話は分かったみなまで言うな -Je te comprends bien; il n'y a pas a raconter en detail: depuis janvier 2004



2月29日

土曜日は「現代日本論」打ち上げ宴会。

遠く浜松からスーさんご一行(大坪先生、小野先生)と大量の鰻をお迎えして、怒濤の大宴会。

前日に治療に行った三宅接骨院から大量の「タラバガニ」を頂き、さらにみなさん腕によりをかけて珍品逸品の数々を持ち込まれたので、まさに酒池肉林。

6時間にわたり、ほとんど「轟音」というのに近いほど同時に多くの人々が何かを熱っぽく語り続けていた。

「では、私はこれで・・」と一人帰るごとに、廊下で「クック・ロビン音頭」を全員が踊ってお見送りする。

さぞやうるさかったであろうが、さいわい隣家と階下は「空き屋」らしく、騒音についてのクレームは来ない。

 

宴会中に江さんが『ミーツ』のゲラを持って来られたので台所の床に座って校正をしていると、既婚者男性たちが「何を読んでいるのか」と訊ねてきて、「結婚は得か?」というタイトルをみて、なんとなく目の色が変わって「読ませてください」とゲラを手に取る。

熟読すること数分。

「う」という沈痛なうめき声をあげて、「そ、そうですよね。結婚はお得ですよね、ははは、は」と力無く笑いながら立ち去ってゆく。

そんなに悲痛なことを書いたようには思わないのであるが、「比較的幸福な結婚生活においての、不快と愉快の比率は『赤飯中におけるコメとアズキの比率』に近いと申し上げてよろしいかと思う」というあたりがみなさんの琴線に触れたのかもしれない。

若い方々の中には誤解されている向きもあろうかと思うが、結婚というのは「幸福の実現」などではないし、配偶者は「理解と共感の担保者」などではない。

そう勘違いするから、いろいろと要らぬご苦労されるのである。

結婚生活は総じて受難と不快の日々であり、配偶者はあなたの理解と共感を絶している。

しかし、それだからこそひとは結婚するべきなのである。

いったいいかなる理路によって?

詳細は『ミーツ』の来月号、再来月号(昨日校正していたのは、再来月号のゲラ)を読んでください。

一読、むらむらと結婚したくなること請け合いである。

書いてるウチダ自身でさえ、書きながら結婚したくなっちゃったくらいなんだから。


2月27日

引き続き『アメリカの反知性主義』のお話。

この本の第三章・「福音主義の歴史」はアメリカにおけるプロテスタント諸派の独特な宣教活動について貴重なことを教えてくれる。

高校の世界史ではぜんぜん習わなかったことなので、諸賢のために、ここに概略を記す。

 

アメリカン・ピューリタンの第一世代には多くの知識人が含まれていた。

彼らは切り開いた開拓地のはずれでまだ狼の遠吠えが消えないうちから、すでに大学を作り、アリストテレスやホラティウスやヘブライ語を教え始めた。

ハーヴァード大学の初期の卒業生の50%はそのまま牧師になった。

しかし、1720年に「大覚醒運動」が起こり、「学識ある牧師」にかわって、無学だが宗教的熱情に駆られた人々が宣教の前衛となる。

ウィリアム・テネントという長老派の牧師は熱情的に開拓地を遍歴して、ほとんど文化的な要素のない生活をしている開拓民たちに魂の救済を熱狂的に説いた。

テネントは説教のときに絶叫し、野獣のような怒声を上げ、夜の雪の中を発作的にのたうちまわり、それを見に集まった数千の会衆たちは狂乱状態のうちに「霊的再生」を経験したのである。

こうしてピューリタンの時代が終わり、福音主義の時代が始まる。

大覚醒運動は南部西部のフロンティアにおいて、「より原始的で、より感情的な恍惚感を強調するものに変わっていった。学識のない説教師が増え、回心の手段として、肉体的反応をあまり抑制しなくなった。つまり平伏する、痙攣する、吠えるといった動作がひんぱんにみられるようになる。」(66頁)

彼らは「ますます増えて行く、教会をもたない非宗教的な人々、教会で聖化されない『結婚』と節度のない生活、過度の飲酒、野蛮な喧嘩」と戦い、開拓民の魂を浄化する必要があったのだから、ある程度フィジカルにインパクトがある説教態度をとったことはやむをえない。

巡回説教師たちがいなければ開拓時代の「流動性の高い会衆を回心させること」は不可能だった。

(だから『ペイル・ライダー』のクリント・イーストウッドが牧師なのに気楽に銃をぶっぱなして悪漢たちを殺してしまうのは福音主義の宣教師の伝統からすれば、それほど異常なことではなかったのだ)。

福音主義の宣教師に求められたのは、なによりも会衆をひきつける話術とパフォーマンスだった。

「スター説教師」たちが続々と生まれる。チャールズ・フィニー、ドワイト・L・ムーディ、ビリー・サンディ、ビリー・グラハムと続く系譜がそれである。

フィニーは1820−30年代に活躍した説教師だが、その武器は「鋭くみつめられるとしびれるような、強烈で狂気をおびた預言者の目」であった。会衆たちは彼の説教を聴くと「椅子から転げ落ち、慈悲を求めて叫び、ひざまずき、ひれ伏した」。

もっとも活動的だったのは初期メソディストの巡回牧師たちであった(すさまじい嵐の夜には「こんな夜に外にいるのは鴉かメソディストの説教師くらいだ」という言い方があるくらいに彼らは不撓不屈であった)。

1775年に3000人だったメソディストはその80年後に信徒150万の大会派になったが、その成功をもたらしたのは何千人もの無学だが宗教的熱情あふれる牧師たちの献身的な布教活動だった。「だが、そのうち一般的な英語教育以上の教育を受けているのは、おそらく五十人もいないだろう。その教育すら受けていない者も多い。まして神学校や聖書研究所で訓練を受けたものなどひとりもいまい」とあるメソディストの牧師は誇らかに語っている。

このあとにドワイト・L・ムーディが登場する。

靴の卸業者として成功したあと、ビジネスから宣教活動にシフトしたこの人物は1873年にイギリスで活動を行い250万人を動員し、帰国と同時に名声の絶頂を迎えた。彼は無学で「彼の説教を批判する者たちがずっと言い続けていたように、文法すら知らなかった」。しかし、一分間220語語るそのすさまじい早口と大音量の説教で、巨大な会堂の聴衆を一挙に救済に導く技術においてこの時代最高のパフォーマーであった。

ムーディは「聖書以外には一冊の本も読まない」と広言してはばからなかった。学問は霊の人の敵であり、「知識なき情熱は情熱なき知識にまさる」というのがムーディの一貫した立場だった。

けれどムーディはもうテネントのように転げ回ったり咆哮したりはしなかった。かれはばりっとしたスーツで登壇し、まるで有能なビジネスマンのようにまくしたてたのである。

ムーディに続くのが19世紀末から1935年にかけて圧倒的なポピュラリティを獲得し(1914年に『アメリカン・マガジン』で「アメリカでもっとも偉大な人物」投票で第八位になった)たビリー・サンディである。

彼はジャズバンドを引き連れ、ストライプのスーツ、ダイヤのタイピン、ぴかぴかのスパッツで登場して、低俗なレトリックと曲芸あり音楽ありのステージパフォーマンスで会衆を魅了した。

彼の説教はあまりに人が集まったので、既存の教会では対応できず、しばしば「大講堂」が彼の説教のために建設されたほどである。

そうやって大量に回心させた信者から一人当たり「回心料」2ドルを徴収して、ビリー・サンディは大富豪になった・・・

 

ホーフスタッターの本から福音主義の歴史をながながと採録してきたのはもちろん理由がある。

「トリビアル」な知識を披瀝したいからではない。

私は「関連性のあること」にしか興味がない(@大瀧詠一)

この記述が二カ所で私の「記憶の琴線」に触れたからである。

 

記憶の片隅を「つんつん」とつつかれのは、ドワイト・L・ムーディが1886年にシカゴに設立した「ムーディ聖書研究所」で学んだひとりの日本人のことを思いだしたからである。

中田重治(1870−1939)が1897年から98年にかけて、ここで学んでいる。

中田は日本ではメソジストの教育を受けたのち渡米し、この聖書研究所でアメリカのコアな福音主義に触れて「回心」を遂げる。帰国したあと、メソジストを離れ、1917年、教会46を擁する「東京宣教会ホーリネス教会」を設立する。

そして連続講演「聖書より見たる日本」を通じて「キリスト再臨と日本とユダヤ人のあいだには特殊な関係があることを発見」し、聖書中に「日いずる国」とか「東」とあるのはすべて「日本」のことであり、日本こそはキリストの再臨とユダヤ民族の回復の鍵を握る「選ばれた民族」であるという理説を発表し、日本における「日猶同祖説」イデオロギーの最初の一歩を踏み出すのである。

「日猶同祖論」といってもみなさんはたぶんご存じないだろうが、「日本人とユダヤ人は同じ歴史的使命を持つ」(極端な場合は、「同じ祖先から由来する」)と説き、大正年間から第二次世界大戦まで、日本の福音主義派のキリスト者、陸海の軍人、外交官、極右の一部に隠然たる勢力をもって伏流していたオカルト・イデオロギーである。

中田重治(中野重治じゃないから、まちがえないでね)は日本民族の使命は、世界に散在するディアスポラのユダヤ人を糾合し、彼らをしてパレスチナの故地に帰還せしめ、そのようにして神の摂理を成就することにあると考えた。

「東より起こる人は向こうところ敵なき勢いで諸国を征服するとあり、東から西へ西へ、大陸に向かつてグングン伸びてゆくことを預言している。大陸にむかつて武力をもつて発展してゆくのである。そして最後に偽キリストに与する王たちを押さえつけるのである。私はいたずらに日本の大陸政策を謳歌するのでもなければ、軍部に媚びるものでもない。これも聖書の光であるから、かく言うのである。肉の考へからして日本が偉いと言うのではない。神の摂理の中にかくなつていると言うのである。神はこの民族をして、その使命を果たさしめようとして、過去2500年間、外敵の侮りを受けることのないようにしたもうた。これみな摂理の中にあつたことで、全能の神がこの日いづる国をして大陸にその手を伸ばさしめんがために、深いみこころの中にかくなしたまうことであると信じている。」(「聖書より見たる日本」、デイヴィッド・グッドマン、宮澤正典、『ユダヤ人陰謀説−日本の中の反ユダヤと親ユダヤ』、講談社、1999年、125頁)

なぜ、このようなオカルト・イデオロギーがそれなりの社会的影響力を持ち得たのかを論じ始めると本を一冊書かないといけないので、ここではこれ以上触れないが、結果的に日本の帝国主義的領土拡大を悲惨な戦争を招来することになった軍国主義イデオロギーの生成に、アメリカの福音主義の「スター説教師」がちょろっと一枚噛んでいたということは記憶しておいてよい歴史的事実であるように思われる。

 

思い出したもう一つの話も、だいぶ「遠いところ」の出来事だ。

ビリー・サンディは説教のあと「回心した」会衆たちを「審問室」に出頭させ、その「霊的状態」をチェックし、「霊的再生」が果たされたことを確認されると「決心カード」というものを発行した。

回心した諸君がそのあとどんな使命に従事したのか、ホーフスタッターの本には書いていない。

でも、私は回心者の「末路」を別の本で読んだような気がする。

ナンビクラワ族と暮らし始めたレヴィ=ストロースは、彼が来る五年前に同じナンビクラワ族と接したプロテスタントの宣教師たちの話を聞く。

彼らはインディアンと険悪な関係になり、投与したアスピリンで一人のインディアンが死んだあと、ナンビクラワ族の男たちはそれを毒殺されたと思い込んで、復讐を果たした。

六人の伝道団が虐殺されたのである。

レヴィ=ストロースはこの虐殺の加害者であるインディアンたちが「この襲撃の模様を楽しそうに語る」のを聞かされる。

レヴィ=ストロースの証言をそのまま引用しよう。

「私はたくさんの宣教師を知っており、その多くの者が果たした人間的な、あるいは科学的な役割を尊敬している。しかし、1930年ころに、中部マト・グロッソに入り込んでいったアメリカのプロテスタントの宣教団は、特異な種類に属していた。これらの宣教団の人たちは、ネブラスカ州や南北ダコタ州の農家の出であるが、そこで若者は、文字どおり、地獄と、油の煮えたぎる釜への信仰のなかで、育てられるのである。ある者は、保険の契約でもするようなつもりで、宣教師になった。こうして、自分たちの魂の救済については安心してしまった彼らは、それに値するために、もうなにもしなくてよいと考えたのである。職務に従事して出あったさまざまな出来事において、彼らは、反逆的な冷酷さと非人間性を示した。」(『悲しき熱帯』538頁)

手元に原文で見あたらないのだが、川田順造さんが「反逆的な冷酷さ」と訳されたのはもしかするとcruaute revoltane ではないかと推察される。だとすれば、revoltant は「反逆的」ではなく「胸がむかつくような」である。

よほどひどいことをしたのであろう。

レヴィ=ストロースはの虐殺の加害者を「とがめる気にはなれなかった」と書いている。

時代を勘案すると、この宣教団がブラジルの奥地にまで入り込み、そこで「回心」しようとしない原住民に対して「胸のむかつくような残酷さと非人間性」を示して、ついには彼らの憎しみを買って虐殺されるに至った歴程のどこかで、ビリー・サンディが何らかの役割を演じていたと推論することは、それほど当を失してはいないように思われる。

世界の歴史は不思議な「結び目」で繋がっている。


2月26日

学士会館で目覚める。

朝食をただっぴろい食堂でもそもそ食べてから、部屋に戻ってこりこりと「東京ファイティングキッズ」の「その22」を書く。

10時半にまずT摩書房のY井さんと打ち合わせ。

橋本治先生企画の「小学校高学年の子どもからすべての大人まで」を対象とする、たいへん画期的な新書シリーズの執筆者にご指名いただいたのである。

さすがに私がひそかに「心の師匠」と仰ぐ橋本先生、メディアの喫緊の課題は小学校中学校の学齢期の子どもたちにピンポイントして知的リソースをがんがん投入することであるとして、救国的企画を立てられたのである。

ほかのオッファーであれば、ごにょごにょと逃げを打つウチダであるが、橋本先生の企画とあっては二つ返事。

100枚ほどの短いものを、ということで、『先生はえらい!』(仮題)というタイトルの師弟論を書くことにする。

 

このホームページ日記について、Y井さんに「あんなに毎日書いて、ネタがよく切れませんね」と感心された。

そりゃ「正確な情報」や「ポリティカリーにコレクトな言明」を毎日書こうと思ったら、私だって三日でネタ切れである。

ネタが無尽蔵なのは、「こういうことを書くと絶対『それは間違いである』とか『それは正しくない』と怒り出すやつがいるな」と思ったことを選択的に書いているからである。

人間というのは、「他人を怒らせるネタ」についてだけは決してアイディアが枯渇しないものである。

「ゴミすてるから、穴掘っといてね」といわれてもおもしろくもなんともないが、「あ、そうだ。落とし穴掘っとこ」と思って掘ると時間の経つのを忘れるのと同じである。

 

