の門人に男子が増えてきたということであり、慶賀の至りである。
午後7時に、パン、チーズなどを持参して、みなさん定刻に結集。
ウチダはパスタとサラダをご用意する。
さっそくレモンをかけた生牡蠣に冷やしたドンペリで乾杯。
生牡蠣の鮮烈な潮の香りと喉を切り裂くようなドンペリの味わい。
5人とも「あああ」と声にもならぬうめきを上げて、しばらく絶句。
20個あった生牡蠣がカルシウム分だけを残して地上から消滅するまで3分とかからなかった。
「レストランで食べたら、牡蠣とシャンペンだけで一人一万はいくな」
などとせこいことを言いながら、ぱくぱくとご飯を食べ、ぐいぐいとワインを飲み、ひたすら合気道について語り続ける。
そのうちに小津安二郎がいかに偉大なフィルムメーカーであるかという話になり、突然『秋刀魚の味』のビデオが取り出され、緊急映画鑑賞会となる。
小津の独特のカメラワークやせりふ回しの実例をご覧いただくつもりで「じゃあ、加東大介が出てくるあたりまで見ようか」と言って見始めたが、見始めるともう止まらない。
結局最後まで笑い転げながら見てしまった。
小津の全作品DVDは25日にまとめてアマゾンから到着する予定である。
だから年末年始はひたすらホットカーペットの上に寝ころんで、ワインを飲みながら、小津映画を見るのである。
これはウチダにとって「想像しうる至福の休日の過ごし方」なのである。
その前に、年賀状とすす払いをすませないといけないな。火曜日からはまずお掃除だ。
12月19日
田口ランディさんとRe-setでご飯を食べる。
ランディさんと会うのは一年ぶりである。前回は甲野善紀先生もご一緒で、三人で晶文社の接待で韓国料理を頂いた。あれから一年。早いものである。
今回も晶文社の企画。
どうしてランディさんがわざわざ神戸までお越しになったかというと、これが不思議な話なのだ。
ランディさんは最近熊野純彦さんの書かれた「レヴィナス入門」という本を読まれて、「レヴィナスというのはなんだかすごい人だ」という印象を持たれた。
相前後して、塩田剛三先生のビデオをご覧になって、「合気道というのは、なんだかすごいものだ」という印象を持たれた。
そして、晶文社の安藤さんと電話で話したときに「最近、レヴィナスと合気道のことがなんだかすごく気になっているので、レヴィナスについて知っている人と合気道に詳しい人に会って話をききたい」ということをぽつりと漏らされたのである。
安藤さんの驚きはいかばかりか。
「レヴィナスと合気道」と言えば・・・
というわけで、おふたりは長駆寒風ふきすさぶ神戸にお越し下さったのである。
さっそくRe-setでワインなどをいただきつつ、「合気道とはどういう武道か」というお話と、「レヴィナスとはどういう哲学者か」というお話をまとめてさせて頂いた上で、「合気道とレヴィナス哲学は、実は同じ一つのことを言っているのです」というつい昨日思いついた話で締めくくる。
ランディさんの驚きはいかばかりか。
「えええ!やっぱりレヴィナスと合気道は同じだったのか!そうじゃないかと思っていたの!」
「そーなんですよ。まあ、私なんかはそのあたりのことは30年前から分かっていたわけですが(嘘)。わははは」
「次の展開」はつねに思いがけないところからやってくる、というのは大瀧詠一先生の教えであるが、まさにお説の通り。
レヴィナス哲学と武道の術理を統合する理論はいかなるものであろうかと思索していたウチダのところに、レヴィナス哲学とも合気道ともこれまでまるで無縁だったランディさんから、「レヴィナス、合気道、ケア。この三つは繋がっている」という驚くべき知見が横っ面をはり倒すような勢いで飛んできたのである。
そうか、ここにケアもからんでくるのか・・・スーパー・エディター白石さんはさすが「スーパー」の名に恥じない炯眼の士だったのである。「ワルモノ」などと呼称してまことに失礼なことをした。
だいたい、ランディさんは前日の18日に京都で白石さんとご一緒だったのである・・・
あるいは、これらの出会いのすべてをセッティングして、陰で糸を引いているのは出版界の一大秘密組織、晶文社=医学書院の「闇の御茶ノ水連合」なのかも知れない。
うーむ、けっこう、ありそう。
そうこうしているうちに『ミーツ』の青山さん、ドクター佐藤、国分さんも登場して、話題は「前世」の話、呪術医療の話、カメとナマコの話、子どもは可愛いという話と転々として、何がなんだか分からないまま爆笑のうちに三宮の夜はしんしんと更けてゆくのでありました。
安藤さんごちそうさまでした! ランディさんまた遊びに来てくださいね。
12月18日
いろいろなところから原稿依頼が来る。
たしか去年の暮れに「営業期間は終わりました」という告知をしたはずなのであるが、そのときに「専門の研究領域にかかわることについてはその限りではない」という一条を書き加えたために、「専門の研究領域にかかわる」原稿依頼を断る口実がなくなってしまった。
あまりにたくさん原稿依頼と執筆依頼がくるので、頭がパニックしてしまって、そのときの気分で「はい書きます」とか「やです」とか適当に返答している。
こういうのは社会人としてあまりほめられた態度とは言えない。
それどころか「はい書きます」と返事をしておいて、そのまま忘れているということもある。社会人としては大変に問題のある態度と言わねばならない。
身体論・時間論についてはうっかりして二つの出版社に「書きます」とご返事をしてしまった。
中島らもの「同一原稿発送事件」みたいである。
まあ、「書きます」と言っても、同時に書けるわけではないので、時間がずれれば、内容もおのずと変わってくる(ウチダの書くことは「いつも同じ」であると同時に「つねに前と話が違うじゃないか!」)からとりあえずはよいのである。
それに、もう引き受けた本が22冊だか28冊だか、本人だって覚えてないのである。
ない袖は振れぬ。
書けるものなら書くし、書けなくなったら、まあ、それはその時である。
とはいえ、ウチダは基本的に「常識ある社会人」であるし、エディター・フレンドリーを心がけているので、エディターのみなさんは、それほど心配されなくてもよろしいかと思う。
ま、なんとかなるでしょ。
しかし、関係各位のために現在のウチダの仕事状況をご連絡しておきたい。
現在最優先でしているのはレヴィナスの『困難な自由』の翻訳であり、これはいい加減に原稿を上げないと、20年にわたって培ってきた国文社の中根さんとの信頼関係に回復不能的な亀裂が生じる可能性があり、ウチダも必死である。
その次は、翻訳と並行して書いている海鳥社のレヴィナス論。すでに600枚を超してしまい、必死で削っているところである。これは間違いなく来年中には出せるはずである。
いちばん早く本になりそうなのは、平川君との『東京ファイティングキッズ』で3月には脱稿予定(これは担当編集者のイガラシさんが、「来年3月には停年退職なんで、それまでに・・」という必殺の原稿督促があって、さすがのウチダもこれには負けた)。
医学書院のケア論も「ワルモノ」白石さんの暗躍によって来年中には本になりそうである。
本願寺出版社の「持仏堂」本は、本願寺門徒1000万、700円の新書版で出しても信徒全員にお買いあげ頂ければ、私と釈先生で印税が3億円(「てことは、ベンツをダースで買えるってこと?」)という話を聞いて、ウチダも釈先生も俄然ものすごくやる気になっているから、これも来年中には本になるはず。
いまいちばん書きたいのは昨日語ったところの身体論・時間論で、これは岩波からオッファーがあったもの。3億円も捨てがたいが、岩波書店から単著を出す、というのは大学教員にしてみると胸が「きゅん」となる種類のあらがいがたい誘惑なのである。
新潮新書から出す名越康文先生との対談本も、企画それ自体がわくわくなので、早く本にしたい。
池上六朗先生との対談本は先生と会ってご飯を食べてお酒をのんでついでに三軸で身体を治してもらう、という仕事なので、ぐいぐい進行するはずである。
とりあえず2004年度はそんなもんじゃないでしょうか。
それでもう8冊。
鈴木晶先生との共訳のジジェクの『ヒッチコック・ラカン』本はもう私の方の訳はあがっているので、これで9冊。
いくらなんでも1年で9冊出して、その上「もっと」というのはご無理というものでしょう。
だいたい読む方だって、飽きるってば。
というわけで、あとの十数冊については、ウチダが生きていれば再来年以降、ということでエディターのみなさま、よいお年を!
12月17日
朝日カルチャーセンター連続講演の3回目。
今回のお話は「他者を聴く:響きとしてのコミュニケーション」というもの。
話は例のごとく転々として奇を究め、太宰治の『如是我聞』から始まって、「座頭市」の殺陣の話、K−1武蔵選手の話、山岡鉄舟の臨終の話、葬礼の話、最後はラカンの精神分析理論と多田先生の武道理論は「前未来形において現在を回想することによって、人間の人間性は構築されるという点において、同一の考想である」という結論に落ち着いた。
話しているうちに、なぜ私が武道を稽古しながら、哲学や精神分析を勉強してきたのか、その理由が30年目にして、ようやく腑に落ちたのである。
私は「人間とはどういうものか?」ということを知りたかったのである(当たり前だね)。
そして、昨日得られた結論は「人間とは時間の中を行き来するものだ」ということであった。
まあ、こんな説明ではぜんぜんお分かりにならないであろうから、これから書く『身体・言語・時間』(岩波書店)の刊行を待っていただきたい。
武道の術理とラカン派精神分析とレヴィナス哲学は「同一の人間理解に基づく」ということを縷々説く予定である。
講演のあと、医学書院の「ワルモノ・エディター」白石さん、本願寺の「スーパー・エディター」藤本さん、持仏堂の共同管理人釈先生、街レヴィ派のコバヤシさん、そしていつものウッキーと北新地の焼鳥屋に繰り出して、プチ宴会。
世に「大瀧理論」として知られている学説に、日本人は日本語に変換可能な音韻で構成されている外国語に親しみを感じる傾向にある、というものがある。
ポール・アンカがなぜ日本であれほど受けたかについて、大瀧詠一先生は「あんか」に対する日本人の伝統的な親和が関与していたという卓見を述べられたことはご案内の通りである。
またたとえば、『ムーミン』のなかの登場人物でいちばんしばしば名前が言及されるのは「スナフキン」であるが、フィンランド語の原音はまったく似てもにつかぬ音の名をもつこの登場人物に「砂布巾」という親しみやすい日本語名をつけた訳者の洞察は多としなければならない。
という話から始まって、「N音の力」という話題で盛り上がる。
「ん」でぐっと締まる名詞に、人間はつい「負い目」を感じてしまうというのが白石説。
白石さんによると、「人間の尊厳」という概念があれほど強力なのは「にんげんのそんげん」には「ん」音がなんと4つも含まれており、かつ「んげん」という執拗な脚韻を踏んでいることによる。
「ん」音を大量に含み、かつ脚韻を踏むフレーズは「思想的利器」として強い。なるほど、こ、これは恐るべき洞見と言わねばならない。
言われてみれば、歴史に残る高僧の名には「ん」音が多いという指摘が宗教関係者からも提出された。
鑑真「がんじん」、親鸞「しんらん」、日蓮「にちれん」、源信「げんしん」、法然「ほうねん」、蓮如「れんにょ」などなど
鑑真、親鸞、源信などは「ん」音を二つも含んでいる。
さらに、釈先生からは「阿吽」の「あ」で始まり「ん」で終わる名前には、宇宙的秩序が書き込まれおり、これこそが名前としては最強ではないかという仮説が提示された。
たとえば、と指を折って藤本さんが挙げたのが
アラン・ドロン。
うっきーが挙げたのが
アンパンマン。
うーむ、この仮説はちょっと弱かったかな・・・
るんちゃんはちゃんと「ん」音で終わっているので、あとは「あ」で始まり、できれば「ん」音も含む名字のひとと結婚すれば「最強」であるというご指摘も頂いた。
安藤るん、とかね。
るんちゃんには、ぜひご一考願いたいと思う。
宴会後も藤本さんからメールで次々と頭に浮かぶ「あ・・ん」関係の名詞が送られてきたので、この場を借りてご紹介しておく。
「アジャンタ石窟寺院」「赤染衛門」「アーカンソー州知事ビル・クリントン」
今年活躍した人には「んいち」音の人々が多いというご指摘もあった。
こいずみじゅ「んいち」ろう、ほしのせ「んいち」、たかはしげ「んいち」ろう、なかざわし「んいち」
また、アニメも多くが「ん」音を含むタイトルを採用していることも今回の調査によって知られたのである。
ドラえもん、サザエさん、ポケモン、ウルトラマン、ちびまる子ちゃん、魔女の宅急便、ドラゴンボール、キン肉マン・・・
はたしてこれらは単なる偶然なのであろうか?それとも、私たちの無意識は「ある種の音韻」に操られているのであろうか?
そういえば、ウチダ本のタイトルが「七五調」になっているという事実も発見された。
「ためらいの倫理学」(五五)
「映画の構造分析」(五七)(これは「えいがのこ」「うぞうぶんせき」と分けるのね)
「私の身体は頭がいい」(八五)「寝ながら学べる構造主義」(八五)
「私の身体は」も「寝ながら学べる」も8拍であるが、日本の五七五は実際には「たたたたた・たたたたたたたん・たたたたた」と「五八五」だからこれでよいのである。
「構造主義」がどうして五拍なのか、という疑念もおありだろうが、日本語では「主義」は一息に読み下すから一拍と数えて大過ないのである。(だから「マルクス主義」も五拍、「レーニン主義」も五拍、「毛沢東主義」は七拍と、人口に広く膾炙する術語の多くは五拍または七拍なのである)
おそらく日本語学の田中真一先生にお伺いすれば、さらに興味深い事実が発見されるのであろうが、なかなかに奥の深いものである。
インターネットでこんな記事が配信されてきた。
2005年4月に開校予定の新都立大が、語学の授業を民間の英会話学校に委託することを検討している。英会話学校から非常勤講師を派遣してもらう方法は私立大を中心に広がっているが、英会話学校に学生を行かせて単位を取らせることも検討中で、「授業外注」が実現すれば全国初の試みになる。一方、語学を必修科目から外し、語学に堪能な学生は受講しなくても卒業できるようにする。これらの取り組みは「大学教育での語学とは何か」を問いかけることになりそうだ。
東京都大学管理本部によると、英語、フランス語、ドイツ語などの外国語科目を民間の語学学校で学ばせることを計画している。これまでは、文学や言語学を専攻する教授らが語学を担当することが多かったが、「文学者としては権威でも、必ずしも語学教育が上手とは限らない」と判断した。民間の英会話学校には「生きた英語」を教えるノウハウがあり、音響機材も充実しているため「外国人の講師を派遣してもらうか、学生を行かせるか検討している」という。教授を多く雇うより人件費が安くつくメリットもあるとみられる。
ベルリッツやECCなどの大手英会話学校は、私立大など数十校に外国人講師を派遣し、専門的な実践英語を教えている。文部科学省は「講師を招くのはいいが、授業の内容や成績評価まで丸ごと外部に委託すれば、大学の授業とはみなせない」(高等教育局大学課)と懸念しており、教授らからは「語学教育の軽視」と批判の声も出ている。
新都立大は、卒業要件の一つを「外国語のスキル(技能)」としている。一般学生は、選択科目から外国語を選んで学ぶが、海外在住経験者など卓越した語学力を持つ学生は、授業を受けずに、他の科目に振り向け、有効に活用することができる。入学時の語学力に限らず、在学中に海外留学したり、自力で英会話学校に通って語学力を身につけたりした学生は、英検などで一定水準の語学力を実証できれば、卒業要件を満たしたとみなす。
こんなことをしているようでは、新都立大学は遠からず志願者激減によって経営破綻することは目に見えているが、それは都のお役人たちが、大学はスキルの習得の場ではないという根本のことを理解していないからである。
教育の何であるかを理解していない人間が学校をいじりまわすとどんな災厄が訪れるか、私たちはこれからそれをあちこちの大学の事例を通じて思い知らされることになるだろう。
同じことが本学でも繰り返されないとよろしいのであるが。
12月16日
専攻ゼミは「在日コリアン」が主題。
発表者の慎さんはつい最近になって朝鮮籍から韓国籍に国籍を変更した在日コリアンである。
生まれたときからずっと日本の社会で暮らし、韓国在住の親族との交流もきれぎれとなり、韓国語も使わなくなり、もう韓国への帰還という選択肢はなくなっているので「在日本」という呼称自体が現状と乖離しはじめている、彼女たち3世、4世という在日コリアン世代は日本でこれからどういう民族的なアイデンティティを保持することができるのか、という論件である。
韓国籍を保持していると、ライフスタイルは他の日本人とまったく変わらないのに、参政権がなく、外国人登録証の携行を義務づけられ、権利が制限され、義務と制限のみ過重な「在外公民」という地位に甘んじなければならない。
では帰化すればよいのか。
在日コリアンが帰化を逡巡するには理由がある。
帰化申請に際しては、個人情報のすべてを(韓国における戸籍関係の書類から始まって、預金残高まで)日本政府に提出しなければならず、申請期間に法律違反をした場合(それが駐車違反のような軽微なものであってさえ)申請は却下される。
いわば膝を屈して日本政府に「市民にしてください」と懇願することを行政は彼らに強いているのである。
そのことをあまり気にしないで乗り切る人もいるだろうし、帰化するという選択のメリットを十分理解しながらも、「かつての植民地宗主国に膝を屈して市民権を懇請する」という「かたち」に反発して帰化を断念している人もいるだろう。
ゼミにはもう一人、韓国籍から帰化した学生もいた(今日まで知らなかった)。
帰化をめぐる親族のあいだの論争や、帰化申請の心理的負荷について、当事者から実情を聞いて、いささか暗い気分になった。
なぜ、日本の行政は帰化条件をもっと緩和して、在日コリアンを日本社会のフルメンバーに迎え入れることに対するモラルサポートをしないのか。
日本の21世紀の外交政策が隣邦である韓国、中国、台湾との緊密なネイバーフッドのうえに築かれなければならないことは自明である。
その際に、朝鮮半島の政治と経済と文化に深い理解とシンパシーを有している「日本人の政治家、官僚、財界人、知識人」を日本社会がフルメンバーとして含んでいることがどれほど日本にとって貴重な外交的チャンネルとなりうるか。
彼らを無権利状態で周縁に排除することより、彼らを日本の政治的決定プロセスのコアメンバーに加えることの方が、日本の安全保障を考える上でははるかに有益であるということは誰にでも分かるはずである。
アメリカの日系市民の政治家たちに私たちはひそやかなシンパシーを感じている。かりにその中の一人がアメリカ大統領になったとしたら、私たちはそれによって日米関係はたいへん緊密なものになったという「心情的近しさ」を感じるだろう(かつてペルーのフジモリ大統領に感じたように)。
それが日米関係の安定に深く寄与するであろうということは誰にでも想像ができるはずである。
それと同じことが日韓関係でも起こりうることをなぜ私たちは想像しようとしないのであろう。
日本のアジアの植民地支配については「公式謝罪が済んでいない」「戦争責任者を探し出して処罰せよ」という形式の司法的な議論が続いているが、もし「在日コリアン出身の外務大臣」というものが出現した場合、この外務大臣に向かって、「植民地支配を反省しろ」と難詰する韓国民はいないであろう。
それはこのような国民国家による戦争と植民地支配が「均質なる・・・人」というナショナル・アイデンティティの幻想の上に成立しているからである。
その幻想がゆっくりとではあれ解体してゆくならば、「幻想が解体しつつある」という事実そのものが、日本の過去の植民地支配や軍国主義イデオロギーに対する深く徹底的な批判になっているということが、「謝罪」がありうるとすれば、それがそのもっとも実効的なかたちであるということが、アジア隣邦の人々にも理解してもらえるはずである。
問題は賠償金がどうのとか、謝罪の文言を共同声明に入れるとか入れないとかいう司法的な水準の出来事ではない。「原告」と「被告」の同罪刑法のロジックによってこの問題を論じている限り、永遠に決着はつかないだろう。
そうではなくて、多くの在日コリアンが日本社会の中心に席を占め、日本の政治的決定にコミットしているという事実そのものによってはじめてコリアンたちにとっての「戦後」は終わるとウチダは考えている。
それが帰化条件の緩和によって達成されるのか、あるいは永住者である在日コリアンに参政権を保証するというかたちで実現されるのか、その方途については議論が必要だろうが、その方向がおそらく私たちが取りうるもっともクレバーな選択であると私は信じる。
大学院のゼミは「テレビ」
デジタル放送へのシフトが何を意味するのかという論件。
これについては「おお、そうだったのか!」的発見があったのであるが、長くなるのでまた今度。
ゼミのあとはゼミ忘年会。
今回は浜松の「すーさん」が教師仲間の大坪先生、小野先生を帯同してゼミに遊びに来られた。
川崎さん、渡邊さん、江さん、谷口さん、ドクター佐藤、ナガミツくん、影浦くん、大迫力くん・・と圧倒的に男子優勢。
女子はウッキー、角田さん、江田さん、中川さん、永谷さんの5人。
「ふじや」で大騒ぎしてから、さらにイワモトくんの待つResetに二次会で雪崩れ込んで痛飲。
なぜか「合気道関係者」が多い。
谷口さん、ドクター、ナガミツくん、すーさん、ウッキー、イワモトくんとずらりと「多田塾メンバー」である。
これは別に合気道メンバーが大学院の聴講生に多いというのではなく、大学院の聴講をしているうちに、みなさん一念発起して合気道に入門せられたのである。
このようにして各界に文武両道のトレンドが形成されてゆくのはたいへんに喜ばしいことである。
12月15日
第七回大学自己評価委員会。
今日も議題はもりだくさん。
中間報告書、教員評価システム、COL、職員評価システムの導入、任期制教員、理事会改革・・・と「自己評価委員会に聖域なし」という看板通り、学院のあらゆる問題を議すのである。
自己評価委員会は議決機関でも執行機関でもない。
何の権限もない諮問機関であり、大学の「問題点の発見と改善」について学長に「忌憚ないところ」を答申するというのが仕事のすべてである。
だから、どんなことについてでもご意見を言わせて頂けるのである。
今議論されている教員評価システムにしても、べつに運用の主体は自己評価委員会ではない。
自己評価委員会が「案」だけ練って、「こんなのできましたけど、いかがですか」と学長に答申するだけである。
採用するかどうかを決めるのは教員のみなさんである。
その教員評価システムがだんだん「骨抜き」になってきた。
できるだけどの教員でも高得点が得られるような案をみなさん「改善」としてご提言下さっている。
まことにご配慮のゆきとどいたことではあるが、全教員が満点を取れる査定システムを作ることで、はたして自己点検・自己評価は可能なのであろうか。
学生諸君に向かって「みんな、よろこんでくれ!こんど導入した教員評価システムによれば、本学の教員は全員が100点だったぞ!」と告げると、学生諸君が「ええ!私たちって、なんてスバラシイ大学で勉強しているんでしょう。しあわせ!」と感動・・というような底抜けに明るい未来をあるいはみなさんはご想像されているのかも知れない。
ウチダはそれほど楽観的にはなれない。
配点も高騰している。
第一次案ではたしか単著が5点であったのだが、いつのまにか10−20点にまで急騰していた。
「この10点から20点の差はどうやってつけるんですか?」
という質問に、提案者のお答えは
「何十年に一本というようなライフワーク的な著書には20点、毎年出せるような本は10点」
というものであった。
本学で「毎年本を出している人間」はあまり多くおられない。非常に少ないと申し上げてもよいが、おそらくその人のための特別枠をご用意下さったのであろう。
「入門書・啓蒙書の類」は7点というご提案である。