話が終わったその足でこんどは学士会館わきのI波書店へ。

今度は『身体・言語・時間』の打ち合わせ。

これはまだ正式決定の出ていない企画段階であるので、担当のO本さんとどんな本にするのか、あれこれと意見交換しながらおしゃべり。

ヤマちゃんとかM島くんとか、みなさんだいたい同じくらいの年齢(20代後半から30代)であるが、この世代の編集者には共通した困惑があるように思われる。

何と言えばいいのか、「誰の言っていることが正しいのか、判定するたしかな基準がみつからない」ということかもしれない。

やたらに歯切れのいい「正義の理説」には二の足を踏むし、だからといって「すべての言説は臆断である」というようなシニスムにもあまりインパクトを感じない。

おそらく、「いまの自分たちの、なんとなく『かたづかない気持ち』を、できるだけそのままふわっと載せられるような語り口」というものを求めておられるのであろう。

だから、「『誰の言っていることが正しいのか、判定するたしかな基準がみつからない』という事況そのものを思想化したって、いいんじゃない?」という主題にひかれるのかもしれない。

 

打ち合わせが終わって新幹線に飛び乗る。

パワーブックを持ち込んでいるので、そのままばしばしと「インターネット持仏堂・その15」を打ち込む。

2時間ほど書いたところでバッテリー切れ。

仕事を放り出して、読みさしのホーフスタッターの『アメリカの反知性主義』を読む。

まことに面白い。

今日読んだところでは、第七代大統領アンドルー・ジャクソンの「反知性主義」的傾向がその後のアメリカの政治スタイルに大きな影響を与えたという話が興味深かった。

ジャクソン陣営が大統領選挙で対立候補のジョン・クインシー・アダムズに向けたのは「頽廃のヨーロッパ」対「自然のアメリカ」という図式であった。

アダムズは伝統的な「ジェントルマン」の系譜に属する知識人で、ハーヴァードを出て、パリ、アムステルダム、ライデン、ハーグで学び、長くアメリカ芸術科学アカデミーの長であったが、彼の提言した国立大学設立、国立天文台の設立、学術のための予算の増額などはポピュリスト政治家たちから轟々たる批判を浴びた。

アメリカの選挙民は「学術の育成」こそ連邦政府の使命であるというアダムズの姿勢にきっぱり「ノー」をつきつけて、「野人政治家」ジャクソンを選んだ。

ある政治家はジャクソンの「教育を受けていない精神」の美徳をこう称えている。

「この西部の無学の男を見給え。荒野の寵児、隠遁の農夫を。本もろくに読めず、過去の伝統に連なる学問とも無縁でありながら、人民の意思によって名誉の最高峰に、共和国の自由なる文明の中心にすえられた男を。いったい彼はどんな政策を遂行するだろうか。森林のなかからどんな英知をもたらすだろうか。」(140頁)

このテクストはこの約五十年後にアフリカで横死したモレス侯爵にエドゥアール・ドリュモンが捧げた弔辞とどこかトーンが似ている。

もっともモレス侯爵は士官学校(放校されたが)でペタン元帥と同期だったわけだから、本くらいは読めたし、自分でも一冊」書いていたけど(パリのBNの暗い閲覧室で読んだけれど、涙が出るほど無内容な本だった)

モレス侯爵というのは「世界最初のファシスト」で、ドリュモンは「近代反ユダヤ主義の父」である。

1830年代に反ジャクソン派がその「ジャクソンの対抗馬」として担ぎ出したのは、かのデイビー・クロケットであった。

無学で西部男で戦争が得意で庶民の味方、という点ではクロケットはアメリカ史に冠絶するヒーローであるが、彼が政界を棄てて、テキサスに出奔し、アラモの砦で死んだのが「大統領の地位につくにはあまりに偏狭で、信頼性にも欠けていた」せいだというのははじめて知った。

そうかー。ロナルド・レーガンやアーノルド・シュワルツェネガーが政界に出るには、ちゃんと「前史」があったんだ。


2月25日

早起きしてまず『ミーツ』の原稿を一気に書く。

先月につづいて「結婚はお得か?」というテーマ。

人間は死者とだって対話できるのである。まして配偶者においておや。

というわけのわかんない理屈で強引にまとめる。

そのまま江さんに送稿して、新幹線に飛び乗る。

今回はライフサイエンス出版というところの『薬の知識』という雑誌の企画で、養老孟司先生との対談。

『バカの壁』で洛陽の紙価を高めた養老先生のお話を差しで伺えるとは、望外の幸運。

先生を待たしちゃいけないと予定の時間より1時間前にわっせわっせと会場の第一ホテルに着くと、なんともう養老先生が着いておられた(養老先生も私以上の「イラチ」の人なのであった)。

肝心の主催者が未着なのであるが、とりあえず「あ、ウチダです」と平伏してご挨拶をする。

ご挨拶をした以上、そのまま対談開始までじっと黙っているわけにもゆかない。

頂いた名刺の「オーライ!ニッポン会議代表」という不思議な肩書きはこれはいったい何ですか、というところから話が始まり、先生の「参勤交代説」を伺ううちに、とんとんと話が進んで、主催者登場まで1時間近くおしゃべりをする。

それから改めて対談ということになったのであるが、別に決まったテーマがあるわけではなく、さらに2時間余にわたって話頭は転々、奇を極めてよくここに抄録することがかなわないのである。

それにしても痛快無比な先生である。

先生が驚嘆すべき博識の人であることはみなさんご存じの通りであるが、極大から極小へ、観念奔逸的思弁から科学的実証性まで縦横にかけめぐって先生の軸が少しもぶれないのは、おそらく先生が本質的に「コモンセンスの人」だからである。

ふつうの人間は「人間はすべての真理を知ることはできない」ということを推論上の障害と考えるが、先生はむしろ「人間なんて、何もろくにわかっちゃいない」にもかかわらず、「『何がまっとうであるか』だけは判断できる」という経験的基礎の上に、あらゆる原理主義的思考、あらゆる「正義」のイデオロギーに敢然と立ち向かう。

その「立ち向かう」構えが「スマート」であるのは、知的原理主義と戦う人間が使うことのできる最良の武器が「笑い」であるということを養老先生がよくご存じだからである。

その意味では、先生はラブレーやモンテーニュの系譜につらなる「正統派ユマニスト」であると申し上げてよろしいであろう。

養老先生のような方が、社会の「メインストリーム」におられて、われわれを暖かく見守っていてくださるというのは、まことに心強いことである。

どうもありがとうございました。また、お話聞かせてくださいね。

 

昨日ビートルズについて書いたら、テープの提供元である「ナイアガラー界の大御所」石川茂樹くんからメールで訂正箇所のご指摘があった。

From me to you はビートルズがオリジナルで、デル・シャノンがカバーしたのである。

あと、「三橋三智也」じゃなくて「三橋美智也」。

ジョン・レノン、ポール・マッカートニーさまならび三橋美智也さまに対して、失礼の段、伏してお詫び申し上げます。


2月24日

04年度から導入されるBLACK BOARD という e-learning システムの講習会に出席する。

これまでに何回か講習会があったのだが、参加できず、シラバスだけはマニュアルをみながら入力したのであるが、やり方をちゃんと習うのは今日がはじめて。

時間に行ってみると、生徒は私をいれて6人だけ。(ほかの生徒さんは原田学長、西田先生、島井先生、三杉先生、立石先生・・・「濃い」メンバーだなあ)

このシステムを開発したソフト屋さんの女性講師に手取り足取りみっちり4時間かけて、学生にどうやって課題を出したり、テストを課したり、掲示板を運用したりするのか、やり方を教わる。

なるほど、便利なものである。

一通りやり方を習ったあと

「では、実際に問題をつくってみましょう」

と講師に促されて、みんなこりこりと小テストを作る。

私も「現代思想の基礎知識」とかタイトルだけは立派なものを作って、はじめのうちはまじめに穴埋め問題や正誤問題をつくっていたのであるが、そのうちだらけてきて、「マッチングの問題」に

「次のアーティストと曲名を結びつけなさい

A:石原裕次郎 B:小林旭 C:赤木圭一郎 D:美空ひばり

1:お祭りマンボ 2:ダンチョネ節 3:霧笛が俺を呼んでいる 4:夜霧よ今夜もありがとう」

などという問題を作り始め、誤答へのコメントに「中学からやり直せ」とか適当なことを書く。

ところが、一通り終わったあとに

「では、みなさんの問題をみんなで回答してみましょう」

ということになり、顔面蒼白となる。

みなさん無言で私の問題を眺めていたが、おそらく内心では「ウチダって、ほんとに世間をなめてるな・・」という感想をもたれたことであろう。

(ほんとうなので反論できない)

e-learning はたしかにうまく運用すれば、かなり効果的に学生に負荷をかけられるだろうけれど、その分だけ教師の負荷も増えるわけで、便利になるような、仕事がますます増えるような。複雑な感想である。

 

へろへろになって帰宅。その足で下川先生のお稽古へ。

先日の新年会の『融』のビデオを見せられ、ここでもふたたび悶絶状態となる。

自分の横顔を画像で見せられるのは、ほんとうに切ない。

もちろんこんなことはウチダの周囲にいる諸君にとっては周知の事実なのであるが、私の横顔は緊張すると「顎が鼻より前に出る」。

つまり、あれですね。ネアンデルタール系の横顔なのだ。(アーノルド・シュワルツェネガー風の、と言ってもよいが)

「知的な横顔」というのとは無縁のプロフィールである。

おまけに緊張しているせいで、背中がまがって首が前に出て、ますます顎が強化されている。

謡は早口のきんきん声だし、拍子はひょこたんひょこたん首が上下しているし・・・

ああああああ(泣)

とても光源氏のモデルには見えん。

7年もやっているのに、さっぱりさまにならない。

泣きながら、次のお仕舞いである『巻絹』のお稽古をつけて頂く。

自分の稽古のあと、帯刀さんが野口先生の笛の会で「龍田」を吹かれて、下川先生が舞われるので、そのお稽古を見学する。

うまいなー。

よおおし、おれもこの先生の弟子なんだ。がんばらねば(というふうにすぐに立ち直る)。

帰りの車中でカーステレオからビートルズのカセットを外して、がりがりと『巻絹』の謡をお稽古をする。

このビートルズのカセットは10年くらい前に石川茂樹くんに作ってもらったGreat Cover Band the Beatles という、原曲とビートルズのカバーを交互に並べたオリジナルである。

Mr.Moonlight がDoctor Feelgood の、Roll over Beethoven がChuck Berry の、Anna が Arthur Alexander の、Kansas City がLittle Richard のカバーというくらいは知られているけれど、Till there was you が Peggy Lee、From me to you がDel Shannonのカバーだなんて知ってました?

四人とも好みが違っていて、ジョンがR&B、ポールがポップス、ジョージがロカビリー(Carl Perkins のEverybody's trying to be my baby)、リンゴがカントリー(Buck Owens のAct Naturally) をそれぞれリードボーカルでカバーしてる。

今年の新春放談で、大瀧詠一先生がビートルズがあれだけヒットしたのは、アメリカ音楽の「全部」を彼ら四人がそれぞれ吸収していて、それをミックスして差し出したのがアメリカのリスナーの「ツボ」にはまったのである、というご説明をされていたけれど、ほんとにそうだ。

喩えて言えば、韓国か中国かベトナムのバンドが、「三橋三智也」と「石原裕次郎」と「筒美京平」と「高田渡」をミックスしたような音楽を日本のマーケットに持ち込んだようなものなのである(違うか)。

それにしてもTill there was you のジョンのリズム・ギターはスバラシイ。(兄ちゃんはむかし「気がついている人は少ないが、ジョン・レノンのサイドギターは世界一だ」とほめたたえておられたが、まことに圧倒的なグルーヴ感)。

あと、Twist and shout が「春歌」だということも本日発見。

嘘だと思ったら、歌詞読んでみなさい。

ジョンがどうしてあれほどきゃーきゃー元気に声を出していたのか、はじめて聴いてから40年目に知る。

ビートルズは奥が深いです。


2月22日

終日翻訳。

残り60頁。85%が終わった勘定である。

あとは一瀉千里。

なんとか2月中には5,6年引っ張った『困難な自由』も片が付きそうである。

やれやれ。

夕方から西宮北口の「花ゆう」へ。

ナバちゃんとの共著『現代思想のパフォーマンス』がこのたび出版社を改め、光文社から新書で刊行されるということになったので、その打ち合わせである。

『現代思想のパフォーマンス』は(自分でいうのもなんですが)わりとよい本である。

ただ、小さな出版社から自費出版で出したものなので、単価が2800円と割高で、4年かかって1500部しか売れなかった。

ふつうの書店には置いてなかったから、本の表紙さえ見たことがないという方が多いと思う(きれいな装丁なんだけどな。山本画伯の力作で)

それを惜しんだ光文社さまが「500頁の新書(ってふつうの新書の二倍の厚さ)980円でどーだ!」というたいへんに大胆にして雅量あふれる企画を立てられたのである(問題はその厚さで新書版に製本できるかどうか、である)。

新書になれば廉価でみなさまにお買いあげ頂けるわけで、書いた人間としてはこれほど嬉しいことはない。

10月が光文社新書発行3周年ということで、それにあわせて「ばーん」と店頭に並べたいというのが先方のお考えである。

改版するときは、レヴィナスとデリダの項を書き足そうと、ナバちゃんと取り決めていたのであるが、むしろ頁数をどうやって削るかを考えないといけないし、日程的にぎりぎりなので、増補は今回は見送り。

むしろ新書版で『現代思想のパフォーマンス』の「その2」「その3」と続けたらいかがかということをご提案させていただく。

だって、ほら。バタイユとかサルトルとかカミュとかブランショとか、書いてない人がまだまだいくらもいるじゃないですか。

新書版で現代思想が一覧できるというのは、(クセジュ文庫みたいで)なかなかいい企画だと思うけどな。

ナバちゃんはナバちゃんで光文社新書から思想系の単著を出すことになっている。

冬弓舎からもうすぐ『恋するJポップ』(Jポップ135曲の「歌詞テクストの構造分析」というレアものだ)も出るし、ナバちゃんも今年は三冊だ。

よく働くよね、ぼくたち。

というわけで話がぱたぱたとまとまり、あとは光文社新書編集長の古谷さん奢りの花ゆうの美味しいご飯(お造り、野草の天ぷら、蟹、スッポン鍋、雑炊)を頂きながら、もっぱら音楽と大学で盛り上がりつつ痛飲。

ごちそうさまでした。

 

行き帰りに、高橋伸夫『虚妄の成果主義』(日経BP社)を読む。

成果主義の導入ということがお上から告知されて、民間企業に続いて、大学でも教職員の「勤務考課と昇給昇格への反映」ということが取りざたされるようになってきた。

ウチダが旗振り役をしている「教員評価システム」もその成果主義的な査定が必要であるという前提に立って提言されたものである。

しかるに、高橋先生によれば、成果主義は害あって益なし、流行の経営理論への盲目的拝跪以外のなにものでもない。

おとっと。

そ、そうなんですか。

高橋先生によると、人間は「金銭的報酬による動機付けではパフォーマンスがあがらない」という冷厳たる人類学的事実がある。

心理学者デシが1975年にやった実験では、学生たちにパズルを解くという課題を与えた。パズルはわりと面白い。セッションの途中に休憩時間をとる。すると休憩時間にも学生たちはコーヒーをのみながらもずっとパズルを解いている。