専門家向けの学術性の高いものと一般読者向けのものでは、「格が違う」ということのようである。
しかし、研究書の学術的価値というものは体裁として「入門的に書かれている」かどうかによって軽々に決することのできないものであるようにウチダには思われる。
この基準を当てはめるならば、フロイトの『精神分析入門』もフッサールの『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』もウェーバーの『職業としての学問』も、みんな7点ということになる。
仮にフロイト博士が本学の同僚であった場合に、『精神分析入門』が7点で、どなかたが博士論文を300部自費出版されたものが20点という配点になったと聞いて、フロイト博士の顔は曇らぬであろうか。
私はその配点を書籍の質に合わせて適切にせよと申し上げているのではない(「『精神分析入門』に5万点」というくらいじゃないと学術的に適切な配点とは言われぬであろう)。
そうではなくて、「適切な配点」を実現するためには、質的なレビューが必要であるが、教員全員の業績についてそのような客観的査読を行いうる審級は(「歴史の審級」以外に)存在しない、ということを申し上げているのである。
だから、研究の質的査定はあきらめて、足し算ができれば分かる誰にでも分かる量的査定に限定しましょうとご提案申し上げているのである。
量的査定なんかに意味はない、とおっしゃる方も多いが、それでも「データがない」よりはましである。
20年間一本も論文を書いていない人間と、毎年単著の研究書を出している人間では、ふつう「後者の方が学術的アクティヴィティが高い」と判断して大きくは過たない。
そのような「大きくは過たない」程度のデータの収集をしませんか、とご提案しているだけなのだが、それを(21年目に満を持してカッキ的な論文を発表するかも知れないから)データは無意味であると言われると、ウチダはまことに困じ果ててしまうのである。
そのようなことを主張される先生はかりにご自身のご令息なりご令嬢なりが、大学受験に20回落ち続けた場合、21浪で東大に受かるかも知れないから、大学受験の査定には意味がないという議論をなされるのであろうか。
12月14日
赤穂浪士討ち入りの日は、多田宏先生のお誕生日でもある。
先生は1929年生まれなので、74歳になられる(雑賀くんの言うとおり「地上最強の74歳」であろう)。
というわけで、多田塾研修会に東京まで日帰り旅行。
やはり月に一度は多田先生のお話を伺わないと調子が出ない。
ちょうど洋泉社の武道本のために多田先生の話をいろいろ書いたあとなので、「あんなこと書いちゃったけど、間違ってなかったかな・・・」と確認したいこともあって、多田先生のお話を一言一句聞き逃さないように拝聴する。
「乾いたスポンジが水を吸うように」という言い古された比喩のまま、先生のことばが身にしみ込んでくる。
「身にしみ込む」ほどに聞くためには、単に注意深く聞く、というだけでは足りない。
受け身で先生の話を伺っているだけではダメなのである。
多田先生は「こういう考え方をされているのではないか?」とい仮説をあらかじめ立てて、自説の検証・追試というかたちでお話を伺うのである。
これはたいへん集中力が高まる。
仮説を立て、検証し、仮説の不備を修正し、また検証し・・・というのは科学研究の基本であるが、武道の稽古だって少しも変わらないと私は思う。
私は最近ずっと「時間を細かく割る」というのが武道的な効果に結びつくという仮説について考えているところなのであるが、昨日は多田先生の口から、まさにその同じことばが出てきて一驚を喫した。
先生は「冴え」と言われた。
何百分の一秒という時間に身体をどう動かすかという精密な稽古をしないと技の「冴え」は出ない。
どれほど長い時間つらい稽古を重ねても、それだけでは技は「冴え」てこない。
強い動き、速い動きと「冴えた」動きは違う。
「相手が百分の一秒の間に動く動きを、こっちは一万分の一秒の尺度で見ているんだから、どんなに速くたって、遅いよ」
と多田先生はおっしゃられた。
問題は物理的な時間量のことではない。主観的な時間のことである。
主観的な時間というのは、「どれだけ持続したか」ではなく、「どれだけ細分化されたか」によって遅速の差が生じるものなのである。
多田先生はよく「ナノテクノロジー」の話と「細字法」の話をされる。
細字法というのは、米粒に千字書き、1センチ四方の紙に百人一首を全首書くという技術の話である。
最初のうちは、「へえ、そういうことができる人がいるんだ」と単なる「名人伝」のつもりで伺っていたが、繰り返し伺ううちに、どうやらそれが「ただのエピソード」ではなく、合気道の術理にかかわる本質的な教えを含んでいるということが、稽古をしているうちにだんだん分かってきた。
光岡先生は「身体を割る」ということを強調されていた。甲野先生も「身体を鰯の群のように使う」という比喩をよく用いられる。
そして多田先生が細字法の話をされる。
これは全部、身体を「速く強く」使う方法ではなく、身体を「微細に」使う方法にかかわっている。
micro vibration という言葉も昨日は使われていた(イタリア語だったのでちょっと聞き取れなかったが、たぶん「ミクロヴィブラチオーネ」と言われていたように記憶している)。
微振動を発振し、受振することのできる身体の使い方を稽古するために、気の感応のさまざまな稽古は体系化されているようである。
視覚は光の振動を感知し、聴覚は空気の振動を感知する、触覚は物体の振動を感知する。もとは一つである。
ならば、「耳で字を読む」とか「目で音を聴く」とかいうことだって、「そういうことって、あるかもしれない」。
先生は昨日も、ジョルジュ・オーサワのところで会った人が30日間の断食で「千里眼」を得たという話を聞いて、「じゃあ、俺も」と断食をされた学生時代の話を笑いながらして下さった。
「そういうことって、あるかもしれない」とにっこり笑う、というのが多田先生が「不思議な話」を聞いたときの基本姿勢である。
師匠の好尚は弟子もまた好尚とせねばならない。
というわけで、ウチダの座右の言葉は「そういうことって、あるかもしれない」なのである。
もう一つたいへん心に残った話。
「用のないところにゆかない」ということを先生はよく言われる。
どこかに立っていたら石が飛んできて、怪我をした。
もちろん悪いのは石を投げたやつである。
しかし、そのときに私たちはまず「なぜ自分はここにいたのか?」を問わなければならない。
他人のせいにするより先に、「自分はここにいる必然性があったのか?」を問わなければならない。
すると、たいていは、「そこにいる必然性がなかった」場合にしばしば人間はトラブルに巻き込まれるということが分かる。
私たちがトラブルに巻き込まれるというのは、ほんとうは「そこ」にゆかずに済んだのだが、ささやかな手落ちや行き違いや故障が重なって、なぜか「そこ」に居合わせたということが多い。
例えば、忘れ物を取りに行って、交通事故に遭ったという場合。
忘れ物を取りにゆくとき、当然ながら、私たちはふだんよりいらついているし、せかせかしているし、周囲に対する注意力も落ちている。そういうときは、歩いていて人に肩があたったり、階段で滑ったり、別の荷物を忘れたり・・・という「しなくてすんだトラブル」が磁石が砂鉄を集めるように、引き起こされてゆく。
おそらく、そんなふうにして、最悪のトラブルの場所に私たちはそれと知らずに引き寄せられてゆくのである。
そもそも忘れ物をしなければ、私たちは「そこ」にゆかずに済んだのだ。
そのことを考えなければならない。
「蒔かぬ種は生えない」というのは中村天風先生の教えである。
我が身に生じた不運は自らがその種を蒔いた収穫である。
そう考える人間だけが、「次の機会」には「撒種」を最小化するという工夫をすることができる。
忘れ物を取りに帰って交通事故にあった人は「次からは横断歩道で気を付けよう」ではなく、「次からは忘れ物をしないようにしよう」と考えるべきなのである。
「しなくてもよいことをするに至った最初のわずかなきっかけ」を反省する、というのが実はもっとも効果的な「撒種」最小化戦略なのである。メイビー。
「他罰的な人間」、つまりわが身に起きたトラブルを他人のせいにする人間は、「自分はどこでボタンをかけ違って、『そこ』にたどり着くことになったのか?」という問いを立てる習慣を持つことがない。
「誰のせいだ?」という問いを繰り返す人間は、そのあとも「種を蒔き続け」、そうやって「ゆかなくてもよかった場所で、ゆかなくてよかった時間に、会わなくてもよかった人間に」繰り返し出会うことになる。
wrong time, wrong place, wrong person
おそらく、それが「不運」ということの具体的なかたちである。
気の感応が増して行くと、渦が巻くように「必要なものが、必要なときに」集中する、ということを多田先生は言われた。
何かについて知りたいと先生が思うと、そのことについて詳しい情報を持っている人がその日のうちに何人も「偶然」集まってくるそうである。
これは不肖ウチダもわずかながら経験的に分かる。
そういうことって、確かにある。
そこで調子に乗って、うっかり「変なもの」に意識を集中すると、今度は「変なもの」ばかりがわらわらと押し寄せてくるそうである。
これはかなり怖い。
合気道の稽古をしていて、中途半端に感度が高まると、そういうネガティヴな境地に入ってしまうこともある。
だから、私たちはつねに師匠に就いて稽古しないといけないのである。
多田先生の今年最後のお話をたっぷりと伺い、久しぶりにちゃんと稽古をして大汗をかいた。
本部指導部の藤巻さんと昨日は何度も体術のお相手をして頂いた。
こういう現役ばりばりのプロにばっこんばっこん投げられるのは、ウチダは体力的にはもうきついのであるが、それでも実に愉しかった。四教できりきり締められたので、手首の痛みは翌日まで取れなかったけど、こういう「気持ちのよい痛み」はひさしぶりである。
多田先生をお見送りしてから、例によって「多田塾研修会のあとに生ビールを飲む会」に雪崩れ込む。
今回は珍しく工藤君が(カンボジアに行ってるんだって)不在であったが、稲門の宮内さん、気錬会の井上くん、Q田さん、内古閑のぶちゃん&かなぴょんご夫妻(かなぴょんとは土曜に芦屋で稽古して、日曜は新宿、と二人揃って東奔西走)、闇将カワサカくん、そして「池上先生の隣人」であるところの(よく会うねー)石井くんと、もうお一方(名前を聞き忘れてしまった、ごめんなさい)とくいくいと冷たいビールを飲んで、たいへんに愉快な日帰りツァーを締めたのでありました。
合気道はほんとに楽しい。
多田先生お誕生日おめでとうございます。ますますご健勝で、われわれを末永くご指導下さい。
12月12日
平川くんが遊びに来る。
といっても日帰り大阪出張の帰り際の1時間半ほど。
芦屋シャンティでカレーを食べながら、おしゃべり。
平川君を相手に話していると、どんどん新しい考えがあふれてくる。
『東京ファイティングキッズ』はこのあと「大学論」にしようということに決まる。
大学教員はあらゆることについてリサーチを行うが、大学教員についてのリサーチだけは行わない、ということで知られている。
しかし、自己分析を行うことのできない人間が、「自分を含むシステム」の分析を行いうるのだろうか?
私は懐疑的である。
教員評価システムの導入のために自己評価委員会では議論を進めているけれど、「研究教育活動についてリサーチをして、結果を数値的に表示する」ということについて猛然たる反対が教員の一部からなされている。
研究教育活動は客観的査定になじまない、というのが彼らの言い分である。
なるほど。
たしかに同時代からは評価されなかった研究が、後世から激賞されるということも過去になかったわけではない。
「棺を覆って定まる」ということもある。
では教員評価は諸先生方がお亡くなりになってから行う、ということであればよろしいのであろうか。
おお、これは名案だ。
問題は、そのリサーチ結果が大学が何の利益ももたらさない、ということだけである。
平川君を芦屋駅で送った帰り道にTSUTAYAに寄る。
通い始めると「返しては借り・・」の「自転車操業」ペースになる。
この10日ほどで借りたのは
『ブラックダイヤモンド』(☆)、『ザ・リング』(☆☆☆)、『シカゴ』(☆)、『ディアデビル』(スカ)、『X−men2』(☆☆)、『ハルク』(☆☆)、『ソラリス』(☆☆☆)、『戦場のピアニスト』(☆☆☆☆)、『ワイルドバンチ』(☆☆☆☆☆)
☆の読み方は
☆:思わず早送り
☆☆:エンドマークが出たあと舌打ち
☆☆☆:よくも悪くも印象なし
☆☆☆☆:解釈欲望を解発する「何か」が含まれている
☆☆☆☆☆:これが「映画」だ!
スカ:映画としては無価値であるが、ある種の「病的徴候」として分析に値する。
というわけで最近見た映画で☆☆☆☆☆は34年前のペキンパーの『ワイルドバンチ』だけ。
男たちの表情の深さ(ウィリアム・ホールデン、アーネスト・ボーグナイン、ウォーレン・”ガルシア”・オーツ、ベン・”ライオン”・ジョンソン、ロバート・ライアン)
ハリウッド映画からこういう「味のある顔」をした俳優がいなくなり、みんな薄っぺらな顔になった。
12月11日
三宅先生のところに治療に行くと、痩せて不健康そうなサラリーマンが治療を受けていた。
気の毒な・・・と思って眺めたら、わがIT秘書イワモト君であった。
おお、なんと過酷な人生をキミはおくっているのか。
三宅先生も気の毒がって、いっしょに三宮にご飯を食べに行くことになった。
ご令息の将喜くんもご同行。Re-set でウッキーと合流。
さらに三宅先生の「掌中の玉」であるところのお二人の女性が参加して総勢7名の宴会となる。
今回の宴会テーマは「三宅先生のカルマ落とし」である。
ご存じの通り、人間がお金を稼ぐと、もれなく「カルマ」がおまけについてくる。
お金を退蔵すると、カルマもいっしょにたまって、心身に悪い影響を及ぼすことは、ひろくご案内の通りである。
それゆえ、古来、聖者といわれる人々は、カルマを逃れるためにいっさい「お金」に触れなかった。
しかし、こちらは資本主義市場社会で暮らす煩悩の犬であるからして、おいそれと財布をもたずに生きてゆくことはできない。
しかたがないので、お金が入ると「すかさず使う」というかたちでカルマ処理をするわけである。
三宅先生のようにお金がどんどん大量にはいる身分となると、ご本人ひとりの努力では、なかなか処理能力が供給量に追いつかないという事態に立ち至る。
このままでは遠からずカルマ貯蔵量の限界に達してしまうのではないか・・・
年末となり確定申告の時期が近づくにつれて、三宅先生の顔がしだいに暗く沈んできたのをウチダは見逃さなかった。
先生は膨大なカルマの処理に困じ果てておられるのである。
恩人が陥ったこの窮状を救わずして、どうやってこれまで蒙った大恩に報いることができよう。
ウチダにも処理せねばならぬ多少のカルマの不良在庫はないわけではない。だが、これはまあ合気道部の連中とかゼミの子たちとかるんちゃんとかにお手伝いいただければ、すす払い程度の手間で処理できる見通しである。
それよりまずは三宅先生の巨大カルマが先決である。
というわけで、一同必死になって、ほとんど宗教的使命感のうちに、ビール、ワイン、シャンペン、ウイスキー、カクテルを鯨飲し、さらにフォアグラを食べ、チーズをかじり、パスタを啜ったのである。
美味であった。
まことに美味であった。
皆様方のお話もたいへん愉快であり、また教養涵養上、ゆたかな知見にあふれたもの(クラブとキャバレーとキャバクラの違いについて、など)であったことも感謝とともに付記しておきたい。
三宮駅頭でお別れしたとき、心なしか三宅先生の顔にみずみずしい生気が甦ったように見えたのは私一人だけではないであろう。
さきほどその三宅先生から「感謝のメール」が届いたので、謹んで採録させていただく。
「私も、内田先生のご協力を得て、カルマを落とし、すっきりしました。今日来院した患者はきっとすぐ治ります。はあー、楽チン、楽チン。」
私がここまでデマカセを述べていたと思っていた読者諸君はもれなくゼウスの雷撃を受けるであろう。
まことに、よいことをしたあとは気持ちがよいものである。
三宅先生、また「よいこと」をさせてくださいね!
12月10日
イラク派兵が正式に閣議決定した。
小泉首相は憲法前文を読み上げて、今回の派兵がその精神に則ったものであることを強調した。
首相が引いたのは次の箇所である。
「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いずれの国家も、自国のことにのみ専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけて、全力をあげてこの崇高な理念と目的を達成することを誓う。」
首相が言いたいのは
(1)日本が自国一国の平和に専念して、他国の戦争状況を看過することは、普遍的な政治道徳に悖る
(2)全世界の国民が「恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有する」ように「国家の名誉をかけて全力をあげる」ことを憲法は命じている
ということであったらしい。
つまり、小泉首相は他国民が「平和のうちに生存する権利」を護持するためという大義名分さえあれば、当該国民からの要請抜きでも、日本は他国に派兵し、そこに平和をもたらしきたすことができる(どころか義務を負っている)という大胆にして斬新な憲法解釈を行ったわけである。
すごいね。
なぜ大胆かというと、この解釈が「あり」なら、日本はこの先もうなんでもできるからである。
現在、イラクには国内を実効的に支配しているイラク人の政治勢力は存在しない。彼らが平和的に生存する権利は日々脅かされているが、現実にイラク国民多数を殺傷しているのは、米英軍兵士である。
である以上、この憲法解釈に立てば、「罪なきイラク国民を塗炭の苦しみから救い、鬼畜米英軍に膺懲の鉄槌を下すために自衛隊を派遣する」という政治決定だってこれからは可能なのである。
しかし、論理的には可能であるにもかかわらず、首相はこの憲法解釈からそのような政策を導出しなかった。
なぜか。
それは小泉首相が「サダム・フセインやその残党」には「恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利」を認めていないからである。
彼らは気の毒なことに「全世界の国民」にカウント・インされていないのである。
小泉首相が「全世界の国民」という場合、そのカテゴリーに誰が含まれるのかは、そのつど彼が決定する。
イラク国民であっても、米英軍の占領政策に反対する人々は「全世界の国民」には含まれないので、「平和のうちに生存する権利」を認められない。
だから、派遣される自衛隊兵士も「全世界の国民」には含まれていない。
だって、彼らは「恐怖と欠乏」の戦場にこれから送り込まれ、「平和のうちに生存する権利」の請求は「ま、とりあえず、しばらく我慢してね」と肩を叩かれているわけだからである。
誰が「全世界の国民」であるかは「私が決める」ということを言い落としたまま、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」という憲法前文がこの派兵を根拠づけていると首相は述べていた。
どういう人が首相のスピーチライターをしているのか知らないけれど(本人が書いてるのかな)、よほど悪賢い人間か、よほど頭の悪い人間か、いずれかであろう。
12月9日
ホームページの記事の一部を転載したいので許可を頂きたいとか、リンクを貼りたいけれど、よろしいか・・・というメールをときどき頂く。
本ホームページはリンクフリー、コンテンツはコピーフリーである。
インターネットというのはコピー&ペーストするためのメディアだと私は思っている。
だから、ウチダの書き物に限って言えば、コピーフリー、剽窃フリー、改竄フリーである。
私は「自分の考え」を一人でも多くの方にアナウンスし、共鳴する方を獲得したいという願いからこのホームページを作っている。
その本旨からして、誰かが「私の考え」を広めてくれて、それによって「私の考え」を伝え聞き、それに同意する方がひとりでも増えるのであれば、歓迎こそすれ、それに反対する理由が私の側にあろうはずはない。
plagiarism(剽窃)が厳しく禁じられるのは学術の世界の話であり、インターネットの言説空間は学術の世界ではない。
学術の世界の常識をそれ以外の領域に適用するのは適切とは思われない。
学術の世界でplagiarism が禁じられるのは、おおかたが信じているように、知的な発見についてのプライオリティがしばしば、「特許」や「名誉」や「金」とリンクするからではない。
そんなことは副次的なことに過ぎない。
そうではなくて、「真理に価値がある」という価値観そのものが学術性を担保しているからである。
学術研究というのは「真理の探求」の場であり、その探求の真理性を担保するのは、研究者の「真実」に対する宿命的なこだわり以外にあり得ない。
自分の発見でないことを「私の発見である」と称する人は嘘つきである。
よそから借りてきた知見を「私のオリジナルである」と称する人は嘘つきである。
この程度の「誰にでも追試可能な命題についてさえ嘘をつく人間」は、「真実に対する宿命的なこだわり」を欠いていると通常判断される。
剽窃する研究者は、それ以外の場所でも虚偽を述べ、出典をごまかし、データを改竄し、不適切な論証や、詭弁を弄している可能性が、そうでない研究者の場合より高い。
研究者がバカであることは少しも科学の進歩を妨げないが、研究者が嘘つきであることは科学の進歩を致命的に遅滞させる。
というのは、データを改竄している可能性がある研究業績に、同業者は研究としての信頼性を認めることができないからである。
もし、剽窃者の存在を許せば、先行研究のデータのすべてが信頼できるわけではない、ということになる。
ということは、自然科学であれ人文科学であれ、どんな領域でも研究活動の時間とエネルギーの過半は先行研究のデータの追試に割かれねばならないことになる。資料が消失していたり、文献が散逸していたり、証人が死んでいたりして、追試不可能である研究についてはもうデータとして用いることを断念するしかない。
結果的に、「嘘をつく」研究者の存在を許せば、同業集団は原理的に「追試不能なすべての研究データ」を棄てることを余儀なくされるのである。
それは科学の進歩を致命的に遅滞させるであろう。
だから、私たちは院生たちに「剽窃をしてはいけない、データを改竄してはいけない」と教えるのである。
剽窃者は学術研究の信頼性を毀損することによって、同業者全員によけいな仕事を課役する。
それが職業人としての倫理に悖るとされるのである。
「剽窃」というのは、そのように「先行研究への信頼」を損なうがゆえに断罪されるのであって、「先行研究への信頼」が特に重要とはされない世界では、問題になることではないと私は考えている。
学術の世界以外では、「真実のみを(少なくとも、本人は真実であると信じていることのみを)語らねばならない」というようなルールは存在しない。
重視されるのは、そこで語られていることの真理性ではなく、そこで語られていることの政治性である。
真理性と政治性はまったく水準の違う概念である。