ところがセッションの途中の休憩のときに、それまでの拘束時間に対するバイト料を払うと、休憩時間にパズルを解く学生が激減した、というのである。

つまり、金銭的報酬をもらってしまうと、人間はその課業に対する興味を失うのである。

人間が労働においてパフォーマンスを上げるのは、その仕事そのものに内発的に興味を惹きつけるものが含まれている場合であって、金銭的報酬を与えると、興味は相殺されて、パフォーマンスはむしろ低下するのである。

高橋先生が引いていたもうひとつの面白い例。

第一次世界大戦後、ユダヤ人排斥の気運が高かったアメリカ南部の街で、子どもたちがユダヤ人の仕立屋の前に行って、「ユダヤ人!ユダヤ人!」とはやし立てた。

困った仕立屋は一計を案じた。

そして悪ガキをつかまえて

「私のことを『ユダヤ人』と呼ぶ子には10セントあげる」

と申し出たのである。

ガキどもは大喜び。全員10セント玉をせしめて帰途についた。

次の日も10セントもらいに仕立屋にゆき「ユダヤ人!ユダヤ人!」とはやし立てると、かのユダヤ人は

「今日は悪いけど5セントしか上げられない」

と悲しげな顔をする。

ま、それでもいいかと子どもたちは引き上げる。

次の日も来て子どもたちは「ユダヤ人!ユダヤ人!」と叫び立てた。

するとユダヤ人は「もうこれで精一杯」と言って、全員に1セント与えた。

すると子どもたちは

「なんだよ、おとといの10分の1じゃないか。ふん、バカバカしくって、こんなバイトやってられっか」

とぷりぷり怒って帰ってしまい、二度と仕立屋のところには来ませんでした(ちゃんちゃん)

さすが昔からユダヤ人というのは、金銭の機能というものを熟知している。

子どもたちは最初「職務遂行」そのもののうちに快楽を見出していたが、それが「金銭的報酬」を得たことによって、「職務遂行」と「職務満足」のあいだに「金銭的報酬」が介在することになり、「遂行」と「満足」が分離されてしまったのである。

教訓:人は金のみでは働かない。ワーク・モチベーションは金以外のところに求めなければならない

高橋先生のご提案はだから、勤務考課はもちろん必要だけれど、高いパフォーマンスに対しては金銭的報酬ではなく、「より面白い仕事」「より困難な仕事」「よりリスクの多い仕事」に配置するというかたちで報いるのがいちばん効果的である、というものである。

「私の暫定的な結論は、日本型の人事システムの本質は、給料で報いるシステムではなく、次の仕事の内容で報いるシステムなのだということである。これが繰り返されるとどうなるか。そう、仕事の内容自体に、加速度的に差がついてくるのである。昇進、昇格、昇給もその後を追って、それに比例する形で差がついてくる。これは正確な意味での年功序列ではなく、『日本型年功制』と呼ぶべきものなのである。」(28頁)

なるほど。

納得。

しかし、困ったことに、この考え方をそのまま教員評価システムに適用することはできない。

というのは、大学教員の主務は「研究・教育・行政」であり、そのうち職務内容と賃金のあいだにリンケージがあるのは「行政」だけだからである。

それも選挙で選ばれた期間だけの職位であり、任期が終わればまた「ヒラ」の教員に戻る。

その高い職位の仕事も多くの場合「より困難」で「よりリスク」が多い仕事ではあるが、必ずしも「より面白い」仕事ではない。

もちろん職務手当も冗談のような金額である(理事会は、その冗談のような職務手当をさらに減額しようとしている)。

だから、90%の教員は行政的に高い職位につくことよりも、「ヒラ」でいいから、研究教育活動に思う存分時間を使うことを望んでいる。

つまり大学行政における高職位の教員は、「犠牲者」なのである。

その一方、研究・教育については、きわめてアバウトなレビューしかなされていない。

研究教育活動において有意な差があっても、年齢が来ると自動的に昇格昇給してゆく。

やってもらやらなくても、地位も給料も一緒というのでは、集団内部には職務上のパフォーマンスを高めるための動機づけが「ない」ということである。

学外の機関によるピア・レビューや市場からの査定があるにしても、それは学内的な昇格昇給とリンクしていない。

しかし、そのことはあまり不満としては語られない。

というのは、研究教育活動では、その職務内容を面白くするかつまらなくするかは一に教員本人の努力にかかっているからである。

面白いテーマを選び、ごりごり研究していれば、時間の経つのを忘れるほど愉しい。

カッキ的な教育方法を考案し、ごりごり実践していれば、これまた笑いが止まらないほと愉しい。

この領域ついては「努力した分だけ『おもしろさ』によって報われる」という動機付けが貫徹している。

だから、研究教育活動に興味がない教員はつまらない日々を送っているわけで、その人を「うらやむ」ということは起こらないのである。

しかし、行政的活動はそうはゆかない。

この領域では「努力した分だけ報われる」ということがない。

仕事をばりばりこなす人間はますます多くの仕事をおしつけられて苦しみ、仕事をしない人間は、ますます仕事がなくなって楽になるという「恐怖の逆フィードバック」システムなのである。

「働かなければ働かないほど利益を得る」ということは、どのような限定的な職域のことであっても、結果的には致命的なモラルハザードを学内に醸成しかねないであろう。

どこかに「ワーク・モチベーション」を設定しなければならない。

それはおそらくは「職責に対する敬意」ということ以外にはないであろう。

まわりから「どうもご苦労様です」と感謝されるという事実だけが、この逆フィードバックに耐える力を職位にある人間に与えてくれる。

それでも、「金銭的報酬」は「敬意」のひとつの(あくまでひとつの)表現ではありうると思うのである。

あくまでひとつの、ですけど。


2月21日

暖かい。

もう春なんだね。

岡田山ロッジに合気道のお稽古にでかける。

さんさんと差し込む春の日差しの下でばりばりとお稽古をする。

本日のテーマは「返し技」。

うちの道場では、4月が新入生用の「基本めにう」で、だんだん難度を上げていって、この時期がいちばんややこしい技になる。

そしてまた4月になると基本に戻る。

よくしたもので、難度を上げたあとに基本に戻ると、基本というのがどれほどむずかしいか分かる。

ややこしいはずの「返し技」は実は「簡単」なのである。

今日やったのは正面打ちから受けが諸手取りに捌いてからの返し技。

これはふつうの諸手取りよりも技のオプションが「多い」。

相手がのろのろとやってきて、両手でじっと立っているこちらの片腕をぎうっとつかむ、という想定でやるより、こちらが先手で打ち込んで、相手が必死になって捌いて、こちらの片腕を両手で抑える、という条件の方がこちらの選択肢が飛躍的に増えるのである。

動きはもちろん返し技の方が速い。

相互の身体の位置関係もそのつど変化する。

にもかかわらず、相手の動きが速くて、相互の立ち位置や、接点のずれや力の方向がランダムである方が、合気道の技は効くのである。

合気道の技というのは、双方がごちゃごちゃ動き回って、何がなんだかわからなくなっている状態において、いちばん効くのである。

というか本来武道の型というのは、すべて「そういうふうになっている」のである。

相手がいちばん速く動き、いちばん身体感受性が高まり、どんな入力に対しても即応できるくらいに敏感になっているときにこそ、武道の型は「決まる」。

つまり相手が「最強」の状態にあるときに「効く」かたちを武道は「型」として定型化したのである

だから、相互の関係のランダム度が高い返し技の方が、相互の動きが固定化されている基本よりも「簡単」なのは当然なのである。

武術の「型」を効かせるのがむずかしいのは、相手がぼおっとして、身体感受性が最低になり、身体が硬直して、「とりあえず痛覚を最小化して、嵐がゆきすぎるのを待とう」という「狸の仮死状態」になっているときである。

もちろん「狸の仮死状態」にあって硬直している人間なんか、そこらにある石ころで殴りつければ終わるのであるから、術なんか使う必要はない。

でも術なんか使う必要がないにもかかわらず、あえてそこで術を使うというありえない条件を課すところに初心者相手の基本技の難しさはある。

ものすごく難しい。

恐怖心や猜疑心でがちがちになっている身体に術をかけるということを繰り返し稽古するのが稽古の稽古たる所以なのである。

そのことを理解していただくために、基本よりも実はずっと「簡単」な、「複雑な」条件を課して、返し技を稽古する。

複雑な方が話は簡単

術理にかなった動きをする人間の方が統御しやすい。

この逆説は実は非常に汎用性の高い人間的知見なのである。

「生兵法は怪我のもと」

ということばは、おそらくこの逆説を私たちに教えるためのものである。

でも「生兵法」の段階を通過することなしには、「兵法」の次の段階には進めない。

武道は、あらゆる段階に「背理」が仕込まれている。

「なんだ、こうすればいいんじゃないか」

という賢しらを痛撃するような逆説が修業の全段階に仕掛けられているという点に武道の本質的な開放性は存する。

武道というのは、徹底的に知性的な(つまりはエンドレスの)体系なのである。

だから、あらゆる人間的活動がそうであるように、武道においてもまた「なんだかわかった」ことによってもたらされる災厄はつねに「なんだかわかんなくなっちゃった」ことによってもたらされる災厄よりも大きいのである。

というわけなので、ウチダもやればやるほど「なんだかわからなくなっちゃった」のである。

すまない。


2月19日

とある経営者セミナーの朝食会にお招きいただいて、講演をする。

朝7時半からというので、前の日から会場の帝国ホテルにお泊まりする。

16階のツインルームから大阪の夜景を見下ろしながら、ジャック・ダニエルズなどをいただくが、ほかにすることもないし、何しろ早起きしないといけないので、はやばやと寝る。

しかし、例によって、何をしゃべるか全然考えないで来てしまったので、寝付いてから心配になりはじめ(そういう気の弱いところもウチダにはある)、輾転反側。夜中に二度も目が覚める。

しかたがないので、午前3時に二度目に目が覚めたときに、起きあがって5分ほど考えて、「あらすじ」をまとめる。

あらすじが決まると気楽なもので、そのままがおーっと時間まで爆睡。

経営者セミナーというのにお招きいただくのは、これで三度目である。

どうして私のようなもののほら話を実社会でご活躍のまっとうな経営者のみなさまがお聞きになりたがるのか、ウチダには理解の及ばぬことであるが、1時間ほど時事漫談をするだけで、厚めの封筒にはいったお鳥目がいただけるというまことに結構なバイトであるので、確定申告後、経済的窮状にあるウチダとしては軽々に断ることのできるものではない。

今回は「アメリカン・グローバリズムに明日はあるのか?」というお題で一席伺う。

さいわい一昨日の朝日カルチャーセンターでの講演のためにロック、ホッブズ、トクヴィル、ジェファーソンなどを読んでいたので、「イギリス近代市民社会論からアメリカン・デモクラシーへの変遷において、人間観はどのように変わったのか」という昨日の日記に書いたばかりのネタをご披露する。

アメリカ資本主義の成功は「人間はバカだ」というシニックな洞見にもとづき、「バカがもたらす災厄を最小化するためにはどうすればいいか」というリスクマネジメントを社会システムの根幹にすえたことにある。

人間は知性や徳性に欠けた統治者を選び、自己破壊的なプロジェクトに血道を上げ、いちばんたいせつなものをゴミのようなガジェットと捨て値で交換する。

そういう生き物である。

それを「やめなさい」と言っても無駄である。

バカにむかって「バカはやめなさい」と説得を試みるするということ自体、「あなたにとってたいせつな時間とエネルギー」をむなしくドブに棄てていることであり、それをしてひとは「バカな行い」と呼ぶのである。

そうではなくて、統御可能なものを統御することに踏みとどまろうというのがアメリカ的ソリューションなのである。

なぜなら、「バカ」は統御不能であるが、「バカがもたらす災厄」は統御可能だからである

「災厄」というのは基本的にはシステムの上で起こる現象である。

イギリスの近代市民論は「人間は自己利益を最大化するオプションが何であるか分かる程度には賢い」という前提に立っていた。

アメリカの独立宣言の起草者たちは「人間は自己利益を損なうオプションをしばしば選択する程度に愚かである」という前提に立っていた。

どちらが経験的に汎用性が高いかは論じるまでもない。

とにかく、そんなふうにしてアメリカン・グローバリズムは世界を席巻したのである。

私はこれを退けるものではない。

ジェファーソンやフランクリンやワシントンの「シニスム」にはたしかな経験の裏づけがある。

彼らはタイトな植民地独立戦争の過程で、「人間は愚かだ」ということを骨身にしみて味わったのであり、それはアームチェアーに座って思弁に耽っていたロックやホッブズの市民論よりはるかに人間についての透徹した観察に基づいている。

アメリカ的システムの根本には「アメリカ人に対する不信」がある

だが、今のアメリカン・グローバリズムの信奉者にそこまでのシニスムはあるかどうか、私は懐疑的である。

アメリカの経営者は自分たちの成功が「バカが経営者になっても大丈夫な社会システム」の効果であるということをすずしく見つめているであろうか。

むしろ「自分がクレバーだから例外的に成功した」と勘違いしている経営者の方がしだいに増えているのではないか。

さきほどTVのニュースでエンロンの元最高経営責任者が逮捕されている映像が流れていた。役員が根こそぎ刑事訴追を受けるらしい。

これを見て

「なんと、アメリカの企業経営者というのはモラルが低いのであろう」

とアメリカ企業のモラルハザードの非をならしたのでは曲がない。

そうではなくて、ここは

「アメリカの企業というのはモラルの低い人間が経営者であっても世界一の業績があげられるほどに『バカのリスク』を最小化するシステムが完成している」

ことに感動する、というのが反応としては汎用性が高いのではないか。

 

などという暴論を1時間にわたって語る。

朝食会に参列された方々は、最初のうちはにこやかに話を聞いていたが、しだいに顔面紅潮、やがて顔面蒼白となり、「こいつは何をしゃべっておるのか」という怒りを表情に表していた方も散見された。

というわけで、言いたい放題言った後に、差し出された「講師謝礼」をしゃかっと内ポケットにしまい込み、『フォー・ルームス』の第四話で、指を斧で切り落としたティム・ロスが1000ドル紙幣をかっさらってホテルの廊下を走って逃げるような勢いで脱兎のごとく帝国ホテルをあとにする。

 

この頁をご覧の全国の経営者セミナー企画担当のみなさま。

ウチダはお呼びがかかればどこへでも参りますが、呼ばれたあとに

「あんの野郎、言いたい放題ぬかしやがって。おう、野郎、どこへずらかりやがった。」

「兄貴、もぬけの殻ですぜ」

「けっ、逃げ足のはやい野郎だぜ」

的な展開になることがあっても責任は負いかねますので、その点あらかじめご了承ください。

 

てなことを言って3時間もたたないうちに、次の講演依頼がやってきた。

実は本日13時に研究室で講演についての面会の約束をしていたのであるが、そのアポイントメントをまるっと失念して(そういうことをしばしばやるのである。ウチダは)会議に出ていて、研究室に戻ってきて顔面蒼白となる。

なんと私はK家K務員共済組合連合会のS芝博士を50分間も寒い廊下にお待たせしていたのである。

白髪の温厚なる紳士であるS芝博士は、私の非礼を咎めることもなく、莞爾と微笑み、一揖するとさっそく来意を告げられた。

共済医学会というお医者さんと看護士さんと検査技師のみなさん800人が集まる学会で一席「特別講演」を、というご依頼である。

私のような人間に医学会で講演させようとは、いったい何を考えられているのか・・・と怪訝な顔をするウチダに、博士は諄々とその理路を説かれた。

博士はなんとウチダ本の愛読者であられたのである。

そればかりか博士のご友人たち(つまり私より15歳ほど年長のみなさん)のあいだでも近年ウチダ本がなかなか好評なのだそうである。

「ウチダ先生はご存じないでしょうね、その世代にファンが多いなんて」

知るわけないですよ。

「戦中派」にあたるこの世代の知識人の吟味に耐えるほどの知見を私が語っているとはとても思えないのである。

「いや、ウチダさんのは正論です。たいへんまっとうなご意見を述べておられる。医者たちは、ああいうことを言ってくれる人を待っていたのです」

と太鼓判を押して頂いた。

そ、そうかなー。

共済医学会ではこの数年五木寛之、井上ひさし、江崎玲於奈、養老孟司といった方々が講演をされている。ウチダごときがそのリストの末席を汚してよいとは思われないが、先方が「いいから、来て、好きなことをしゃべってくださればよろしい」というご依頼であるから、ウチダに断る理由はない。

というわけで「身体と倫理」というタイトルで(おや、どこかで聞いたような・・・)一席伺うことになる。

一時間半ほど談論風発、愉快な時間を過ごして、ではお見送りをと席を立つと、S芝先生が鞄から『子どもは判ってくれない』を取り出し、「ひとつオートグラフを・・」と申し出られたので、さらさらとネコマンガを書いてお渡しする。

「やあ、これで悪友たちに自慢ができます」

とS芝先生は破顔一笑されていたが、あれを見て、「おお、これが音に聞くウチダの『ネコマンガ』か、いいなあ、オレも欲しいなあ」と喜ぶような古希近い紳士たちが存在するというのはほんとうのことなのだろうか?