例えば、メディアで流される情報は「真実であるかどうか確証できない場合でも、これを『真実である』と思い込んでくれる人がいると、いろいろと私にとって望ましい政治的変化が期待できるので、それを告知する」というような強い主観的バイアスによって変形されている。
私たちはその主観的バイアスのかかった情報をそのメディアに固有の「情報変形パターン」を念頭において補正しながら読んでいる。その点では、「検閲」の行われている新聞を読むのと変わらない。
それが「メディア・リテラシー」といわれるものである。
同一の政治的事件を報道するときの『産経新聞』と『赤旗』の記事は似ても似つかないが、熟練した読者はその二つを読み比べて「ほんとうに起きたこと」を推理することができる。
新聞やTVのニュース番組が「真実のみを報道している」と思っている人間はいない。
だが、そのことを理由にメディアはニュース報道を止めよ、という人もまたいない。
それは、読み手の側にきちんとした「リテラシー」が備わっていれば、情報は補正できるということをみんなが知っているからである。
音楽の世界では「パクリ」ということがときどき問題になる。
このような「享受する」領域に学術的プライオリティと同じような厳密さを適用して、「パクリ」を指弾することは無意味だと思う。
むしろリスナーの愉しみは、一つの作品がどれほど多くの引用のテクスチュアから形成されているのか、それを腑分けする「リテラシー」の洗練にあるように思われる。
数多くの作品で引用される「古典」がある。
「新曲」から入ったリスナーたちは「ここまで繰り返し引用されるとは、オリジナルはどれほどの名曲なのか・・・」という欲望に点火され、結果的には、その好奇心がオリジナルのセールスを恒常的に支えてもいる。
引用やパロディやパクリは、オリジナルの価値を毀損せず、むしろオリジナルの「神話化」に貢献しているわけである。
プロモーション戦略としてのパクリ。
これは端的に「政治的」なプロセスと呼ぶべきだろう。
私が言いたいことは簡単である。
学術の世界は真理性を基準としており、それ以外の世界は政治性を基準としている。
この二つの領域に同時に適用可能な「統一原理」は存在しない。
もちろん真理が「たまたま」政治的に実現される場合もあるし、真理性が高い命題が「たまたま」政治的に成功することもある。
しかし、「真理は全体化する」というのはヘーゲル以後の近代イデオロギーであり、「学術的正しさ」と「政治的正しさ」のあいだには原理的に相関は存在しないのである。
12月8日
ゼミの卒業生たちが遊びに来る。
五年生のマスモトとOL一年生のながもっちゃん、ウェス、マキちゃん。
先日新宿で食べた豆乳鍋を試行しようと考えたのだが、まだ一度も家ではやってないので、一度実験してから、ということにして、とりあえず先般山本浩二画伯に教わって、それから二度自分でも作った「ほうれん草と豚肉の鍋」にする。
鍋に酒と味醂をおたまに一杯ずつ入れて、あとは煮るだけ。
たれは生醤油と大量のおろし生姜。
このシンプルさが素材のおいしさを引き出して、トレビヤンなのである。
お歳暮にいただいた〆張鶴の大吟醸をくいくいと頂きながら、鍋をむさぼり食う。
話はたちまちみなさまの恋愛物語となる(当然の流れだな)。
これはいくら聞いても飽きるということがない。
今回は、できあいの「いい男」を探してはならない。素材のよさそうな原石を探してきて、あとは諸君が自ら手塩にかけて「いい男」に育て上げるのである、という説教を垂れる。
男の価値を決めるのはアチーブメントではなく、可塑性である。
なまじな「オレなりのこだわりつうの」とか「オレ的には」みたいなスカをつかんではならぬ。
「底抜け」openended 男というのが、実はたいへん使い勝手がよろしく、また「大化け」の可能性を蔵してもいるのである。
それは恋愛においてもビジネスにおいても変わらない。
とりあえずは
(1)何でも美味しそうに食べる
(2)どこでもくーすか寝る
(3)人にものを上げるのが好き
という条件を満たしている男なら、原石としてはかなり上等だ。
(1)と(2)は「リソースには限界がある」ということを知っているということであり、(3)はその「限りあるリソースを自分は独占しない」という生き方をしているということである。
(1)と(2)は「生物としての人間」の生存戦略上の要諦であり、(3)は「人間としての人間」の本質である。
学歴だとか年収だとかせこい条件で探していては、いい男はみつからんぞ。
諸君の健闘を祈る。
12月6日
氷雨の煙る京都今出川の同志社女子大で恒例のイスラエル文化研究会関西例会。
同志社女子大の宮澤正典先生は篤学の史家で、先生の「日本における反ユダヤ主義の研究」はその徹底的な網羅性において余人の追随を許さず、ウチダは院生のころから、長くその学恩を蒙ってきたのである。
その宮澤先生から同志社女子大と神戸女学院大に複数の会員がいることだし(三杉先生も会員なのだ)、関西でも研究例会を持ちましょうというお申し出があったのが数年前のこと。以来隔年で同女と神女でイス研例会を招致している。
今年はほんとうはうちの番なのであるが、東京から来られる会員の方々の足の便を考慮して、京都での開催となった。
主催を逃れた「罰ゲーム」でウチダが関西代表で発表を仰せつかる。
海鳥社のために書きためた『レヴィナス論』から、「レヴィナスとラカン:子どもから弟子へ/知から欲望へ」というお題で一席伺うことにする。
『エクリ』から『鞍馬天狗』まで、『全体性と無限』から『盗まれた手紙』まで、勝手気ままな引用をコラージュして、「子どもと弟子はちょと違う」というお話をする。
もうお一人の発表者はICUからお越しの高木久夫先生。
高木先生のお題は「宗教批判の分水嶺:中世最後のユダヤ哲学者 デルメディコ」。
アヴェロエスの知性単一説のヘブライ語注解をピコ・デラ・ミランドラに伝授したことで哲学史に名をとどめるエリヤ・デルメディコというクレタ出身の哲学者が、宗教と哲学の分離を「大衆」と「賢者」のダブルスタンダードを適用することで果たした経緯を主著『宗教の吟味(ブヒナト・ハダット)』の読解に基づいて概説する、という教養涵養上好個の論件である。
高木先生のお話をうかがって、はじめてスピノザの『神学政治論』という書物の「神学」と「政治」が並列されている理由が腑に落ちた。
興味深かったのは、デルメディコが、「知的訓練を受けた賢者」と「受けていない大衆」を峻別し、形而上学的な宗教批判は「知的訓練を受けていない大衆には許されない」ということを自明の前提として書いおり、そのことは中世の「常識」だったというお話。
哲学は真理性に基礎づけられ、宗教=律法は社会的信認に基礎づけられる。しかし、真理性は必ずしも社会的信認に直結しない。
「真理は全体化する」というのは、近代のどこかの時点で(ヘーゲルだな、きっと)人間社会にもたらされた「臆断」であり、中世においては「真理が全体に共有されることはありえない」ということが常識だったのである。
なるほど。
つまり、「子どもは大人の話に首をつっこむんじゃありません」ということが徹底していた、ということである。
まことにそうだと思う。
そうじゃないと、子どもの側に「ああ、ぼくもはやく大人になりたい」という欲望が喚起されるはずもないからね。
現代社会はどちらかというと「大人が子どもの話に首をつっこみたがる」つまり「子どもが欲望の対象になっている」という相当に倒錯した状態にある。(社会の「マイケル・ジャクソン化」だな)。
『X−men2』と『Daredevil』を続けて見たけれど、どちらもコミックの映画化。日本でも『キューティハニー』とかマンガの「実写化」企画があるそうだが、これって「幼児退行」の徴候なんじゃないの?
昨日のイス研の発表が示し合わせたように、二人とも奇しくも「大人と子どもの違い・大人と子どものダブルスタンダード」ということがテーマであったということにあとで気づいたのであった。
発表後、恒例のごとく「きよす」にて鍋を囲んで懇親会。
東大の市川先生が遅れて到来したので、酌み交わしつつ清談。
そのうち微醺を帯びた手島”ヤコブ”佑郎先生にドライブがかかり、宴席は「ここだけのユダヤ裏世界話」やヘブライ語ジョークの飛び交う「恐ろしくディープなイス研宴会」に雪崩れ込み、京都の夜はしんしんと更けてゆくのであった。
12月5日
読売新聞主宰の大学関西フォーラム「教育力を問う」に出席。
基調講演の絹川正吉ICU学長(特色ある大学教育支援プログラム実施委員会委員長)から、支援プログラムの採否基準についてのお話を聞くのがメインの任務である。
西日本の主立った大学の学長クラスの先生がたがずらりと来ている。ウチダのような若造はほとんどいない。
本学の松澤院長もおいでであった。
これまで実施委員会から告知された文書や、それ以前の文部科学省や大学基準協会のアナウンスにも目を通してきて、ウチダ的にはこのプロジェクトの「ほんとうのねらい」がだいたい予測できていたし、このホームページでも何度が論及していたが、それが深く確信された。
この委員会が戦っているのは、何よりもまず「大学教授会を制度的基礎とする大学イデオロギー」に対してである。
ここで「大学イデオロギー」と言われているものの内容は
(1)大学教員は研究業績を上げることを本務とし、教育活動は教員にとって副次的任務である
(2)学生は自学自習の意志と能力を持つものでなければならない
(3)学生は教育サービスの顧客ではない
(4)教育活動の進め方は教員に一任されており、いかなるかたちでも組織的な統制を受けるべきではない
(5)教育活動を適正に査定できる方法は存在しない。不完全な評価方法による教育活動評価はしてはならない
などである。
これはすべてICUで絹川学長自身が遭遇した学内の「改革抵抗勢力」を支えたイデオロギーである。
絹川学長はこれらを「反教育力」と総称していた。
そして、この反対方向のベクトルが「教育力」と呼ばれる。すなわち
(1)大学教員は教育を主務とする
(2)学生は自学自習の意志も能力も十分ではなく、これを習得させるための導入教育が不可欠である
(3)学生はサービスの顧客であり、顧客満足度(CS)の多寡が大学の存廃を決する
(4)教育活動の改善は個人的な努力や犠牲的な時間外労働によってではなく、組織的になされなければならない
(5)たとえ不完全な方法によってであれ教員の教育活動は査定されるべきであり、評価の高い教員にインセンティヴを、評価の低い教員には改善努力の負荷が課されねばならない
今回の支援プログラムの趣旨は、「教育力」の育っている大学をエンカレッジし、「反教育力」のいまだ根強い大学に反省を促すことにある。
その前提には、既存の制度の内部での自助努力を積み重ねるだけではもうどうにもならないところまで、日本の大学はダメになってしまったというシビアな状況認識がある。
その上で、今回の申請書類は紙数の少ないものであったが、わずかな行間から、それぞれの大学の「教育力の差」は歴然とし見て取れた、という感想が採択にかかわった三人から相次いで指摘された。
申請の質的差を決定づけたのは
(1)申請事例そのものは近年発足の制度であっても、それに至る組織的取り組みの長い「前史」があること
(2)取り組みの制度的インフラ(固有の組織、人員、予算)と教育的インフラ(コア・カリキュラムに連動する周辺カリキュラムの充実)が整備されていること
(3)申請事例の「成功」が数値的に明らかなこと
(4)それらすべての活動に学生=顧客を満足させ、すぐれた教育成果を社会や地域にもたらしたいという強い動機づけが貫徹していること
である。
これでは本学の不採択に対して、ウチダから文句の言葉はもう継げない。
本学は「少人数ワークショップ型授業」によるこまやかな学生指導を申請したのであるが、そのさなかにAA制度は否決され、導入教育についての組織的な取り組みの提言は黙殺され、全学FD研修会はなくなり(代わりに人件費削減の説明会が開かれた)、教員評価システムは反対の十字砲火を浴び、FDセンターの立ち上げは先送りされ、少人数教育の制度的「成果」を数値的に示すデータはみつからなかったのである。