そういえば、S芝先生は年齢的には池上六朗先生と同じくらいである。

シックでフレンドリーで知的なたたずまいも池上先生に通じるものがあった。

そういう「おじさん」たちに私の本が愉しく読んでもらえているというのは、まことに嬉しいことである。


2月18日

アメリカの政治について書かれたこんな文章を読んだ。

「一見して明らかに、アメリカのデモクラシーにおいて、民衆はしばしば権力を託する人物の選択を誤る。しかし、そのような人々の手で国家が繁栄する理由はそう簡単には述べられない。まず、民主国家においては、支配者は他に比して廉直さと能力とに劣り、被支配者は他より開明されており、注意深いという点に注目しよう。(・・・)また、デモクラシーにおいて、公務員が他より権力を悪用するとしても、権力をもつ期間は一般に長くはない点にも注目しよう。(・・・)それにもまして重要なのは、被支配大衆に反する利害を支配者が持たぬことである。」

著者によると、アメリカの政治制度の最良の点は、支配する人間と支配される人間が「似たもの同士」であり、知性において識見において、統治する人間とされる人間のあいだに有意な差がない、という点に存する。

アメリカの統治者、公務員は「いくらでも換えが利く」のである。

だから、「アメリカ人の大きな特権は、失敗の匡正(試行錯誤)が可能なことである」と著者は結論している。

アメリカ大統領の予備選の記事を読んだあと、アレクシス・トクヴィルの『アメリカにおけるデモクラシーについて』を読んだら、どうやらアメリカという国は200年間ほとんど変化していないことが分かった。

しかし、選挙民が「権力を託する人物の選択を誤ることができる」という政治体制の可動域の「ひろさ」にアメリカン・デモクラシーの最良の美質を見出したトクヴィルの炯眼には感服する。

いや、おっしゃるとおり。

アメリカという国のシステムのおそらく最良の部分は「失敗すること」に対する心理的抵抗が希薄だということだろう。

「決断において、絶対に失敗してはならない」という心理的制約があると、人間は「できるだけ決断をしない」という方向にシフトする。

当たり前だけど。

失敗が許されない社会というのは、きわめて変化に乏しい社会となる。

しかるに、アメリカというのは世界一変化の激しい社会である。

その理由は、「失敗しても、オッケー」という全国民的ノンシャランスにあったのである。

なるほど。

前大統領はホワイトハウスで不倫事件を起こして,TVのワイドショーでさんざん赤恥をかかされたけれど、支持率はそれほど落ちなかった。

現大統領は「大義なき」イラク派兵という政治的失敗を犯したが、再選の機会をうかがっている。

つまりかの国の選挙民たちは、「それほど立派な人間」が大統領になることを望んではおられないということである。

というのは、かりに「たいへん立派な人間」が統治者になった場合に、民衆と統治者のあいだに、価値観やふるまい方の「温度差」が生じる可能性があるからである。

もし、アメリカの大統領が「年収で人間の質を計量すべきではない」とか「人を殺すのは聖書の教えに反している」とか「われわれの理解も共感も絶した他者ともわれわれは共生してゆかねばならない」というようなことを述べた場合、あきらかに民衆と統治者のあいだの乖離は埋めがたいものとなり、あらわな利害の対立が生じるであろう。

「もし民衆と利害が相反したら、支配者の徳はほとんど用がなく、才能は有害になろう」

とトクヴィルはただしく指摘している。

そうなのだ。

かの国においては統治者には徳も才能も「それ自体」としては求められていない。

そうではなくて「民衆と同質の徳と才能」が統治者にはもとめられているのである。

一般大衆と同程度の知性と識見と徳性を備えた統治者(それゆえ、「いくらでも換えが利く」統治者)が「ベスト」の選択なのである。

というより、まめに失敗をして、そのせいですぐに権力者が交替させられるということが、アメリカの統治システムの健全を担保しているのである。

(「失敗をしない統治者」はすぐに暗殺される。)

それは「賢者仁者が長期的に統治する」ことより「不出来な統治者がころころ変わる」ことの方が政治システムとしてはリスクが少ない、ということをこの国のひとびとは直感的に知っているのである。

「人間は信じられているよりずっと愚かで邪悪である。だから、決して一定期間以上同一人物に権力を託してはならない。」

というのが建国の父たちのひそかな合意だったのであろう。

ある意味でみごとなシニスムである。

アメリカの成功の秘密は「人間はバカだ」だから「成功は続かない」という人間に対する醒めた諦念に裏づけられていたのである。

そういえば彼らが起草した「アメリカ独立宣言」と(彼らが下敷きにしたはずの)ロックやホッブズの理説のあいだにはあらわな温度差がある。

読み比べてみると分かる。

世界史のおさらいみたいでうんざりかも知れないが、けっこう大事な話なので、ちゃんと読むようにね。

まずロックから

「すでに明らかにしたように、人間は生まれながらにして、他のどんな人間とも平等に、すなわち世界中の数多くの人間と平等に、完全な自由を所有し、自然の法の定めるすべての権利と特権を、抑制されずに享受する資格を与えられている。したがって、人間は、自分の所有物、すなわち、生命、自由、資産を、他人の侵害や攻撃から守るための権力だけではなく、また、他人が自然の法を犯したときには、これを裁き、またその犯罪に相当すると信ずるままに罰を加え、犯行の凶悪さからいって死刑が必要と思われる罰に対しては、死刑にさえ処しうるという権力を生来もっているのである。

しかし政治社会というものは、それ自体のうちに、所有物を完全に保全する権力と、そのための、社会のすべての人々の犯罪を処罰する権力をもたなければ、存在することも存続することもできない。

だから、政治社会が存在するのは、その成員のだれもが、社会によって樹立された法に保護を求めることを拒否されないかぎり、この自然的な権力を放棄して、その権力を共同社会の手に委ねるという場合、そんな場合だけなのである。」(『統治論』)

ホッブズはこう書く。

「自分たちすべてを畏怖させるような共通の権力がないあいだは、人間は戦争と呼ばれる状態、各人の各人に対する戦争状態 (bellum omnium contra omnes) にある。(・・・)このような状態においては勤労の占める場所はない。勤労の果実が不確実だからである。したがって、土地の耕作も、航海も行われず、(・・・)、技術、文字、社会、のいずれもない。そして何よりも悪いことに、絶えざる恐怖と、暴力による死の危険がある。そこでは人間の生活は孤独で貧しく、きたならしく残忍で、しかも短い。(・・・)

人々が外敵の侵入から、あるいは相互の権利侵害から身を守り、そしてみずからの労働と大地から得る収穫によって、自分自身を養い、快適な生活を送ってゆくことを可能にするのは、この公共的な権力である。この権力を確立する唯一の道は、すべての人の意志を多数決によって一つの意志に結集できるよう、一個人あるいは合議体に、かれらの持つあらゆる力と強さを譲り渡してしまうことである。(・・・)これが達成されたとき、多数の人々が一個の人格に結合統一されたとき、それは《コモンウェルス》(commonwealth)−ラテン語で《キウィタス》(civitas)呼ばれる。かくて偉大なる《大怪物》(leviathan)が誕生する。」(『リヴァイアサン』)

お分かりだろうか。

この二人は「公権力への自然権の譲渡、私権の制限」に力点をおいて、私的利益の追究を自制することで個人の私的利益は最大化されるという(ゲームの理論に似た)経験則を語っているのである。

これに対してジェファーソンはこう書く。

「われわれは以下の原理は自明のことと考える。まず、人間はすべて平等に創造され、創造主から他にゆずることのできない諸権利をあたえられており、それらの中には生命、自由、幸福の追求の権利がある。次に、これらの権利を保障するためにこそ、政府が組織されるのであり、政府は、おさめられる者の同意によってのみなりたつ。さらに、いかなる政府であれ、この目的をそこなう場合は、政府を改変、廃止して、国民の安全と幸福とを最大限に達成できるような原理や仕組みにもとづいて新しい政府を樹立するのが、国民の権利である。たしかに、軽微で一時的な理由によって長い間安定してきた政府を変革すべきでないのが思慮分別であろう。だからこそ人類は、正当な権限の行使によってこれまでつくりあげてきた政府形態を廃止するよりも、耐えうるかぎりは耐えようとしてきたのである。しかし、長期にわたる抑圧と権利侵害によって人々を絶対的な独裁制の下におこうとする意図が明らかな場合は、そのような政府を廃棄して将来の安全のための新しい保護機関を樹立することは国民の権利であり、義務である。」

読み比べて、どう思われただろうか?

言っていることは似ているが、両者の発信するメッセージはまるで逆なのである。

イギリスの啓蒙思想家たちは「公権力の適法性と合理性」を強調しており、一方、ジェファーソンは「公権力の不法性と非合理性」の可能性を強調している。

前者は「私権の制限」をめざし、後者は「公権力の制限」をめざしている。

ありていに言えば、イギリス人たちは「人間はふつうは賢い統治者を選ぶ」と考えており、アメリカ人たちは「人間はしばしば愚かな統治者を選ぶ」と考えている、ということである。

その後の世界史の趨勢を見ると、どちらの権力観が「正しかった」のかは一目瞭然である。

結論を述べよう。

アメリカという国は世界史上最初の「人間はバカだ」というすずしい諦念の上に建国した国なのである

歴史が証明するとおり、「われらの統治者は全知全能であり、権力の決定は無謬である」というような夜郎自大な世迷い言を言っていた国はことごとく滅びていった。

繁昌しているのは「私たちが選ぶ統治者は、私たちに選ばれるくらいだからバカであるに違いない」というシニックな権力観を国是としている国だけなのである。

おお、そう聞くと、なんとなく日本の未来にも展望が開けてきたような気がするぞ。

新聞を見ると「実質GDP年率7%増!」という見出しが踊っている。

なんだ、こっちもこれでオッケーなんじゃないか。

ははは。はは。


2月16日

朝日カルチャーセンターで五回目の講演があるので、その下準備をする。

今回は「身体と倫理性」というお題である。

別に深い考えがあってつけたタイトルではないので、何を話してよいのか、わからない。

そいうわけで、例によってどたんばになって、じたばたとネタを考える。

やはり世の中のプロの講演巧者のみなさんは、いくつか「ネタ」を持っていらして、それをあちらこちらの会場で繰り返し演じられるというスタイルでおやりになっているのであろう。

だが、ウチダは「同じネタ」で話すと、本人がすぐに飽きちゃうので、このわざが使えない。

考えてみれば飽きているのは私だけで、聴衆のみなさんはあちらとこちらでは別人なのであるから、同じ話をしてもぜんぜん構わないのであるが。

なんかね。

ダメなの。

ウチダは「飽きる」ということについてはまことに節度のない人間である。

何にでもすぐに飽きちゃうのである。

そして、「何にでも」のうち、ウチダがいちばん頻繁に接し、その思考嗜癖などを熟知しているのは、当然のことながらウチダ本人である。

しかるにウチダ自身はご案内のように「ハーバーライト」であり「センチネル」であることをその社会的召命としている上に、家にじっとしているのが好きで、同じものを食べるのが好きで、どこに行くにも一度道筋を決めたら二度と変えないというくらいにルーティンが好き・・・という変化に乏しい人生をすすんで送っているわけである。

であれば、ウチダ自身がウチダであることに飽き飽きすることは自明の理路といわねばならない。

であるから、頻繁に引越をするとか、言うことがそのたびにころころ変わるとか、同じネタで講演がしたくないくらいの多少のわがままはご海容願わなくてはならない。

 

「身体と倫理性」について新ネタをいろいろ考える。

こういうときは「昔の人」の書いたものを読むとかえって刺戟的である、ということがあるので、「共同体論」について書かれた古典をひっくりかえす。

トックヴィルの『アメリカにおけるデモクラシー』、スペンサーの『進歩について』、ロック『統治論』、ホッブズ『リヴァイアサン』などをさくさくと読む。

読んでいるうちに、ニーチェが『善悪の彼岸』や『道徳の系譜』で罵倒のかぎりを尽くしていたのは、この方々に対してであったということがわかった。

イギリス、フランスのプラティックな思想家とニーチェの違いは、「人間は他人の身になって考えることができる」という想像力を前者は「倫理」の基礎づけとし、ニーチェはそのような想像力こそが人間を「畜群」に陥らせるとみなしていたことである。

ふむふむ。

私もよく言われる。

「ウチダ、人の身になって考えて見ろよ」

とか

「ウチダ、人の痛みを知れよ」

とか、ね。

よほど「人の身にならないやつ」「人の痛みに無自覚なやつ」だと思われているのであろう。

けれども、私は事実を指摘された場合は反論しない主義なので、うつむいて黙っている。

 

しかし、よく考えてみると、「人の身になれる」ということは言われるほどに「よいこと」なのであろうか?

「おまえの身になって考えてみたんだけどさ、ウチダ。ぜったいそれは止めた方がいいって。あとで後悔するって」

というような友情あふれる忠告を私はこれまで何百回となくされたけれど、あいにく一度として耳を貸したことがない。

それは「こういうことを言う人間の想像力の貧しさ」を経験的に知っているからである。

でしょ?

そのように軽々に「ウチダの身になって」もらわれても困る。

私の内面にどのような邪念が渦巻き、悪意が吹き荒れ、「煩悩の犬」がわんわん吠えているのか、この方はご存じなのか?