これで全学的な取り組みの「真摯さ」を評価してくれと頼むのは「虫がよすぎる」というものであろう。
絹川学長の貴重講演のあとに、今回採択された三校(和歌山大学、金沢工業大学、大阪女学院短大)のそれぞれの学長が、採択されたプロジェクトに至る経緯を報告した。
どこも数年がかりで学長がトップダウンで主導して、学部エゴや文部科学省の干渉を退けて制度的インフラを固めて予算と人員をそこに集中し、全学的にカリキュラムを整備してリンクさせ、その成果が数値化できるようにデータを取り、その結果を申請していた。
いかなウチダの修辞的技巧をもってしても、時計の針は戻せない。
ウチダがさらに驚いたのは独法化以後に「私学との熾烈な競合を生き残る」ことの困難さを実感している国立大学の取り組みの真剣さである。
「いま改革しなければ、2010年にはうちの大学はなくなっている」というシビアな未来予測を持って取り組んだという和歌山大学学長の列挙した(申請事案以外の)制度改革のラインナップの多彩さと大胆さに驚かされた。
だが、それ以上に驚いたのは、シンポジウムのあとフロアから発言した立命館アジア太平洋大学学長からの、「そんな手ぬるい改革で満足しているようでは国内の競争には勝ち残れても、海外の大学との競争には勝てない」というきびしいコメントであった。
これだけの努力に対してさえ「そんなんじゃ、国際競争に勝てない」という危機感をもって大胆な教育実践を試行している大学が一方にある。
本学はそのはるか後塵を拝するのみで、そのためのとっかかりの初歩的改革についてさえ、学内合意形成に膨大な時間とエネルギーが費消されているのである。
3時間のセミナーを聴いて、いつも元気なウチダも、すっかり意気消沈して北新地のネオンのなかをとぼとぼ帰路に就いたのである。
しかし、ひとつだけ楽観的な情報があった。
それはますます自学自習能力を失い学力低下にあえぐ受験生たちは、「大学選び」においても、その知的無能をいかんなく発揮して、改善努力をしている大学と努力していない大学の「区別があまりついていない」という河合塾の評価研究部長からの報告である。
現に、あれほど先駆的な大学改革を断行したFD先進校であるICUは今年志願者が減少しているそうである。
ビジネスの鉄則は「マーケットは間違えない」ということであるが、大学ビジネスだけはそうでもないらしい。
だが、「志願者は自助努力をしていない大学を選ぶこともある」と聴いて「喜ぶ」というのは大学人としては自己の存在価値そのものを否定するに等しいふるまいではあるまいか。
12月4日
イスラエル文化研究会での学会発表が明後日に迫ったが、何の準備もできていない。
そもそも逆さに振っても準備する時間なんか出てこないんだから、当たり前だけど。
適当に一時間ほど小噺をつないで・・と思ったが、聴衆はコアでディープな「ユダヤ学」のみなさんである。
うー、困った。
一時間の口頭発表ということは400字詰め原稿用紙で60枚、ということである。
それをいまから二日のあいだに書くためには文字通り寝食を忘れねばならぬが、今日は合気道のお稽古、明日は学長命令で業務出張である。
とほ。
もちろん、そんな発表を引き受けた私が悪いのである。
でも、イスラエル文化研究会の理事の職にありながら、理事会すべてに欠席し、研究会にも二年に一度しか顔を出さないという態度の悪さをどこかでトレードオフしておかないと、この先「ユダヤ学」の世界で生きてゆくことは、いかに厚顔なウチダといえども容易ではないのである。
文春から出すはずの「ユダヤ文化論入門」のネタも、学会の諸先輩がたから聞きかじった耳学問と、諸先輩のご高著からの引用で満たされているわけであり、ときどきは先輩方のお肩を揉んだり、「あ、お流れ頂戴します」というような仁義をきちんと切っておかないと、
「あー、ウチダくんね、キミはヘブライ語もイディッシュもできないんだし、イスラエルにも東欧にも行ったこともないし、ちゃんとしたタルムードの師匠についたこともないし、だいたい第一次資料なんかひとつも読んでないんだから、ユダヤ教について知ったようなことをね、本に書くのは、これは学者としてね、いささか節度を欠くふるまいと言わざるを得ないんじゃなかな」
というようなご叱責をお白州で拝聴しなければならないことは火を見るより明らかなのである。
そういうクリティカルな局面を回避するためにも、土曜の学会発表はなんとしても成功させねばならぬのであるが・・・
『映画の構造分析』の書評がぱたぱたと出る。
朝日新聞社刊「一冊の本」で、脚本家の鎌田敏夫さんが「秘蔵の書」に挙げてくれたし、週刊金曜日ではドキュメンタリー作家の巖谷鷲郎さんが「絶賛」してくださった。
どうもありがとうございます。
うれしいことに、どちらの書評も「映画作りの現場の人」からのものである。
その現場の立場から、お二人とも、映画は一人の人間が中枢的に統御するものではなく、スタッフ、キャストにはじまり、興行、パブリシティ、批評、映画研究に至る「映画を上映可能にし、映画についての言及を可能にする」すべての人々の「関与」によって織りなされるテクスチャーであるという考え方に共感を示してくれた。
当たり前のことのようだけれど、そういうふうな前提に立つ映画研究書はわりとレアなのである。
だって、映画の起源をそんなふうに時間的にも空間的にもでらために散乱させてしまうと、「映画のテーマ」とか「ねらい」とか「監督の言いたいこと」とかに焦点化した批評は不可能になってしまうからである。
しかし、つねづね申し上げているように、(映像作品であれ国際政治のプロセスであれ)それが「絡み合い」である以上、それを読み解くときには、関与させるファクターを多くした方が「話がややこしくなって、解釈は楽になる」のである。
この「話がややこしい方が、解釈は楽になる」という考え方は世間のみなさまにはなかなかご理解頂けないのであるが、これはほんとうのことである。
ま、「楽になる」というよりは「楽しくなる」という方が正確か。
話は簡単にしようとすると「無理」が出る。
無理をしてはいけません。
無理をしないで、「ま、そういうことも、あるわな」というふうに、適当に受け容れてしまう。
考えれば当たり前のことなのだが、基礎データとなるファクターが増えれば増えるほど、仮説は立てやすい。
当然でしょ?
人間が一人だけしかない状況で「人間とは何か?」ということを定義するのはたいへんむずかしい。
でも二人いると、その二人の解剖学上の組成の差とか、考え方の違いとか、情動的反応の違いとかを捨象して、「共通する要素」を抽出できる。
サンプルが100人いれば、「共通する要素」はもっと減るし、100万人いれば、もっと減る。
つまり、データが増えれば増えるほど、「これは何か?」を言い当てるための言葉は短くなるのである。
というわけで、学会発表は「レヴィナスとラカン」というお題なのであるが、これは
レヴィナスだけを読んでも分からない。
ラカンだけを読んでも分からない。
しかし、レヴィナスとラカンを併読すると、お二人が「同じこと」を言っているということが分かる、という仕掛けを利用した考察である。
「同じこと」を同じ言葉で言っているとよく分からないが、「同じこと」を違う言葉で言っていると、むしろ言いたいことがよく分かる。
そうですよね。
それは一軒の家を二人で前から見るより、一人は後ろにまわって見た方が、家についての記述がより精密になるというのと同じことである。
「しかし、ウチダくん。そもそもこの二人が『同じこと』を言っている、ということがどうやってキミには分かるのかね?」
それは、ひ・み・つ。
12月3日
ようやくふつうの生活に復帰する。
まず歯医者に行く。奥歯の治療はこれでとりあえずおしまい。
あとは必死でブラッシングするだけである。
次は下川先生のところでひさしぶりに舞囃子『融』と謡『通小町』のお稽古。
舞囃子はまだ「とりあえず道順を覚えた」という段階である。
これからこれをただの「歩行」から「舞」へ進化させねばならない。この距離がとてつもなく遠いのね。
『通小町』は小野小町に騙されて憤死する深草少将の役である。
女に騙されて「あな、口惜しや」と煩悩の犬となってわんわん騒ぐという男性の気持ちはウチダには痛いほど、切ないほど、骨がきしむほど分かるので、この感情移入が成功すれば、たいへんよい素謡になるであろう。
私の先に、おばさまがたが大挙しておられたので、私の順番が来るまで下川先生の助手となって、みなさまのために地謡をあいつとめる。
『邯鄲』『草紙洗小町』『三輪』。
下川先生の方を見ないまま(こちらは謡本と首っ引きなので、そもそも先生の方を見ている余裕がない)、先生とぴったり呼吸を合わせて謡をしなければならぬ。
これは「気の感応」の稽古としてはたいへんに有効なものである。
地謡では地頭(じがしら)より先に出るというフライングは厳禁であるが、決して遅れてはならず、終わるときはぴったり一緒、という条件がある。
下川先生は「体感の発信力」がたいへん強い方なので、こちらの感度をわずかに上げるだけで、無理なく身体を先生の呼吸に合わせることができる。
多田塾の若い皆さんにも気の感応のお稽古として謡曲のお稽古をぜひご推奨しておく。
身体運用の稽古もかねてできるし、合気道と能楽はたいへんに「相性がよい」。これは声を大にしてアナウンスしておきます。
稽古のあとは三宅先生のところへ駆け込む。
昨日から左肩に激痛が走って止まらないのである。
一瞥して先生が「おおおお、これはひどい」と顔を曇らせた。
なんだか骨盤からがたがたのようである。
30分ほど三宅先生にしゃかしゃかと修復して頂く。
左肋骨あたりの痛みはすっと消えたが、まだだいぶあちこち傷んでいるようなので、明後日も来なさいと厳命される。とほ。
家に戻ると人文会から本が届いている。
人文会というのは「日本教養主義最後の牙城」であるところの良心的出版社の連合体であり、「教養なき教養主義者」であるところの不肖ウチダもその最終戦線死守のために「猫の手も借りたいときの猫の手」として先般動員して頂いた経緯はご案内の通りである。
その「猫の手」の貢献が評価されたのか、『人文書のすすめ−人文科学の現在と基本図書』というこの書物の「基本図書リスト」にウチダ本がいくつか取り上げられていた。
なんとなく、関東軍総崩れのときに飛行機に乗って奉天から脱出する参謀本部が残留部隊のぼおっとした中尉あたりに「キミを二階級特進で少佐に任官するから、戦線を死守するように」と訓令を垂れて逃げ出す光景が目に浮かぶようであるが(しかし、なんだかイマジネーションが傾向的だな)、それでも「人文科学の基本図書」に選ばれるというのはうれしいものである。
ちなみにご選定頂いたのは
「現象学・実存主義」の枠で「タルムード四講話」(レヴィナス)と「レヴィナスを読む」(マルカ)と「レヴィナスと愛の現象学」
「日本の思想(近代・現代)」で「ためらいの倫理学」
「現代社会批評・文明批評」で「おじさん的思考」
「ポスト構造主義と文明批評」で「現代思想のパフォーマンス」(これはナバちゃんとの共著)
「セクシュアリティ論・男性論」で「女は何を欲望するか」
とけっこうランダムに選ばれている。
音楽チャートに例えて言えば、「バロック」と「民謡」と「現代音楽」と「パンクロック」と「演歌」でチャートインしたような感じである。
そればかりか「書店アンケート」による「注目する著者」にまでご選定頂いた。
ちなみに書店員の方々がいま注目されているのは
斉藤環、内田樹、池田晶子、加藤陽子、小此木啓吾、斉藤孝、小熊英二、アレックス・シアラー、武田徹、森巣博、菊池成弘、池上彰、日垣隆、宮台真司、柏木恵子、ヴィゴツキー
というラインナップである。
どういう基準で選定されているのか、教養のないウチダにはまるっきり見当がつかないのであるが。
不肖の弟子のホリから電話があって、「スカパーの番組に出ないか」と言ってきたので、「やだぴょーん」と断る。
ウチダはテレビには出ない。(このあいだ、ちょっと出たけど、わかりっこないから、よいのである)
別にテレビというメディアに本質的な疑念を呈しているとか、モーリス・ブランショ先生の先例に倣ってとか、そういうたいそうな理由ではなく、単に世間に顔を知られたくないだけである。
つねづね申し上げているように、そのへんのコンビニの店員さんに
「ね、さっきから298円の豚バラにしようか315円の豚バラにしようか五分も迷っているあの優柔不断な中年男、こないだテレビに出てたウチダつうオヤジじゃない? あ、エバラの『キムチの素』買った。今日きっとキムチ鍋よ。ビンボくさ」
とか言われたくないだけである。
ウチダは友人知人以外には誰にも顔を知られず、静かにお気楽人生をエンジョイしたいのである。
『寝な構』の裏表紙には顔写真が出てるけど、あれは本人とまるで似てないから(10年前の写真だし)、ノープロブレムなのである。はっは。
12月3日
まだ身体の芯に微熱が残っているが、とりあえずお仕事に復帰。
まず来年度の3年生のゼミ生の決定。
ゼミは12名定員で、最大15名まで収容可というのが総文のルールである。
内田ゼミを第一志望としたのは15名。
せっかく第一志望にしてくれたのであるから、全員受け容れることにする。
みなさん、よろしくね。
読売新聞に『子どもは判ってくれない』の書評が出る。
穂村弘さんという歌人の方のご推挽である。
いちばん身にしみたのは次のフレーズ
「また著者の意見に対して心から納得がいかないとき、なんだかここは変だなとか、ちょっと違うのではないか、ということがすぐ思い浮かぶように、ステップを踏んで話を進めてゆく態度もフェアだと思う。」
私は「フェアネス」ということを人間の社会性のうちでもっとも重要な資質であると考えている。
個体の生存戦略に限って言えば「フェアであること」はしばしば不利に働くが、集団の生存戦略上、個体が「フェアであること」は死活的に重要である。
ウチダは決してすべての局面においてフェアな人間ではないが、公共的な場で発言するときは、なんとかフェアであろうと努力している。
本人の気質にもともと備わっていないものを発揮するわけであるから、けっこう苦しい。
その努力を穂村さんが認めてくれたことがウチダはうれしかったのである。
3年生のゼミは「スローフード」
80年代の北イタリアのピエモンテで始まった郷土料理と郷土の食材を大切にしよう、という運動がもとになっていることはご存じの方も多いであろう。
ヨーロッパへのマクドナルド・チェーンの出店に対して、これを「アメリカン・グローバリズムの世界制覇」の象徴とみなした人々が、激烈な出店反対闘争を展開して「世界のマクドナルド化」をめぐる議論が沸騰したことも記憶に新しい。
ファーストフードが「ジャンク」な食べ物であり、ゆっくりと家族とともに良質な食材のご飯を食べることが「よいこと」であること、これは疑いを容れない事実であるから、その点でスローフードの理念に反対する人はいないであろう。
しかし、それを額面通り受け取ってはゼミにならない。
北イタリアからこの運動が始まったということに何か意味はないのか、ウチダはそんなふうに考える。
ご存じのとおり、イタリアは南北の経済格差が激しく、北部では南部を切り離して北イタリアだけで政治的独立をしようとする北部同盟の政治的な動きが存在している。
この動きとスローフード運動が同じ時期に同じ地域で発生したということは、無関係ではないだろう。
郷土の良質な土壌で育った良質の食材を、伝統的な調理法で料理し、家族集って会食するというのは、まさに「レジオナリスム」(地方分権主義)の象徴的なみぶりだからである。
スローフード運動の基本にあるのは「食べ物によって人間の身体や気質は影響を受ける」という考え方である。
「同じものを食べている人々はどんどん心身の均質性が高くなり、そうでないものを食べている人との外形的・内面的な差異がどんどん際だってくる」
ということであれば、「郷土料理を食べる運動」が地方分権独立運動となじみがよいのは当然である。
おそらくこの二つの運動のサポーターはかなりのパーセンテージで「かぶっている」とウチダは推察するのである。
加えて北イタリアはベニト・ムッソリーニの拠点だったところである。
スローフード運動が目の敵にしたのが「アメリカ的食生活」であることを考えると、そこに「何の関係もない」と言い切るのはなかなか困難であろうと私は思う。
ご存じの方は少ないかもしれないが、20年代のドイツ・ファシズムは「ドイツの土壌で育った清浄で良質な食べ物を食べよう」という「自然食運動」と「不浄な都会を離れて、自然の中でドイツ人としてのアイデンティティを取り返そう」という「ワンダーフォーゲル運動」を抱え込むかたちで国民的な支持を延ばしていった。
私は別に、自然食を好む方や山登りが好きな方を「ファシスト」であると申し上げているのではない(ウチダも良質の食材と自然を好むことでは人後に落ちない)。
ただ、そのような好尚をメディアを通じて声高にアナウンスし、運動を組織したり、協会を作ったり・・・ということに拡げると、「そういうこと」になじみのよい政治的なムーブメントと癒合する可能性があるという事実を「歴史は教えている」ということを申し述べているだけである。
ファーストフードを食べる人々は栄養が偏り、健康を損ね、衝動的になり、短命であるという統計結果がアメリカで出ているそうである。
しかし、「ファーストフードを食べる人々」のかなりの部分は「ファーストフードしか食べられない人々」であることを忘れては困る。
「ファーストフードしか食べられない人々」とは、「低所得層」であるか「手作りの家庭料理を食べられるような環境がないか」その両方か、いずれにせよ、「社会的にハンディを負った階層」である。
その方々が不健康で、衝動的で、短命であるのはファーストフードのせいなのか「ファーストフードしか食べられない社会的条件を生きている」のせいなのか、そのあたりは一律には論じがたいであろうとウチダは思う。
それを配慮しないで「ファーストフードを食べる人々」を批判の対象にする、ということは科学的な装いをまとってはいるが「金持ちがビンボー人を批判の対象としている」ということにはならないのであろうか。
そのあたりのことをファーストフード批判者の方々にはぜひご配慮願いたいとウチダは思う。
大学院のゼミは「日米同盟と安全保障問題」
自衛隊のイラク派兵が迫る中で、現地では外務省の現地スタッフ二名が殺害されるという事件が起きた。
はたして派兵はどういう条件が整えばなされ、どういう条件で撤退するのか。
日本国内でテロはありうるのか。
北朝鮮は日本を武装侵攻する可能性はあるか。
などという生々しい論件についてディスカッション。
もちろん、教室でウチダが語ったことをこんな場所で公開した日には「怒りの声」が関係各方面から殺到することは避けがたいので、内容については秘密なのだ。
ウチダが教室でどれほどの暴論を語るか知りたい人は聴講申し込みをして下さい(年間35000円です)。
でも朝日カルチャーセンターの講演が一回3000円だから、年間25回で35000円というのは、単価的にはずいぶん「お買い得」なんだ。
年が明けたら来年度の大学院聴講生申し込みが始まりますので、興味のある方は大学入試課までお問い合わせ下さい。
0798−51−8543
です。
12月2日
大江健三郎が『リベラシオン』にイラクへの自衛隊派遣に反対するエッセイを寄稿したという記事が朝日新聞に出ていたので、さっそくインターネットでLiberation の当該記事を読んでみることにした(まことに便利な時代になったものである)
『リベラシオン』はフランスの左翼系の新聞で、私はフランスにいるあいだはだいたい毎日これを読んでいる。
かなり質の高い国際関係分析記事が読めるので、フランスで『リベラシオン』を数週間読んでから日本に帰って来て、日本の新聞を手に取るたびに、そのあまりの程度の低さに愕然とする・・・という経験を毎度繰り返している。
たしかに彼我では「クオリティ・ペーパー」の発行部数も読者層もまるで違うのだから、同列に論じることはできない。(『リベラシオン』の読者は朝日新聞の読者の数十分の一にすぎないであろう)。
それにしても『リベラシオン』のような新聞が存在しないことはわが国にとって不幸なことであるとつねづね思っている、その『リベラシオン』に大江健三郎が寄稿した。
何を書いたかというと、「私は怒っている」という題名のエッセイである。
それほど長いものではない。原稿用紙4,5枚分というところのものである。
結論から申し上げると、こういうものを『リベラシオン』に寄稿するのは、ちょっとまずいのではないかとウチダは思う。
要約すると、大江の主張は次のようなものである。
日本は軍国主義の侵略戦争を反省して、戦後アメリカから扶植された民主主義を奇貨として憲法と教育基本法を備えた民主国家となった(その戦後日本の民主的エートスを形成したのは渡辺一夫と丸山真男である)。しかるに、小泉首相はブッシュ大統領の世界戦略に唯々諾々と従い、日本をテロリストの標的とするような愚かな政治的選択に踏み込んでいる。アメリカの世界戦略に抗して、日本は「批判的立場」(posture critique)を取り、イラクに対しては人道支援に限定すべきである。
私は一読して「うーむ」と唸ってしまった。
困ったなあ。
これが朝日新聞の「読者の声」欄への投稿であれば私も涼しく受け容れるであろう。
しかし、掲載されたのはそういう学級委員的な「ポリティカリーにコレクトな」発言を列挙するためのメディアではない。
大江に期待されているのは、日本国民のイラク問題に対するスタンスはどうなっているのであろうかというフランスの知識階級の知的要請に応える仕事である。
これを読んで、現代日本の知識人の歴史認識と政治感覚のレベルが「なるほど、この程度なのね、分かった、分かった」と思いこんでしまうかもしれない数十万のフランス知識人が読者なのである。
もう少し何とか書きようはなかったのであろうか。
大江の善意について、私は一片の疑念も持っていない。
だから、このテクストを読んで「ああ、日本にも世界の平和を念じている心優しい人がいるんだなあ」とフランス人読者の過半が信じてくれるであろうという見通しに私は100%同意することができる。
しかし、「日本人の批評的知性というのは、なかなかレベルが高いなあ」と思ってくれる読者がまず絶無であろうという見通しにも、哀しいかな同時に同意しなければならない。
大江健三郎は94年にノーベル文学賞を受賞した、日本を代表する作家であり、世界の読者からは現代日本を代表する知性とみなされている。
その「日本を代表して発言する(人、とみなされがちな)お立場」というものを大江さんにはもう少しご配慮頂けなかったであろうか。
私がこの短い文章の中で「困るよな」と思った点はいくつかある。
一つは、日本の政治的風土が「不幸な戦前」から「ハッピーな戦後」に、アメリカ軍の占領によって切り替わったという歴史観をさらりと書いてしまっていることである。
日本戦後史について大江はこう書いている。
「子供時代、10歳までを私は第二次世界大戦の苦痛のうちに成長した。私は日本の超国家主義を味わった。戦後、民主制と民主主義的理念が民主制のうちの最良の部分、すなわちアメリカの民主制によって日本に扶植された。そして、今度は日本が憲法と教育基本法を備えた民主国家となったのである。以来、日本人はアメリカの大衆文化、映画や音楽によって影響されてきた。そのことには何の問題もない。日本人はそれでおのれのアイデンティティを失いはしなかった。」
これはいくらなんでも日本戦後史概観として「簡単すぎない」だろうか。
この単純な戦後史のフレームからでは、大江自身の次の現状分析をつなぐ理路が見えてこない。
「小泉首相は再選され、イラクに兵士を派遣しようとしている。多くのジャーナリストが首相に質問をするが、彼の答えはつねに曖昧だ。イラクにおける戦争の初期から、首相はアメリカのジョージ・G・ブッシュ大統領の政策に同意してきた。『この戦争は正しい戦争である』と彼は繰り返した。ドイツやフランスはさまざまな意見を採用したが、日本はそうしなかった。(・・・)日本はアメリカの安全保障政策に追随している。私の国は追従しているのである。私はそれゆえ怒っている。これまでずっと怒ってきたように今も怒っているのである。」