おそらくはご存じあるまい。

ご存じであったら、決して私の「ために」忠告をしようなどというフレンドリーな気分になることはないはずだからである。

もちろん「抑圧」という便利な仕掛けがあるので、「人に隠そう」と思っている欲望はだいたい表層に露出してしまって、他人に筒抜けになっているということは事実である。

だが、フロイト先生が教えてくださっているように、抑圧されているせいで世間周知になっている欲望というのは、「それを抑圧していること自体に本人が気づいていない欲望」に限られる。

ご本人が意識的にひたかくしにしているものは「隠蔽されている」だけで、「抑圧されている」とはいわれないのである。

ウチダの欲望の過半は「こんなものを世間に見せたら、たいへんなことになる」ので必死で隠蔽している。

「自分はいい人だ」と思っている人の場合は、邪悪な思念は抑圧されて、表層に露出するので、「その身になる」ことは可能であるが、「自分は悪人だ」と思っている人の邪悪な思念は深く「隠蔽」されて、けっして余人に知られることがないのである。

だから、あまり軽々しく「人の身になってみる」というようなことは言わないほうがよろしいのではないかと思うのであるが、「人の身になってみる」想像力を発揮して、「他人にしてほしくないことは、他人にしない」ということを倫理の基礎づけとしようとする方が少なくない。

だが、そのようなものが倫理を基礎づけることができるのだろうか。

ニーチェによれば、感情移入が基礎づけることができるのは「奴隷道徳」だけである。

それは「他人と同じようにふるまい、同じように感じ、同じように思考し、同じように欲望する」ことがニーチェのいう「畜群」(Herde) の基本的なマナーだからである。

全員が全員の「身になって考える」ことができる社会とは、言い換えれば、全員がそれぞれの「同類」になっている社会である。

みんなのっぺり同じような顔の人間がずらずらと並んでいて、おたがいの気持ちが手に取るようにわかる社会。

そこならたしかに感情移入は容易であろう。

だが、それをはたして人間が「倫理的に生きている」状態と呼びうるであろうか?

 

ニーチェは「奴隷道徳」に対して「貴族道徳」というものを考案してみた。

これは「畜群」や「奴隷」を見ると「吐き気がする」という感覚のあり方を斥力として、人間を向上させようという戦略である。

「げ、あんな連中といっしょにしてほしくないぜ」

という嫌悪感をバネにして人間的成長をはかろうというのである。

論理的には間違っていなかったのであるが、ニーチェが『道徳の系譜』を書いたときに気づいていなかったことがあった。

それは、「畜群」というのは「畜群を見ると吐き気がする」というような「貴族のマネ」も簡単にできるタフな生物だった、ということである。

1世紀後に「オレ、ニーチェ読んで、あのバカども殺さないかんつうことが分かったわけ」とほざく中学生が輩出するとは、かの天才も想像できなかったであろう。

実は大衆はニーチェが思っているより「もっとバカ」だったのである。

ニーチェ以後、「(少数派の)おれたち」は「(多数派の)あいつら」を見ると「吐き気がするぜ」という言い方で人間的向上と社会の浄化をはかる「畜群」多数派が世界各地に集団発生することになった。

その惨憺たる帰結はご存じのとおりだ。

では、いったいどうすればよろしいのか?

それについてはこれから考えるのである。

 

日が暮れたので三宮にでかける。

本日は、ウッキーとIT秘書イワモトくんのふたりの誕生日の中日なのである。

これまで一年間のお二人の献身的な働きに感謝すべく、「ステーキハウス国分」の神戸牛をごちそうすることになっている。

ビールで乾杯。国分シェフの差し入れの白ワインをいただきつつ、ホタテの鉄板焼きのアントレののち、神戸牛のステーキが出てくる。ここでボルドーの赤にワインを替えて、さくさくと食べ、最後に「ガーリックライス」とおみそ汁とお新香をいただく。

途中から一同無言となり、ときおり「う、うう・・」とか「あ、ああ・・・」とかいううめきだけがテーブルの上を行き交う。

たいへんに美味でありました。

それから河岸を変えて、Re-setへ。

一杯のんでいるところにGuy Martin のフレンチを食べに行ってきた江さんと橘さんが戻ってきて、ひとしきりフランス料理の話をしているところへドクター佐藤が登場して、たちまち「街レヴィ派」総決起集会となる。


2月15日

ゼミのイクシマくんが一人芝居『引きこもりロック』をやるので、六甲道まで見に行く。

ゼミ生全員16名に声をかけたはずなのであるが、来たのは2名だけ(増本さんと廣瀬さん、キミらは偉い)。

ゴージャスな花束を「内田ゼミ一同より」としてお届けしたので、あとでゼミ生全員から300円ずつ徴収するから。よろしくね。

イクシマくんはゼミでは寡黙な少女なのであるが、寡黙であるにはそれなりの切ない事情というものがあるようで、一人芝居では一転して、「がおー」となっていた。

「無謀な事をしているなあ、と思います。まともな演技など出来ない私が、たった一人で舞台に上がり、芝居をするなんて。でも、やってみたかったのです。というより、誰からも役者としてお声がかからないのですから、自分でするよりしかたがないではないですか。ただ、それだけです。」

とチラシにはご説明があった。

なるほど。

キミは「こういうこと」がやってみたかったのか。

むかし、フリージャズの時代に、ファラオ・サンダースがステージでひとりでサックスを「ばおばお」吹いているのを見た山下洋輔さんが

「なるほど、こういうことがやりたかったのね」

と深く納得した、という話を読んだことがある。

そういう納得のしかたというのはある。

イクシマくんの一人芝居は「作・演出・主演」であるので、もう「イクシマ責め」というか「イクシマ地獄」状態である。

彼女をとらえて離さない強迫観念はどうやら「親」と「才能」と「美貌」にかかわる不安のようである。

なるほど。そうだったのか。

そうじゃないかな、と思っていたのだ。実は。

それが切ないほど伝わってきた。

「親」はわからないが、「才能」と「美貌」はなんとかなりそうだよ。

7月にはまた芝居をやるそうである。

ego-rock 第5弾・『美しい痙攣』7月上演予定

みなさんも、見に行ってあげてね。

 

いよいよ確定申告のシーズンが始まる。

毎年この時期はあまり気分がよろしくないのであるが、今年はとくに気鬱である。

年末から1月にかけて「支払調書」というものが各出版社から送られてくる。

それが半端な枚数じゃない。

こ、こんなにたくさん仕事しちゃったのか・・・

と愕然とするほどの枚数である。

つまりそれだけの金額がこの1年間に私の銀行口座に振り込まれたということなのであるが、困るのは、現在私の銀行口座にはそれだけの金額がない、ということである。

あらかたどこかに行ってしまったのである。

困ったことになった。

おそらく巨額の税金がこのあと私には課せられるのであろうが、それを払うためには定期預金を取り崩すしかない。

つまり、1年間必死で働いたのち、1年前より「ビンボー」になって私は今年度を終えるのである。

なんだか不条理な気がする。

礼記にいわく、まことに苛政は虎より猛なり。

しかし、納税は国民の義務であり、ウチダはまっとうな市民なので、国民の義務を粛々と果たすべく、確定申告初日に一気に納税のカタをつけてしまうのである。(なにしろ「経費ゼロ」だから計算は簡単なのだ)

こういうのは、あれですよ。傷口にへばりついたバンドエイドを剥がすのと同じで、一気に「えいや!」とやって一瞬ぽろりと涙をうかべ、あとは忘れるしかないです。

しくしく。

 

・・・・(それから2時間後)

わーんわーん(号泣)

ど、どーしてそんなに罪もない良民からむしり取るの・・・

たしかにウチダに「節税」という思想がカケラほどもないのは事実である。

なにしろ、印税と原稿料と講演料を、「経費ゼロ」で申告してるんだから。

でもほんとに「経費ゼロ」なんだからしかたがないじゃないか。

本やDVDの購入はどう考えても「娯楽」だし、まさか宴会の費用や遊び半分の通信費を「経費です」と申告することはウチダの良心が許さない。額が大きいのは東京までの旅費くらいだけれど、それだって実家に寄ったり、るんちゃんと会ったりするんだから厳密には「仕事」とは言えない。

そうやって正直に申告する人間から容赦なくむしり取り(すさまじい金額だぜ、まじで)、日常のありとあらゆる出費を「経費で落とす」自営業者には還付金、というのはなんだか話がおかしくはないか。

日本の徴税システムは、どうみても「納税者は不正直である」ということを前提にして、制度化されている。

そういうモラルハザードは結果的には納税者を「節税の工夫」の方向に押しやることにしかならないのではないか。

私のような良民だって、金額を聞いたあと、「ちっきしょー、来年からは領収書かき集めて、経費100%で申告したろか」という「アクマのささやき」に一瞬屈服しそうになったくらいである。

 

この現状を打開する名案を一つ思いついたので、諸賢にひとつご検討ねがいたいと思う。

国民各位が競って勤労と納税に励むようになるたいへんすぐれた方法である。

「普通選挙法」を廃止し、「制限選挙」を実施するのである。

たとえば、国税100万円以上納付の成人に限り被選挙権を与える。

有資格者でも脱税をしたものはただちに公民権停止。

日本の政治家の中には税金を払うのが嫌いな方が多い(どころか、「たいへんに多い」と申し上げてよろしいかと思う)。

税金を払いたくない気持ちを私は理解できないではない(どころか、「たいへんよく理解できる」と申し上げてもよいくらいである)。

だが、自分は税金を払い渋る人間が、他人の納めた税金の使途を決定する職務にある、というのではことの筋目が通るまい

税金を払わずに済ませたいという欲望と、税金の使途を決定する権利が欲しいという欲望をひとりの人間が「同時に」満たそうとするのは、どう考えても無理がある。

やはりこれは「どちらか一つ」に絞って頂きたい、と(「虎より猛なる苛政」に泣く)ウチダは憎まれ口を書き綴るのである。

なんだか去年も確定申告のあとにこれとまるで「同じ話」を書いていたような気がするが・・・


2月14日

バレンタインデーなので、たくさんチョコをいただく(みなさんごちそうさまでした)。

チョコは「もらう人」と「もらわない人」のあいだにクレバスが存在する。

「もらう人」はたくさんもらい、「もらわない人」はあまりもらえない。

この差異はどこから発生するのか。

この行事の趣旨について、勘違いされている男性諸君もおられると思うので、リアルかつクールな人類学的事実を申し上げたいと思う。

「贈与」の儀礼の本旨は「祝」にある。

「祝」と「呪」はご存じのように紙一重のものである。

ちがうのは「祝」は「災いが起こらないように」するための仕掛けであり、「呪」は「災いがおこるように」するための仕掛けであるということである。

いずれも「災い」のコントロールにかかわるという点では変わらない。

ひとに贈り物をするのは「何かが起きる」ことをめざすのではなく、「何も起きない」ことをめざしてそうするのである。

それは神社仏閣にお線香やお灯明をあげたり、お賽銭を投じたりするのと変わらない。

そういうときに合掌しながら諸君が祈願するのは「家内安全」であり「五穀豊穣」であり「学業成就」であるが、これらはいずれも「悪いことが何もおこらなければ達成されるであろうこと」であって、「非常な幸運に恵まれなければ、達成できないこと」ではない。

つまり、「祝」というのは、「よきこと」を呼び寄せるためのものではなく、「ふつうのしあわせ」の実現を阻む「悪しきもの」を隔離するための儀礼なのである。

ものがチョコであろうと花束であろうと鰹節であろうと、祝福的贈与の人類学的理由にかわりはない。

バレンタインデーに寄せられるチョコやケーキは、「道祖神にそなえられているまんじゅう」に類するものであると観じて大過ない。

道祖神はべつにいかなるよきことも人々に積極的にもたらしきたすわけではない。

ただ、「そこにいる」だけの「センチネル」である。

世の人々が「ただ、そこにいて、みんなをじっと見守っているだけ」という「センチネル」の社会的機能をいささか軽視される傾向にあるのは悲しむべきことである。

諸君のうちには「チョコが来ない」ことをお嘆きの方もおられるであろう。

チョコがキミのところにだけ選択的に来ないのは、それはキミがチョコを「女性からの積極的な好意の表現」だと勘違いしているせいである。

「好意の表現」を受け取ったのだから、こちらも「好意を返さねば・・・」と思っているでしょう。(だから「ホワイトデー」などという行事もあとづけで作られたのであるが、むろん、こんなものにはなんの人類学的根拠もない)

そこが間違いなのである。

「義理チョコ」の贈与というのが、この儀礼の本来的意味なのである。

「義理」の本旨は「債務の相殺」にある。

考えてもみたまえ。

道祖神におまんじゅうを供える人間が、道祖神からの「見返り」を期待しているだろうか?

うっかり、道祖神に夜半に訪れてられて「今日はどうもありがとうね。ところで、何かお礼をしたいんだけど、何がいいの?」などと訊ねられたら、諸君は心臓麻痺を起こしてしまうであろう。

というのは、贈り物をしても「何も返ってこない」という事実そのものが、「道祖神が、災厄を未然に防いでくれていること」の何よりの証拠だからである。

だって、そうでしょ?

道祖神へのお供え物は、「悪霊退散」とのトレードオフなんだからさ。

時間の順逆を間違えてはならない。

「まず先に贈り物をした」もののところに「贈り物」は供えられるのである。

自分は何もしないでおいて、「なんで、贈り物がこないんだろう」と嘆いても無理である。

チョコをもらえない青年の勘違いは、「チョコをもらう」ところから交換が始まる、と考えるところにある。

「チョコをもらったら、そのあとどんなふうな好意をもって返そうか」と考えるところがすでに「出遅れている」のである。

そうではない。

交換は「すでに始まっている」のである。

チョコの贈与は「以前キミが贈った好意」に対する「好意の反対給付」なのである。

だから、バレンタインデーのチョコは本質的に「義理チョコ」であり、それが「正しいあり方」であるとウチダは考えるのである。

では、そう言うウチダはひとびとに何を贈っているのか、と反問される方もおありであろう。

だから、さいぜんから申し上げているとおりである。

私は「道祖神のアルカイックな微笑み」をみなさまにお贈りしているのである。

にこ。


2月13日

科別教授会で学生の自宅学習時間をどうやって確保するか、について意見の交換がなされる。

私はけっこう学生に負荷を課しているつもりであったが、ゼミの授業評価アンケートをみると、「自宅学習をきちんとしないと授業についてゆけない」という項目が2.7ポイント(5点満点)で最低であった。

学生はよく見ているもので、「知的刺激を受けた」というのは4.7ポイントとハイレベルなのであるが、「教師の教場での態度はまじめであった」は4.2ポイントと有意な差が出ている。

つまり、ウチダのゼミは教師がふらりと教室に登場して、ろくな準備もしないでぺらぺらしゃべるだけなのだが、話はなかなか面白い。でも、学生たちはそれを笑って聞き流して、それでおしまい・・・という光景がこのアンケート結果からくっきり浮かび上がってくるのである。

こ、これはまずい。

というわけで、学生に対していかに負荷をかけて、一日数時間の自宅学習を余儀なくさせるかについて諸賢とともに知恵を絞る。

私はすべての教科で毎週アサインメント(語学は宿題、ゼミと講義では800字エッセイ)を出しているのであるが、おそらくはそれが軽すぎるのであろう。

というわけで04年度からはさらに過酷な自宅学習を課すことにした。

(1)すべての教科で毎週課題を出す(これは従前通り)

(2)エッセイはすべてBBあてにメールで送信し、ウチダがコメントをつけたものをそのままBB上で公開する

(3)専攻ゼミでは課題図書を年間20冊(半期10冊・毎月2冊)課す。

(4)ゼミ生は2週間ごとに課題図書について、その「要約」と「コメント」を2000字書いてメールで提出する(そのままBB上で公開)

BB(Black Board)というのは04年度から本学に導入されるe−learingシステムである。

そのクラスの登録者だけがアクセスできるクローズドのサイトで、課題をネット上で教師が指示し、学生はメールで宿題を提出するということができるというすぐれものである。

卒論をホームページで公開してよく分かったけれど、「卒論を世界に向けて発信する」という条件がついていると、学生たちの書くものの質があきらかに向上する。

教師だけしか読まないということになると、どうしても「甘え」が出るが、同輩たちも友人たちも家族も、誰にでも読まれてしまう・・・ということが分かると、さすがに顔面蒼白となるのである。

こんなことをすれば、たしかに教師の負荷は倍増する。(倍増ではすまぬかもしれない)

しかし、学生さんたちが「知的刺激を受けて、自主的に学習しはじめる」ということはもう現代の高等教育の現場では望んではならぬ「はかない夢」なのである。

学生たちには、手取り足取り「勉強のしかた」というものを教えてあげなければならない。

いったい中等教育では「何を教えているのか?」と、ふと深甚な疑問にかられるのであるが、こういうときに他罰的な文脈に話をのせても始まらない。

中学高校の先生がたもがんばっておられるのであろう。そしてきっと「小学校では何を教えているのか?」という疑問にとらえられているにちがいない。

その小学校の先生がたは「家庭ではどんなしつけをしているのか?」という疑問にとらえられ、その家庭ではご両親が「前世にどんな因果が・・・」とかこち顔をされていることであろう。

ひとを責めてもはじまらない。

できるところから始めるしかない。「ここ」を高等教育再建の起点にするという発想に切り替えるしかない。

こうして大学教員のしごとはどんどん増えて、ウチダの頭髪にも霜が降ったように白髪がふえてゆくのである。

しくしく。

学生諸君には「きみらが勉強してくれないと、まじめに教育に取り組もうとする教師の寿命が縮む」ということをぜひともご理解願いたいものである。

教師が長生きするためには

(1)教師が学生の教育を断念して、好き勝手にさせておく

(2)学生が「はっ」と我に返って、自主的に勉強を始める

といチョイスしかないのである。

どうか学生諸君は(2)の選択肢に向けて粛々と歩んで頂きたいと衷心より祈念する次第である。

ほんとに。


2月12日

引越仕事も一段落して、ようやく「ふだんの生活」が戻ってくる。

やれやれ。

11日はたいへんにたくさんの方々にお手伝いにご登場いただいた。

早朝から最後まで引越仕事の全行程を仕切ってくれたイワモト秘書とウッキーにとにかく感謝。

遠く浜松から来てくださった大坪先生、大学院聴講生のみなさん:渡邊さん、ドクター、谷口さん、だいはくりょくくん、長光くん、ミヤタケさん。

合気道会の面々(おいちゃん、クー、森川さん、森さん、白川さん)。

街レヴィ派からご参加のコバヤシさん。

みなさんありがとうございました。おかげで、4時終了予定の引越が2時半に終わりました。

 

さっそく「謝恩初宴会」が開催される。宴会には飯田先生、鵜野先生も駆けつけてくれる。

新居は、前の業平町の家に比べると「宴会スペース」がぐっと広がった。

買い出しも、同じ建物に芦屋コープがあるので、「地下のワインセラーにワインをとりにゆく」ような気分で買い物ができてたいへん便利である。

私のこれまでの引越人生において、今回がもっとも「駅から近い」住まいである。

なにしろ「駅の向かい」なんだから。これ駅に以上近いところは駅舎しかない。

初日にあまり騒ぎすぎて「こら!いい加減にしろ!」と近隣から怒鳴り込まれるのも困るので、おとなしく10時半に散会。

 

12日は修論審査。

ことしは副査が一つだけ。

『ディズニー・アニメにおけるヒロイン像の変遷』というテーマである。

テーマそのものは興味深いものなのだが、「うーん、こまったね」という点も散見される。

どこが困るかというと、『映画は死んだ』のまえがきにも書いたことだけれど、映画会社が存在し、映画館が存在し、映画批評が存在し、映画賞が存在し・・・という映画をめぐる「制度」が存在することを「自明の事実」として、そこから出発している点である。

「批評的である」というのは、ひとことでいえば「外に立つ」、ということである。

「学術的である」というのも同じことだ。

私たちの思考や感覚は、私たちがそこに嵌入されているもろもろの社会的・文化的な制度によって規制されている。

いわば、私たちはその制度によって選択的に何かを「見せられ」「聞かされ」「思考させられ」「感じさせられている」。

たとえば、語彙に存在しない概念を私たちは主題的には思考することができない。

同じように、私たちが「これはよいものだ」とか「これは正しい」とか「これには価値がある」というときに、その判定はそのつどすでに、私たちを共軛している「フレームワーク」に準拠している。

批評的であるというのは、自分自身の視野を限定している、この文化的な「遮眼帯」の輪郭や機能を手探りして、「自分は何を見せられ、何から遠ざけられているのか」を知ろうとすることである。

ある映画は「よい映画」であり、ある映画は「よくない映画」であるという判定を私たちはする。

だが、その判定はいかなる根拠によってなされているのか。

個別的な作品の良否の議論より先に、まず「私はいかなる度量衡を用いて、良否の判定をしているのか?」「どうしてまた私はその度量衡には汎通性があると信じ込んでいられるのだろう?」という、自分自身がそこに組み込まれている臆断のパラダイムを問い返すという手続きが必要なのではないか。

もちろん、それは「自分の後頭部を自分の肉眼で見たい」とか、「自分が歩いている姿を上空から俯瞰したい」というのと同じで「むりな望み」なのである。

むりな望みではあるけれど、それを望むか望まないかが、批評的であるかないかのぎりぎりの分岐である。

自分自身をそこに含む風景の全体を眺望すること。

それが学術的であるということ、批評的であるということのウチダ的定義である。

 

今回読んだ論文は「フェミニズムに対するスタンス」という点で、ディズニーアニメの変遷をとらえている。

この視点は悪くない。

けれども、映画とフェミニズムの関係については、知っておいてほしいことがある。

フェミニズムが過去20年間、ハリウッド映画にとって「検閲的」に機能していること

その結果、「フェミニズム的にオッケーなヒロイン」像があまりに定型化していること(「眉をひそめ、口をへの字にねじまげ、どなりちらして、『自分らしさ』をあらゆる場面で貫徹しようとする」女性)

そして、その定型に観客は「あきあき」し始めていること

「フェミニズムに媚びるポリティカリーにコレクトな映画」がそんなふうにして「フェミニズムの死期をはやめている」こと

 

『アメリカン・ミソジニー』に書いたことだけれど、アメリカ文化における女性嫌悪というのは根の深いものだ。

それはアメリカ社会構造の深部に、あらゆる制度、あらゆる思考のうちに巣くっている。

「フェミニズムの興隆そのものが、女性嫌悪をドライブさせる」というトリックはある意味ではきわめてアメリカ的なソリューションである。

ハリウッドが乱作している「フェミニスト映画」(アイズナーがプロデュースしているディズニー・アニメはその代表だ)には「女性に対する悪意」が伏流しているということに素朴な観客は誰でも気づく。

不思議なことに、素朴な観客が気づくことを、批評家や学者は指摘しない。


2月10日

いよいよ引越。

早起きしてばたばたと机の周りの「さしせまった仕事グッズ」だけ片づける。

段ボール5箱になってしまった。

朝飯もそこそこにクロネコヤマト部隊が登場。

このメンバーは前回と同じひとたちである。

前回御影から芦屋に引っ越してきたときのクロネコのみなさんが今回もなぜかごいっしょなのである。

「もう出られるんですか?」

と怪訝な顔をする。

「別に私が引越マニアというんじゃなくて(そうだが)、マンション工事がうるさくて・・・」

と必死に言い訳をする。

9時スタート。

私は台所を片づける。

前回の教訓で、台所は他人に荷造りされると「ゴミ」を梱包されて、引っ越し先まで「ゴミ」を運ぶという経済行為として問題のおおい事態が発生することがわかったので、自分でやる。

さいわい、暮れの大掃除のときに台所はテッテ的に掃除したので、「こ、これはいったい・・・」と原型をとどめぬほどひからびた食品が棚の奥から出てきて呆然、というようなことは起こらない。

合間を縫ってリージョンで鍵をもらい、管理会社に行って駐車場のパスカードと入居のしおりをもらい、市役所に転居届けを出し、郵便局で配達先変更をお願いし、朝日新聞に金を払い、電気とガスと水道を止め、警察署で免許の住所変更届けをし、明後日の修論審査のために修論を読む。

4時に搬出が終了。

がらんと何もない部屋をくるりと回って一礼して退去。

どうもおせわになりました。

1年間たいへん快適に暮らしたけれど、まあしかたがない。

そのまま大学へ。6時からCOLのWGの会議。

前日は自己評価委員会、今日はCOLと自分が招集者である会議が続く。

どこかしら似たような内容の会議なのであたまがこんがらがる。

04年度のCOL(文部科学省はGP「優良事例(good practice)」という通称を希望しているそうであるが、COL=Center of Learning 教育拠点校)という言い方が定着してしまった。誤解のもとだねこれは)は締め切りが4月ということなので、まるで時間的余裕がない。

04年度は申請を断念しようか、という可能性も検討したが、二度のCOLフォーラムとさまざまな資料を検討した結果、「COLには参加することに意義がある」という絹川委員長の言を信じて、続けることにする。

率直に言って、私はこのプログラムが発足したときに、「これは文部科学省主導による大学の序列化と淘汰加速のための戦略である」と位置づけていた。

そういう定型的な発想しかできないことの不自由さに気づかず、そういうふうに「かんぐってみせる」ことが批評的なポジションであると思い込んでいた。

しかし、じっさいにCOLの選定過程を知り、その採択校の事例を詳細に聞くにつれて、おのれの短見に気づいた。

これは「たいへんまじめなプログラム」だったのである。

危険水域に近づきつつある日本の高等教育を根本的に立て直すために、大学人のあいだで21世紀の大学のヴィジョンについて「新しいコモンセンス」を形成しようという趣旨のものだったのである。

前にも書いたけれど、日本のメディアの教育報道はかなり歪んでいる。

「学校はダメになった」と書くと、なぜか日本人は喜ぶ。

教師も喜ぶし、学生生徒も喜ぶし、親たちも喜ぶし、学校に行っていない人間も喜ぶ。

教師が喜ぶのは「ダメなのはうちだけじゃない」と安心できるからである。

学生生徒が喜ぶのは「ダメなのは私だけじゃないと」と安心できるからである(以下同じ)

日本のメディアの「批評性」と称するものの特徴は「ダメな事例」だけをことあげして、「がんばっている事例」を同一の文脈で取り上げて、その「格差」のよってきたる所以を考究するという姿勢がないことにある。

たとえば、官僚の腐敗や政治家の汚職をあつかうときは、それ「だけ」を扱い、清廉潔白な公人のあることを報道しない。

それを読んだ読者は「日本の役人とか政治家なんつーものは・・・」という「十把一絡げ」的な「批評」に甘んじて、「役人や政治家のなかには、きちんとした人もいる、ダメな公人と立派な公人の『格差』はどこに発生するのか?」というよりプラクティカルで、より生産的な議論にはすすまない。

大学についても同じことが言える。

「日本の大学はダメだ」という報道のオーバードーズは、大学人を「奮起させる」方向よりむしろ「安心」させる方向に作用する。

「どこもダメなら、うちもダメでも、まあいいじゃんか」

というふうに日本人は考えちゃうのである。(心理的安定を得るためにはある意味「すぐれた」民族的資質であるとも思えるが)

少なくとも、私が知る限りの大学人は、高等教育が「ダメ」になっているという事実を痛切に受け止めなくても「いい」という自分への言い訳に「どこもかしこもダメだから」という事実に無意識に依拠してきた。

COLはこの「みんないっしょに滅びましょう」という(ある意味ではなかなか奥行きのある)日本の大学人に蔓延している「気楽な悲観主義」に対して、「そんなに簡単に教育をあきらめちゃって、いいんですか?」と問い返してきたのである。

少なくとも、私にはこの問い返しは「新鮮」であった。

そして、現に「あきらめていない大学」の事例を知るに及んで、私はおのれの短見を恥じたのである。

「あきらめている大学」と「あきらめない大学」の格差はどこから発生するのか?

私たちはその「格差」を乗り越えることができるのか?

できるとすれば、どのようにして?

というような問いを少なくとも1年前の私はほとんど考えていなかった。

そのことひとつを取っても、COLというのはすぐれた教育実践であったと私は思う。

だから、「参加する」ということは、本学の場合はあるいは「採択に落ち続ける」ということを意味するかもしれない(その可能性が高い)。

しかし、それで「よい」としなければならない。

それが本学の教育的取り組みについての「客観的評価」なのであるなら、粛々と受け止めるべきだろう。

「日本じゅう、ぜんぶダメなんだから、うちなんかましなほうだよ」

という私たちのあいだの無根拠な安心をうち砕くためには適正な外部評価に耳を傾けることが必要であるとウチダは思う。

 

COL・WGは「理系の先生たち」の大活躍で、なんとか04年度は03年度申請よりもずっと「科学的」な書式による申請が果たされそうである。

池見先生、森永先生、西田先生ありがとうございました。

こういう「目的・方法・効果」的なプログラミンに私のような「文系」教員はまったく訓練されていないのである。(ということを学んだのも個人的には収穫のひとつである)

へろへろになって竹園ホテルへ投宿。

日の丸ラーメンを食べに行って、風呂に入るともうまぶたが下がってくる。

ああああ、眠い。

おやすみなさい。明日も引越だ。


2月9日

8日は下川正謡会の「新年会」。

ウチダは「神歌」のツレから始まって、素謡『通小町』のシテ、素謡『鉢木』、『卒塔婆小町』、『隅田川』、『砧』、舞囃子『野宮』、『井筒』、仕舞『紅葉狩』『梅』の地謡、そして自分の出番の舞囃子『融』と、大忙し。

『紅葉狩』はウッキーの初仕舞である(ついでに「初着物」)。

初仕舞の地謡をつけることになったわけであるが、『紅葉狩』の仕舞の詞章というのは

「されば佛も戒めの。道は様々多けれど。殊に飲酒(おんじゅ)を破りなば。邪婬妄語も諸共に。乱れ心の花鬘」

というフレーズなのである。

初仕舞とて「お酒をあまり飲まないように」という歌詞を師弟で唱和するというのに、なにか神慮のハタラキを感じる。

 

本日は飯田祐子先生も新年会におみえになる。

飯田先生は来月からウッキーに続いて正謡会にお入りになる予定なので、下川先生にご紹介する。

これで杉浦さん、不眠日記のオガワ、ウチダ、ウッキー、飯田先生の5名を擁する「神戸女学院閥」が正謡会最大会派となった。

このあとも、各地の合気道関係者が「能楽」「着物」ラインにご参加下さることを切望する次第である。

とりあえずこれから「怒濤の着物ブーム」が来ることは間違いない。

三砂ちづる先生や田口ランディさんのような感覚の鋭敏な人が「もうぜったい着物!」と断言されているのであるから流れはたしかだ。

東京では三砂先生をコアとして、先端的な女性キャリアのあいだですでに遼原の火のごとくに「着物出勤」のムーブメントが広がり始めているようである。(このHPの芸術監督であるフジイくんも「着物」派に転向したそうだ)。

着物で出勤して、「畳にちゃぶ台」で仕事をし、昼休みは「おこた」で蜜柑を食べ、仕事の帰りは「謡曲」や「お茶」や「武道」の稽古をする。

それがこれからいっちゃん「クール」な女性のライフスタイルとなるであろう。(守さん、よかったですね。これから商売繁昌ですよ!)