お怒りは分かるとして、どうして、「最良の民主制」をもたらした当のアメリカが、今や日本を地獄の渕に引きずり込むような「邪悪な国家」になってしまったのかその経緯について、大江は一言の説明もしていない。
渡辺一夫や丸山真男の思想的事績を称える行数があれば、むしろ、こちらの方を説明する方が思想的には喫緊のことなではないのだろうか。
もし、この理路の解明を大江自身が特段の思想的急務と感じていないとしたら、それを説明できるロジックをウチダは一つしか思いつかない。
それは、「ニューディーラーたちの頃のホワイトハウスはいい人たちばかりだったが、ブッシュ大統領のホワイトハウスは悪人ばかりである」という「為政者有責論」の立場に立つことである。
たしかに、それなら話は簡単だ。
アメリカは、そのときどきの為政者が「いい人」であれば「いい国」であり、「悪い人」であれば「悪い国」になる。
国際問題の当否の議論は為政者の人間的資質についての判定だけで足りるであろう。
ブッシュ大統領が悪人であり、小泉首相がボンクラだから、「世界と日本はこんなことになってしまったのだ」と「怒っている」のというなら、話はよく分かる。
だって、人間はシステムやプロセスに対して「怒る」ことはできないからである。
人間が怒ることができるのは、人間に対してだけである。
人間の邪悪さと愚鈍に対してだけである。
たしかに、国際政治というのは、為政者の個人的資質で左右されることもある。
だが、それ「だけ」ではない。
仮にもし、非常に単純な世界観と暴力的な資質をもつ人物がある国の独裁的権力者である場合、そのような人物を国家のリーダーとして「戴く」ことに対していくばくかの国民的合意があるか、あるいは周辺諸国の「お家の事情」というようなもののサポートがあるか、あるいはその両方があるか、なんらかの人格素因「以外の」ファクターによって彼は国際政治のカードプレイヤーの立場をキープしている。
単に邪悪でボンクラであるだけでは、なかなか民主主義国家で権力の座を射止めることはできない。
その場合、どうしてそのような国民的「合意」が成り立ったのかという問いや周辺諸国がこの邪悪な指導者をサポートするのはどういう「事情」によるのかという問いを次々政治過程の決定要因として繰り込んでゆくと、国際政治の話はどんどん複雑になる。
誰が「ギャング」で誰が「保安官」なのかがどんどん不分明になる。
そして、残念ながら、多くの方々はこのややこしい話をこりこりと解明するという知的負荷を嫌う。
彼らはすぐに机を叩いて、「いいから、話を簡単にしてくれよ! だから、悪い奴は誰なんだ?」と言い立て始める。
しかし、まさにこの種の「いいから、悪い奴は誰なんだ?」という「禁句」を自制できない人々が国際政治のプロセスをより混乱させているのではないかと私には思われるのである。
現にいま国際政治で解決のむずかしい重大な問題を引き起こしている人々は、ほぼ例外なく「政治的布置を敵=味方図式に過度に単純化するひとびと」(アメリカの大統領やイラクの元大統領やさまざまな権力的国家やテロ組織に集う「怒れる人たち」)である
とりあえず
「話を簡単にして」
「敵味方をはっきりさせて」
「敵に向かって怒りをぶつける」
という戦略は、こと国際政治プロセスに限って言えば、非常にコストパフォーマンスの悪いやり方であるばかりか、むしろそのような単純化戦略そのものが国際政治を解決不能のデッドロックに導いているということについて、世間の常識ある方々のあいだでは、いちおう基本的な合意ができているのではないかとウチダは思う。
その上で「私は怒っている」に始まる大江のエッセイが、「話を簡単にして」、「敵味方をはっきりさせ」「敵に怒りをぶつける」という言説戦略を採択していることにウチダは不安を覚えるのである。
大江はこのとき、彼が批判している当の対象たちと、「問題を単純化したい」という節度のない欲望に屈服している点であまりに似すぎていないか。
ウチダにはよく分からなくなってしまうのである。
大江は日本の政治過程については、こう書いている。
「先の衆議院選挙でこの政策に反対した左翼党派はその議席の半数を失った。なぜか? それは日本には批判勢力がもはや存在しないからである。(il n'y a plus de force critique)。首相はその行動に何の掣肘も加えられていない。彼はすべてを為すことができる。」
事実の報道としてはずいぶん不正確な書き方だと思う(「すべてを為すことができる」と太鼓判を押されたら、小泉首相だってびっくりするだろう)。
民主党は(いろいろと党内議論があるようだが)イラク派兵に反対の立場で選挙戦に臨んで、得票数を伸ばした。
そのことに触れなければ、日本の政治状況にうといフランス人は、日本にはイラク派兵を支持する「従属派」のマジョリティと、それに反対して惨敗を喫した「敗北主義的」左翼しか存在しない、というふうに考えてしまうだろう。
でも、それは日本の現状とだいぶ違う。
そもそも、日本の国内政治の記事なんて、フランスのメディアにはほとんど出ない。
検索してみたけれど、過去一ケ月のあいだに『リベラシオン』が載せた日本関連記事は六本しかない。
うち一つが大江のエッセイ、残り4本はイラク復興プロセスを報じた中で諸国名のなかにまじっているだけで、日本国内政治についての記事は1本だけである。
それは11月11日の衆院結果の報道で、そこには、「自民党の退潮は、小泉の『冒険主義的』外交政策が反対勢力によって拒否された結果として解釈される」と書いてあった。
『リベラシオン』の読者はどちらを信じればよいのだろう。
日本の有権者の相当部分がイラク派兵に反対したせいで小泉政権の支持者が減ったという事実か、「日本には批判勢力がもはや存在しない」という大江の断定か?
もちろん、「民主党などという政党はいかなる意味でも『批判勢力』ではない」と大江が判断しているとしたら、その考え方は尊重されねばならないとしても、やはりこれを「事実」として記述することは自制すべきだろう。
結果的に大江のエッセイは、『リベラシオン』の読者に「日本人は首相から有権者まで総じて米国追随のボンクラであり、ひとり大江健三郎だけが左翼的批評性の孤塁を守っている」という(事実とは微妙に異なる)印象をフランス人読者に残す以上の政治的効果を持っていないようにウチダには感じられたのである。
いやみになるから、もう止めておくが、最後にもう一つだけ、私が大江に疑義を申し述べたいのは、彼がこのエッセイで何回か用いている「批評的」(critique) ということばの使い方についてである。
少なくとも、このエッセイを徴する限り、大江にとって「批評的である」とは「左翼的である」とほぼ同義であり、文脈的には「自民党の政策とアメリカの世界戦略に反対すること」とほぼ同義である。
私はこのことばにこのような貧しい定義を与えることには反対である。
「批評的である」とは、私たちの前にいま映現している事象は、どのような前史をもって私たちの前に顕現したのかを問い、なぜ私たちには世界は「このように見え」、そうではないようには「見えないのか」を問う、ということである、と私は考えている。
その上で、大江のプレゼンテーションの仕方は、あまりに単純で、あまりに既知のフレームワークに泥んでいるがゆえに、十分に「批評的」たりえないのではないかと怪しむのである。
私たちは「左翼的」であったり、アメリカの世界戦略に反対することが、ただちに論者の「批評性」を担保すると信じられるような牧歌的な時代をずいぶん前に通り過ぎてしまった。
私はそう思っている。
繰り返し言うとおり、私は自衛隊のイラク派兵に反対であり、憲法9条の改訂に反対であり、自民党の外交政策とアメリカの世界戦略の有効性と道義性に深く懐疑的であり、かつ大江健三郎が善意の人であることに一抹の疑いも抱いていない。
その上でなお、大江健三郎はこんなふうに書くべきではなかった、と思う。
大江健三郎は海外のメディアに日本の知的世論を代表して、署名原稿を求められるというレアな立場にある人間である。
そうである以上、「大江健三郎は大江健三郎を代表する」だけでは済まない、ということを分かって頂きたい。
彼は「彼の反対者をも含めて日本を代表する」という個人としては過酷な責務をエクストラで負っているのである。
そのような「過剰なる責務」を負っている人間に向かって、「あなたの責任ではない債務の支払いがよくない」と責め立てるというのは、まことに非人情のそしりをまぬかれぬことを熟知した上で、ウチダは非人情に徹してあえて苦言を呈するのである。
12月1日
週末は東京で池上六朗先生との二日連続対談。
土曜の稽古を終えて、そのまま雨の中を東京へ。
午後7時から新宿の「由庵」で「豆乳鍋」(美味なり)というものを食べながら、もうどんどん対談が始まる。
ごいっしょするのは毎日新聞の中野さんと三宅先生と赤羽さん。
三軸修正法を世にお伝えする「スポークスマン」というのが私に与えられた歴史的使命であるので、対談と言っても、私が池上先生のお話をうかがって、「それって、こういうことですか?」というふうにパラフレーズするという「ほぼインタビュー」形式のものである。
しかし、三軸はなかなか簡単に「そういうこと」にまとめることのかなわない治療原理である。
それは別に三軸が「ややこしい」という意味ではなく、むしろ、人間の身体のつくりが「ややこしい」ということに起因している。
現実はややこしい。
ややこしいがゆえに、それを簡単に説明するために多様な仮説が生まれる。
仮説の豊かさを担保するのは現実のややこしさである。
ところが、世の中には現実観察から仮説に進むのではなく、仮説を「まず」受け容れて、それを通して現実を「単純化して」見る、という方が少なくない。
その方がたしかに知的負荷は軽減される。
そういう方たちは、彼らの採用している単純な仮説とぴたりと一致する単純な現実ばかりを探し求めようとし、その仮説になじまない現実については、「そんなことはありえない」という、いささか排他的な態度を取る傾向にある。
しかし、それは話が逆ではないか。
現実は仮説に適合するためにあるのではない。
仮説を無限に生み出す母胎として「いかなる仮説によっても汲み尽くせない」現実が存在するのである。
カール・ポパーの定義によるならば、科学者とはみずからが提出した仮説を証明する事例をではなく、仮説を反証する事例を探求し、それによって、仮説をよりカバリッジの広いものに書き換えることを優先的に配慮する人間のことである。
現実が「いかなる仮説によっても汲み尽くせない」と思っている人間が現実に直面したときに、いちばんよく使う言葉は何か。
それは
「そういうことも、あるかもしれない」
である。
というわけで、池上先生と私の「対談」は
池上「こういうことがあるんだけど、どうしてなのか、うまく説明できないんだよね」
ウチダ「ほんとですねー、なんなんでしょうね」
というやりとりを軸に主題に転々とするのでありました。
おお、これがいい。中野さん、タイトルこれにしません?
「そういうことも、あるかもしれない」
翌日曜も午前10時から午後5時半までノンストップ対談。
最後に池上先生に三軸を調整してもらって、三宅先生と新幹線に乗り、ミニ宴会をしながら芦屋に戻る。
さすがに二日にわたって、池上先生とハイテンションな話を続けたせいで、身体がぐるぐるしてきたらしく、月曜の朝に発熱。
午前中のフランス語の授業のあいだに、身体のふるえが止まらないほどに急に熱が出てきて、午後の授業を休講にして、そのまま這って家に戻り、ドクター佐藤からいただいた風邪薬と解熱剤をのんで、午後7時まで爆睡。
頭から水を浴びたような大汗をかいて目が覚める。
パジャマ、シーツ、枕カバー、毛布を洗濯機に放り込んで、寝具をセットしなおし、また爆睡。
結局、12月1日は24時間のうち17時間寝ていた。
朝起きると熱は下がり、おなかがぺこぺこになっていた。
池上先生にアラインメントの狂いを直して頂いたせいで、こんな反応が出たのかもしれない。
うーむ、そういうことって、あるかもしれない。