男性ではまだ甲野善紀先生が「着物出勤」(て、甲野先生はどこに「出勤」するんだろ)のただひとりの先駆者であって、後続するものがいないのがまことに残念である。

ウチダは今年の謝恩会にはとりあえず羽織袴で行こうかしらと考えている。


2月7日

寝しなに読んだ村上龍『恋愛の格差』にたいへん印象的なフレーズがあったので、ちょっと長いけれど再録。

 

わたしは常にマジョリティに対する不安と恐怖を抱いている。自分がマイノリティに属しているという自覚があるわけではないのだが、マジョリティがヒステリー状態に陥ったとき、自分は必ず攻撃されるという確信のようなものがあるからだ。その確信は、わたしが大前提的にマジョリティを嫌っていることに原因がある。(・・・)

わたしがマジョリティを嫌悪するのは、真の多数派など存在しないのに、ある限定された地域での、あるいは限定された価値観の中でのマジョリティというだけで、危機に陥った多数派は少数派を攻撃することがあるからだ。そしてマイノリティといわれる人々も、その少数派の枠内で、細かなランク付けをして、少数派同士で内部の少数派を攻撃することもある。

忘れることのできない写真がある。それは大戦前のドイツでユダヤ人たちがひざまずいて通りを歯ブラシで磨いているという写真だ。その人物がある宗教に属しているというだけ、その人物の人格や法的地位と関係なく差別するというのはもっとも恥ずべき行為だが、わたしたちは立場が危うくなるとそれを恥だと感じなくなる。

わたしはどんなことがあっても、宗教や信条の違いによって、他人をひざまずかせて通りを磨かせたりしたくない。それはわたしがヒューマニストだからというより、そういったことが合理的ではないというコンセンサスを作っておかないと、いつわたしがひざまずいて通りを磨くことになるかわからないからだ。

わたしたちは、状況が変化すればいつでもマイノリティにカテゴライズされてしまう可能性の中に生きている。だから常に想像力を巡らせ、マイノリティの人たちのことを考慮しなければならない。繰り返すがそれはヒューマニズムではない。わたしたち自身を救うための合理性なのである。(村上龍『恋愛の格差』、青春出版社、2002年、247−9頁)

 

村上龍が変わらず一貫して説いているのは、「倫理的に生きることは長い目で見れば経済合理性に合致している」ということである。

これはレヴィ=ストロースの構造人類学の知見と平仄が合っている。

共同的に生きてゆく上でもっとも合理性の高い生き方を私たちの祖先は「倫理」と名づけた。

倫理は合理性の前にあるわけではない。

「倫理」の「倫」とは「相次序し、相対する関係のものをいう。類もその系統の語。全体が一の秩序をなす状態のもの」すなわち「共同体」のことである。(白川静『字通』)

「倫理」とは「共同体の規範」「ひとびとがともに生きるための条理」のことである。

「それはヒューマニズムではない」と村上は書くが、「ことの条理」を「条理」として認知できる生物を「人間」と呼ぶのが本来の語の定義だとすれば、やはり「それはヒューマニズムなのである」。

「倫理」が「共同体にとっての合理性」のことである以上、「合理性と背馳する倫理」というのは、ほんらいはありえないのだと私は思う。

 

短期的には合理的だが、長期的には合理的でないふるまいというものがある。

あるいは少数の人間だけが行う限り合理的だが、一定数以上が同調すると合理的ではないふるまいというものがある。

たとえば、「他人の生命財産を自由に簒奪してもよい」というルールは、力のあるものにとって短期的には合理的であるが、それが長期にわたって継続すると、最終的には「最強のひとり」にすべての富が集積して、彼以外の全員が死ぬか奴隷になるかして共同体は崩壊する。

子どもを育てることは女性の社会的活動にハンディを負わせる。だから、「私は子どもを産まない」という女性は他の女性よりも高い賃金、高い地位を得る可能性が高い。しかし、女性全員が社会的アチーブメントを求めて子どもを産むのを止めると、「社会」がなくなるので、賃金も地位も空語となる。

ある戦略が「長期的に継続しても合理的かどうか」「一定数以上の個体が採択した場合にも合理的かどうか」については、かならず損益分岐点が存在する。

しかし、それを見切れるのは卓越した知性に限られており、私たちのような凡人にはなかなかむずかしい。

だから、共同体の合理性を配慮して、「倫理」は「長期的に継続した場合」や「一定数以上の個体が採択した場合」についてはベネフィットよりもリスクが高くなるような生存戦略についてはこれをまとめて「非」としたのである。

だから倫理が「非」とするものの中には、「短期的にだけ行われた場合」や「一定数以下の個体しか行わない場合」には、ベネフィットの方が多いような行動も含まれている。

それゆえ、倫理に対する異議申し立ては、すべて「短期的に見た場合」「自分だけがそれをした場合」には合理性にかなっているから、という論拠に基づいてなされている。

「人を殺してどうして悪いんですか」

と訊ねる子どもは、誰かが彼ののど元にナイフを当て、「ねえ、人を殺してどうして悪いんですか」とまわりの人間に訊ねているときにも、自分もその問いに唱和できるかどうかを想像していない。

ユダヤ人を迫害したドイツ人たちは、「ドイツ人だから」という理由で、ひざまずいて通りを歯ブラシで磨かされている自分の姿を想像していない。

倫理的でない人間というのは、「全員が自分みたいな人間ばかりになった社会」の風景を想像できない人間のことである。

私が自分に課している倫理的規範はだからたいへんに簡単なものである。

社会の全員が「私みたいな人間」になっても、なんとか生きていけるような人間になること。

これである。

「ひとに会えばにっこり挨拶する」

「ひととぶつかったら必ず道を譲る」

「ひとの私生活に関心をもたない」

「ひとに何か頼まれたら、とりあえず『オッケー』と答える」

「自分が欲しいものはまずひとにあげる」

「一日の大半は家にこもって黙って本をよんでいるか文字を書いている」

「ときどきひとを招いて宴会をひらく」

ような人間ばかりの世界でなら、私は生きていける。

さあ、みなさん想像してみてください。

この世が「あなたみたいな人間」だけになっても(『マルコビッチの穴』だな、こりゃ)、まだあなたは暮らしていけますか?


2月6日

合気道の稽古を終えてばたばたと東京へ。

学士会館に12時近くに投宿。ばたりと就寝。

朝8時にがばっと起きて、「インターネット持仏堂」の原稿をさくさく書く。

午前中に面会が一つ。

新規ビジネスについてのお話である。

私のような人間のところにネットビジネスのお話が舞い込んでくるというのも不思議な気がする。

専門用語が飛び交って、話は半分も分からなかったけれど、日本社会が「ハイコンテクスト」社会であって、「阿吽の呼吸」でコミュニケーションするための汎用ツールには必ず市場のニーズがあるだろうという基本の考え方は納得。

でも、私はネットをつかってこんなことをやってはいるけれど、基本的にはface to face の「身体派」である。

人間はおのれの拳に思想の全重量をかけるしかない、という17歳のときの(吉本的だなあ、このワーディング)基本的な構えはその後もぜんぜん進歩していない。

どちらかというと、いまでは「舌先三寸に思想の全重量をかける」だけど。

とりあえず、声が届く範囲で仕事をしたい、という自己限定があるので、大きい話はちょっと苦手である。

 

午後から御茶ノ水で三砂ちづる先生との対談。

今回は医学書院ではなくて、晶文社の安藤さんと足立さんの仕切り。

4月から東京の朝日カルチャーセンターでは三砂先生とウチダの連続対談というのを企画しているらしい(よく知らないけど)。

それに繋げて、話をまとめて一冊にしてしまおうというプロジェクトである。

三砂先生と会ってお話をうかがうのは、たいへんに楽しい。

まずは着物の話。

それからお産の話、身体感受性の話、龍神の祟りの話、書生の話、テレビと地域社会の話、ブラジルの幼稚園の話、母親の呪縛の話、ウチダの高校中退の真相の話などなど、4時間半ぶっつづけで話し続ける。

話は止まらないけれど、とっぷり日が暮れてきたので、御茶ノ水の駅でみなさんとお別れして、新幹線に飛び乗る。

深川めしでビールを飲みながら別れ際に安藤さんからいただいた高橋源一郎さんの新著『私生活』を車中で読みふける。

腰巻きが

「これを書いている間、二度結婚して、二度離婚した。死ぬかと思った」

そ、そりゃ、「死ぬかと思った」でしょうね。


2月4日

レヴィナスの翻訳。

あと100頁。このペースでゆけば二月中に終わるはずである。

なんとか「年度内脱稿」という目標はクリアーできそうだ。

そのあとは春休み中に海鳥社の『他者と死者』を書き上げる。

そうすると4月以降は往復書簡と対談の仕事だけになる。

受け付け順からゆくと、次の書き下ろしは講談社メチエの『道徳論』。そのあとは文春新書の『ユダヤ文化論入門』。

この二つは年内に書けるかもしれない。

よく働くなあ。

対談とか講演のしごともなんだか春休み中にはずいぶんたくさんある。

ウチダはもともと「異業種」の人の話を聞くのが大好きなので、対談はよほどのことがなければ断らない。

講演は、拘束時間が文章を書くのに比べると圧倒的に短いから、わりと気楽に引き受ける。

神戸女学院大学のパブリシティというたいせつな「営業活動」でもあるしね。

 

翻訳のあいまに「作文の会」から頼まれた「身体と言語」という原稿を30枚書く。

ベルクソンやヴァレリーの「運動性記憶」というアイディアを武道技法論むすびつけようとしているところなので、それを架橋するための「言語と身体」の問題をしばらく前から考えている。

その途中経過報告書みたいなものである。

ちゃんと結論が出ないで、「ここまでしか分からない。これからどうなるのであろうか・・・」というふうに原稿が終わってしまったが、まあ、そういうものである。

下手にまとめるよりは「結論が出ませんでした」と投げ出しておく方が、あとあとのためだ。

 

午後から大学で自己評価委員会の研究活動・教員組織小委員会の会合。

島井先生、飯先生と私の三人だけのちいさな委員会であるが、ここで教員評価システムとかFD活動とかいろいろなアイディアを練っているのである。

おふたりともたいへんスマートな先生なので、話が早い。

早いついでに「脱線」も多い。

「そういえば、これは本筋とは関係ないんですけど」

という話で盛り上がる。

教員評価システムは本学が私学では全国にさきがけて・・・と考えていて実際に動き出したのは早かったのだが、学内での合意形成に時間をとってごちゃごちゃしているうちに、もう全国の大学がどんどん導入を決めてしまって、あっというまに「後方集団」にのみこまれてしまった。

この反応の悪さが本学の組織問題のネックである。

とにかく、ひとつことを決めるのにやたら時間がかかり、時間がかかっているうちに「なんのために」という本筋からはずれて、枝葉末節な手続き問題とか、「オレはきいてないぞ」とか、「私の立場はどーなる」とかいう議論に消耗する・・・ということがなんだかやたらに多い。

「雇用の確保」ということを最優先する、ということについてはどなたも異論はないはずである。

「理想的な大学教育をしたい」という思いはよく分かるけれど、その前段には「大学が存続する」という条件がつく。

大学がなくなってしまったら、理想的な教育もできない。

 

三宅先生のところに寄って身体をほぐしてもらう。

3月20日の芦屋の三軸自在セミナーに、池上六朗先生、光岡英稔先生、ウチダの「鼎談」というイベントが組み込まれたそうである。

池上先生と光岡先生の「対談」では、なんの話をしているのか聴衆に理解できないであろうから、ウチダを「通訳」としてそこに入れたらどうかという三宅先生のご高配である。

そのあとみんなでベリーニで美味しいものを食べるのだそうである。

これは楽しみ。


2月3日

金原ひとみ『蛇にピアス』を読む。

芥川賞作品を読むのは町田康以来である。

ふだんはほとんど読まない。

芥川賞という文学賞の査定基準が「わからない」からである。

村上春樹も橋本治も高橋源一郎も矢作俊彦も椎名誠も中島らも、およそ現代日本語のあり方を変えるほどの「つよい」文体を持って登場した作家たちを過去30年間ほとんど組織的に排除してきた文学賞に何を期待できるというのか。(村上龍や町田康が受賞したのは例外的なことだ)

とはいえ、ときどき芥川賞作品を読みたくなることもある。

すらすらと40分ほどで読んでしまう。

みじかいのね。

身体改造というきわどい主題のわりには読後感はさわやかである。

21世紀日本の若者文化を後代の民族学者が調べることがあった場合の「民族誌的資料」としては、貴重なインフォーマント情報になるだろう。

小説に求められる歴史的使命のひとつは「後代の民族学者(批評家ではなく)のための格好の民族誌的資料」になりうるということである。

ピアスやタトゥーやスプリットタンのような装飾的身体改造についてはほとんどいかなる「資料」も私たちはもたない(日本人の何人がピアスをしているとか、「若者に人気のあるタトゥーの絵柄トップ10」などというものがかりに調べられたとしても、それが何を意味するのかは分からない)。

でも、その経験を「内側から」生きるような小説を通じてなら、私たちは「それが本人にとって何を意味しているのか」を理解することができる。

それは「陸軍内務班」の陰湿さは『人間の条件』を読むと分かり、「六全協」の衝撃は『されど我らが日々』を読むと分かる、というのと似ている。

分かるのは「軍隊」ではなく「軍隊によって破壊される感受性」であり、日本共産党の歴史ではなく「六全協のもたらした精神的荒廃」であり、そういうものは歴史的資料だけからでは分からない。

『蛇にピアス』から私たちがうかがい知るのは、身体改造に励む人々の内側において「破壊されるもの」は何か、ということである。

当たり前のことのようだが、身体に穴を開け、針を刺し、身体を「貨幣」のように売り買いし、身体を経由して向精神作用のある物質を摂取する人々において集中的に破壊されているのは「身体」である。

この小説の中では「想像力」が絶対的主権者で、「身体」はその絶対的奴僕である。

小説の全編を通じて、身体は最初から最後まで悲鳴を上げ続けており、想像力は哄笑と怒声と泣涕を繰り返している。

人間が通常「身体的不快」と感じるはずのこと(痛み、汗、悪臭、汚物など)を「快楽」に読み替えると世界は「バラ色」になる、という技巧を主人公はどこかで体得した。

理論的にはむずかしい操作ではない。

身体が「不快」と感じるデータを脳が「快感」に読み替えるように「モード」を切り替えるのだ。

このモード切り替えは、身体的に不快な経験を引き受ける以外に生活資を獲得できない「貧しい」若者たちにとってはある種の「福音」である。

そうやって、身体はその生命の最後の一滴まで搾り取られ、脳はそれによって快楽を増大させる。

「殴られても蹴られても夫についてゆく従順な妻」に売春させて、その金で「昼酒を飲んで、パチンコに通っている暴力夫」というのは「だめんず」の定型的な男女関係だが、その構図が一人の人間の中で、「身体」と「脳」の関係として繰り返されていると想像してもらえると、『蛇とピアス』の活写した世界が分かるだろう。

権力による収奪はかつては社会関係として展開したけれど、現代日本ではひとりの人間の内部で展開している。

他者による収奪であれば、それに抗って「革命」を企てるということもありうるけれど、自分で自分を収奪している人はどうすることもできない。

だから、みんな心を入れ替えて、身体をたいせつにしましょう、というメッセージを発信している小説ではないんですけど。

しかし、一読に値するとウチダは思います。オススメ。


2月2日

大学院の美人聴講生E田くんからメールが届く(「美人聴講生」と聴いて、一瞬「私のこと?」と思ったかもしれないが、君のことではない)

今般の「負け犬」をめぐる当事者からの発言のひとつの代表例としてご紹介しておきたい。

 

先生こんにちは。

30代、未婚、子ナシのE田です

現役の負け犬としては、自分のことが書いてあるようなものなので先生の読みとは違うかもしれないんですけど、

先生がおっしゃるように、育児って、それのどこが勝ち?というくらい大変なことだと思うんです。

だから勝ち犬のみなさんが、ユニクロを着て育児に追われ、すておく(『素敵な奥さん』)の特集で見た「ひきにくのおかず1週間」で家計をやりくりしている時に、5万円の靴をポンと買い、1本千円(両手で1万円)のネイルアートを施している負け犬を見るともしかしたら、悲しい気持ちになるかもしれません。

(負け犬の散財には負け犬なりの事情があるんですけどね、ほんとに)

そんな時、「でもあの人たち(負け犬たち)は女の幸せを知らないんだわ、それに比べて私って幸せ(勝ち)」と思って育児に励んでくださるのなら私は喜んで負け犬となりましょう、腹を見せ、きゃいーんと鳴きましょうと思うんですが。

だって子どもを生んで育ててくれるなんて有り難いじゃないですか。

それと、最終回の授業の「文化資本」の件で思ったんですけど、

文化って要するに暇つぶしみたいなものですよね。

食べることに必死な時代って文化はなかなか難しいですし。

これからの文化の担い手として、育児と家事に追われることのない負け犬ってけっこういいと思うんです。

サカジュンも言うように、すでにそういう傾向が・・・

で、負け犬はますます内省的に生き、低方婚の男性からは遠ざかり。

やっぱり再生産は無理ですね・・・失礼しました。

 

ウチダが「おお」と膝を打ったのは、「負け犬=文化の担い手」というE田くんの着眼点についてである。

なるほど。

そのとおりだ。

そういえば酒井さんも「負け犬」たちがグルメ、海外旅行に始まり、歌舞伎、オペラ、狂言、バレエなどの伝統エンターテインメントから、茶道華道書道香道合気道にいたる無数のお稽古事に励んでいることを指摘されていた。

私はふと「ランティエ」という言葉を思い出した。

rentier とは「(主に国債による)金利生活者」のことである。

ご存じのとおり、ヨーロッパの家は石造りで、人々はそこで祖先から受け継いだ家具什器をそのまま使って暮らしている。

そして、あまり知られていないことであるが、ヨーロッパではデカルトの時代から1914年まで、貨幣価値がほとんど変わらなかった。

ということは、先祖の誰かが小金を貯めて、それでアパルトマンと国債を買って遺産として残すと、相続人は(贅沢さえ言わなければ)生涯無為徒食することができたのである。

そういう人々がフランスだけで何十万人か存在した。

『彼方』のデ・ゼルミーや、『モルグ街の殺人』のオーギュスト・デュパンはこの類である。

仕事をしないでひねもす肘掛け椅子で妄想に耽っているという点ではシャーロック・ホームズだってそうだし、本邦でも探偵は明智小五郎にしても金田一耕助にしても「高等遊民」と相場が決まっている。

なにしろ、彼らは暇である。

しかたがないので、本を読んだり、散歩をしたり、劇場やサロンを訪れたり、哲学や芸術を論じたり、殺人事件の犯人を推理したりして生涯を終えるのである。

もちろん結婚なんかしない。

せいぜい同性の友人とルームシェアするくらいである(ホームズはワトソンくんと、デュパンは「私」と、明智小五郎は小林少年と)

しかるに、このランティエたちこそヨーロッパにおける近代文化の創造者であり、批評者であり、享受者だったのである。

それも当然である。

新しい芸術運動を興すとか、気球に乗って成層圏にゆくとか、「失われた世界」を探し出すとか、そのような冒険に嬉々としてつきあう人間は、「扶養家族がいない」「定職がない」「好奇心が強い」「教養がある」などの条件をクリアーしなければならない。

「ねえ、来週から北極に犬橇で出かけるんだけど、隊員が一人足りないんだ」

「あ、オレいく」

というようなことがすらっと言える人間はなかなかいない。

ブルジョワジーは金儲けに忙しく、労働者たちはその日暮らしと革命の準備で、そんな「お遊び」につきあっている暇はない。

結局、ヨーロッパ近代における最良の「冒険」的企図と「文化」的な創造を担ったのは、かのランティエたちだったのである。

残念ながら、ヨーロッパ文化の創造的なケルンを構成していたこの遊民たちは1914−18年の第一次世界大戦によって社会階層としては消滅した。

インフレのせいで金利では生活できなくなってしまったからである。

彼らはやむなく「サラリーマン」というものになり、そんなふうにして、世界からホームズもデュパンも明智小五郎も消えてしまったのである。

私はこれをたいへんに惜しいことだと思っている。

哲学的営為とか芸術的創造というのは、単純な話、肘掛け椅子にすわってじっと沈思黙考しても、寝食を忘れてアトリエにこもっていても、誰からも文句をいわれないし飢え死にもしない、というごく物理的な条件を必要とするものである。

営業マンをやりながら哲学論争を展開するとか、トラック運転手をしながら芸術運動を組織するというようなことが不可能なのは、適性の問題もあるが、主として「時間がない」からである。

「ありあまる時間と小金の欠如」というきわめて散文的な理由がそれらの人々に「ランティエ」的生き方を禁じている。

だが、それこそが現代日本の文化的衰退のおおきな原因であることはどなたにもお分かり頂けるであろう。

ところが。

ここに「負け犬」という新しい社会階層が登場したのである。

その表層的なあり方があまりにかつてのランティエと違っているために、私はそれに気づかなかったのであるが、E田さんに指摘されて「はっ」と胸を衝かれた。

「負け犬」は21世紀日本が生み出した新しい「ランティエ」(女性だから「ランティエール」だね)ではないのだろうか。

彼女たちは「パラサイト」であるか一人暮らしか、同性の友人とルームシェアしているか、とにかく「扶養家族」というものに縛られていない。

職業についても男性サラリーマンに比べて、はるかに流動性が高く、「定職」というものに縛られていない。

扶養家族がなく、定職への固着がなく、ある程度の生活原資が確保されていると、人間は必ず「文化的」になる。

「衣食足りて礼節を知る」というが、「時間と小金」があると人間は、学問とか芸術とか冒険とかいうものに惹きつけられてゆくものなのである。

「文化って要するに暇つぶしみたいなもんですよね」というE田くんのことばはみごとに正鵠を射ている。

そうなのだよ。

まず「暇」が必要なのだ。

しかるのちにはじめて、その暇を「つぶす」ために、さまざまな工夫を人間は考え始めるのだ。

日本はこのままでは文化的最貧国に凋落する。

これをおしとどめるのはキミたちしかいない。

「負け犬」諸君、日本の文化的未来はキミたちの双肩が担うのである。

健闘を祈る。


2月1日

ある読者からメールを頂いた。

『寝な構』を読書会で使ったら、メンバーが「レヴィ=ストロースが読みたい」と言い出したので、次の読書会は『悲しき熱帯』を読むことになりました、と書いてあった。

つい先日、兄上も「『悲しき熱帯』はいいね、特に最後の方は泣けたよ」と言っておられた。

『悲しき熱帯』が私たちのあいだでブレークしたのは35年くらい前のことである。

室淳介訳の『悲しき南回帰線』がそのころ流布していた訳本で、冒頭の

「旅といい、冒険といい、私の意には添わぬものだ。だが、私はいまそれらについて語ろうとしている」

というフレーズが竹信くんのお気に入りで、彼の感化によって、当時私たちのあいだでそこだけがたいへんに流行した。

麻雀をやりながら

「ポンといいチーといい、私の意には添わぬものだ。だが、私はいまそれをしようとしている・・・紅中、ポン!」

居酒屋で

「タンといいハツといい、私の意には添わぬものだ。だが、私はいまそれらを食そうとしている・・・・おばちゃん、ホッピーお代わり!」

などが代表的な用例であったかに記憶している。

そんなことを思い出していたら、急にレヴィ=ストロースが読みたくなって、『悲しき熱帯』を取り出す。

コーヒーを片手に読み始めたら、レヴィ=ストロースのスパイシーなユーモアについげらげら笑ってしまう。

ヴィシー政府をのがれてニューヨークに向かう難民船がマルティニックについたときの印象をレヴィ=ストロースはこう書く。

「そのもてなしかたというのは、入り江に船が錨をおろすやいなや、一種の脳障害にかかっているとしか思えない無規律な兵士の一群が示してくれたものである。この脳障害は、もし私が、この兵士たちの腹立たしいやり口からのがれるというただそれだけのために、いっさいの知力を使うことに心を奪われていなかったとしたら、民族学者である私の関心を十分にひくに値したであろう。」(『悲しき熱帯』、川田順造訳、中公公論「世界の名著」59,1967年、363頁)

まことにため息をつくほどに、みごとにフランス的な「条件法過去」の構文である。

「この脳障害」というようなネガティヴな含意の語を主語に据え、「私」を目的語に置いた条件法過去の文型につよい好尚を示すのは、フランス的知性だけである。

私が知る限りでは、アナトール・フランスが「こういう文型」が大好きな作家であった。

若い読書家のあいだでは、もうアナトール・フランスという名が口にされることなんかほとんどないだろう。

でも、いいぞ。

フランス語が読める能力が私にもたらした最大の愉悦のひとつはアナトール・フランスのテクストを原語で読む機会に恵まれたことである。(というような文型で書くのね、アナトール・フランスは)

「私は」という主語に取り憑かれた人々(そういえば、これも「子ども」の徴候だった)が読んだらずいぶん違和感を覚えるだろう。

「クール」だ。

ついでにもう一つレヴィ=ストロースの「クール」な文例を出しておこう。

マルティニックへ着いたレヴィ=ストロースは、航海中に彼に好意的なまなざしを向けていたふたりのドイツ人女性が収容所に移送されてしまったのを知って、知人とともに慰問にでかける。

「この二人の婦人は、体を洗えるようになりさえしたら、大急ぎで彼女たちの夫を裏切りたいと思っていることを、航海のあいだ、私たちに印象づけたのである。その意味でも、ル・ラザレへの収容は、私たちの幻滅をいっそう深めた。」

いいなー。

よし、ウチダも今日からこういう文で日記を書くことにしよう。

あ、いけない。すでに「ウチダは」というような凡庸な主語を使ってしまった。

こういうときは、

「レヴィ=ストロースを読んだことは、私のうちに、彼のような文体で書きたいという欲望を目覚めさせた」

というふうに書かないといけないのだ。

「その欲望の昂進がなければ、文例の枯渇が精神の未熟を私自身に暴露することもなかったであろう。」(これは条件法過去でね)

 

レヴィ=ストロースが一段落したので、レヴィナスの翻訳にとりかかる。

おお、いかなるシンクロニシティであろうか、いきなり『悲しき熱帯』についての言及に遭遇する。

レヴィナス老師が個人名をあげて同時代の思想家を批判することはきわめてまれであり、ほとんど「ない」と言って過言でないのであるが、その例外中の例外がレヴィ=ストロースである。

老師はこう書かれている。

 

歴史にはユダヤの民の存在を審問するもう一つ別の仕方もあります。

歴史は不可避的に一つの目的に向かって領導されているとするヘーゲル=マルクス主義的な歴史解釈とは別に、歴史はどこにも向かっていないとする歴史解釈がそれです。

彼はあらゆる文明は等価だといいます。

現代の無神論、それは神の否定ではありません。

それは『悲しき熱帯』の絶対的な傍観主義です。

私はこれを現代におけるもっとも無神論的な書物であり、著者自身自分がどこへ向かっているのか分かっていないばかりか、読者にも生きる目的を見失わせる書物だと思います。

『悲しき熱帯』はヘーゲル的、社会学的歴史観以上にユダヤ教にとっては脅威です。(『困難な自由』)

 

すごいね。

「現代におけるもっとも無神論的な書物」なんて、ヤマちゃんだったら、さっそく単行本の腰巻きに使ってしまいそうなアイ・キャッチングなコピーでる。

ふむふむそうだったのか。

レヴィナス老師が同時代のフランス知識人のなかでその知的影響力がひろまることをいちばん恐れていたのは、バタイユでもサルトルでもデリダでもフーコーでもラカンでもなく、レヴィ=ストロースだったのだ。

考えてみれば、そうだよな。

レヴィ=ストロースの「すべての文明は等価である」という西欧中心主義批判は、まっすぐユダヤ=キリスト教文明の卓越性の「幻想」への批判につながるわけで、「ユダヤ教とギリシャ的知性の卓越性」に依拠するレヴィナス老師がそのような知的壊乱を許容できるはずもないのだ。

しかし、レヴィ=ストロースのひそかな企図が、構造人類学をつうじて「隣人愛」と「他者にさきんじておのれを奉献する主体」を基礎づけることにあったということに、はたして老師は気づかれていたのであろうか。

人間をそのようなものたらしめた「原初の一撃」をレヴィ=ストロースは「私たちが決して触れることのできない、闇の中に消えた起源」に求めている。

それを「神」と呼ばないのは、レヴィ=ストロースの節度であって、それを「無神論」と呼ぶことに私自身はいささかのためらいを覚える。

私の眼にはこの二人の賢者が「人間性」を定義するとき最終的に選ぶことばがそれほど違っているようには思えないのである。

 

終日しゃかしゃか翻訳をしたので、背中がばりばりに凝ってしまったので、風呂にはいって背中をほぐし、夕食に豚汁を作る。

うまい。

最近、なぜか野菜たっぷりの「汁」系食物をよく作る。

豚汁で満腹したので、寝ころんでチャン・イーモウの『英雄』を見る。

『英雄』(2002, by Zhang Yimou: Let Li, Tony Leung, Maggie Cheung, Zhang Ziyi, Donnie Yen)

映画全体を貫くモチーフは「重力からの解放」。

この映画では「ものが下に落ちる」ということがほとんど強迫的に回避されている。

矢にしても、いくら強弓で引いたって、あれだけの距離だ、どこかで下に向いて落下を始めるはずなのに、ぐいぐい上昇して、そのあとは水平方向に飛んできて、目的地に達しても、しつこく人間や壁に刺さったりして、最後まで地面に落下することを拒んでいる。

ワイヤーワークの剣戟シーンももちろんそうだ。

ドニー・イェンとリー・リンチェイの雨の中の剣劇の場面、マギー・チャンとチャン・ツイイーが枯葉の中でくるくるまわる場面、トニー・レオンとリー・リンチェイが湖の上で飛ぶ場面、どれでも彼らはなんだか「地面に足がつくと負け」のゲームをしているように見える。

あるいは現代中国には「空中に飛び上がって、降りてこない」という図像に何かはげしい固着を感じる歴史的・文化的な理由があるのかもしれない。

「右肩上がりの経済成長」の象徴かもしれないし、「文化大革命の後遺症」かもしれない。