夜霧世今夜もクロコダイル

Another Crocodile in the night mist: from 1 Jan 2001



1月30日

『ためらいの倫理学』には「しおり文」というものが挟み込まれることになった。

もともと「帯文」に鈴木晶先生がかっこいい推薦文を書いて下さったのであるが、装幀の山本浩二画伯が、装幀のイメージを得るためにゲラを通読したあとに、なんだか一言言いたくなって、長文の「感想文」を書いてくれたのである。その感想文があまりに名文だったので、私と編集の内浦さんは胸を打たれて、これはどこかに使いたいね、ということになって、これを「しおり」に印刷してはさみましょう、ということになった。しかし、それでは少し字数が足りない。そこで、増田聡さんにも一文書いてもらうことにした。

昨日、その増田さんの「推薦文」が届いて、拝読した。

私はこれまでいろいろな人にいろいろな仕方で罵倒されてきたので、どういうふうにけなされるかについてはだいたい心当たりがあるし、心の準備もできているのであるが、書いたものを「ほめられた」ことはあまり(ほとんど)ない。

たしかに、「分かりやすかった」と言うことは何度も言われた。他にもなにかあるかなと思って、しばらくじっと「・・・・」という感じで次の言葉を待っているのだが、たいていはそれで終わってしまうのである。

しかるに、増田さんの推薦文は私の書き物の「思想史的意義」について書かれているのである。

す、すごい。

私のテクストもなんらかの思想史的必然があってこの世に登場したのである。

考えてみれば、当然のことだけど。

増田さんによると、私は「思想の整体師」なのだそうである。「あなたのコリ、ほぐします」というミッションを承けて、私は地上に送られてきたのである。

なんだかうれしい。

これまで「思想のバッタ屋」とか「現代思想のサル化」とか「俗情との結託」とかいろいろ言われてきた(はずな)ので、ほめられると無条件にうれしい。

やっほー。

増田さんありがとう。


1月29日

くらもち・ふさこの『天然コケッコー』が完結した。

るんちゃんに借りて、単行本の8巻から14巻まで読み通す。

いやー。面白い。それに、なんて巧いんだろう。

こういうのって文学でも映画でも表現できない、漫画の独壇場だと思う。

少女マンガの技術の高さと志の高さに感動。

私は少女マンガ好きである。

ご案内の通り、私は人生の重要な知恵の大半を『エースをねらえ』から学んだわけであるが、その他にも山岸涼子、大島弓子、吉田秋生、川原泉、桑田乃梨子などから人生について多くを学ばせていただいた。

なぜ私は「少女マンガ」からは叡智を学び、「少年マンガ」は娯楽として消費して過ごしてきたのか、それについて今日は考えてみたい。

少女マンガの私による定義は「少女(あるいはゲイ・オリエンテッドな少年)が主人公」ということである。(だから『日出ずる処の天子』も『風と木の詩』も『パタリロ』も「少女マンガ」と呼んで構わないのである。)

さて、私が少女マンガ好きであるのは、もちろん主人公に感情移入できるからである。

しかるに、私はゲイではない。

ということは、結論は一つしかない。

そう、私は「少女」だったのである。

まあ、そう驚くことはない。

たしかに私はいまでは翳りある初老の男であるが、それでも少年時代というものはあり、そのころ私は丸顔でころころした可愛い男の子であったのである。

そして、私は女の子が大好きだった。

正確に言うと、「男の子が嫌い」だったのである。

小学校の低学年のころ、私は男の子が嫌いであった。

だって、がさつで鈍感でバカなんだもん。

私は男の子たちの遊びにあまり興味がなかった。(野球は嫌いだったし、防空壕にもぐったり、高い木の上に登ったりするのは恐かった。)

それより、女の子たちとお家の中で人形遊びをしたり、トランプしたり、本を読んだりしているほうがずっと楽しかった。

私はクラスでいちばん可愛い女の子たち四人とすぐに仲良くなって、毎日その女の子たちと手をつないで学校から帰った。

放課後も休みの日もいつでも私は女の子たちに囲まれて過ごしていた。(プルーストみたいだな)

しかし、幸福はながくは続かない。

女の子たちはやがて私を「同類」ではなく、「異性」として見るようになった。(女の子の方が成長が早いんだね。)

そしてある日「ウチダ君は私たちの中で誰がいちばん好きなの?はっきりして」という恐るべき言葉が私に向けられた。

どうして、そのような問いに答えられよう。あのね、ぼくは君たちみんなが好きなんだよ。

だが、それは許されない選択であった。

私はやむなくその中でいちばんおとなしい子を指さした。そしたら、みんなは怒って去っていった。(指さした子も含めてね、もちろん。)

こうして、私の短い「少女時代」は終わってしまったのである。

その後、私はしかたなく「面白味のない優等生」とか「バカ不良高校生」とか「ボンクラ大学生」とか、いろいろのキャラを演じ分けつつ青春を過ごしたわけであるが、「少女だったころ」の胸ときめくような思いは二度と感じられなかったのである。

そして、幾星霜。

いかなる天の配剤か、私は離婚して娘と二人の母子家庭(といって良いでしょう、ウチの場合は)になり、同時に女子大の文学部の教師というものになってしまった。

つまり、朝から晩まで女の子に取り囲まれて、女の子の聴く音楽を聴き、女の子の好きなTVを見て、女の子を相手におしゃべりをしているのである。

これはある種の男性にとっては悪夢であろうが、私にとってはいま蘇る「夢の少女時代」なのである。これぞ「天職」といって過言でないであろう。

それに、私の本質が「少女」である、ということにすると、たしかにいろいろなことのつじつまが合う。

私は競馬競輪パチンコ麻雀ゴルフなどというものをやらない。バーとか待合とかキャバクラとかいうところにも行かない。『週刊文春』とか『フォーカス』とか『ナンバー』と『Navi』とか『日経』とか読まない。オーディオにもパソコンにもバイクにもカメラにも鉄道にも天文学にも興味がない。

その代わり、小説を読んで、美味しいものを食べて、映画を見て、おしゃべりをして、ドライブをして、旅行をして、テラスで昼寝をして、海辺のバーでピナコラーダを飲んで、パーティをやるのが好きである。

初夏の朝などはエプロンをしてベランダの観葉植物に水をやり、ビーチボーイズを聴きながら珈琲をいれて、「ああ、きょうはなんて気持のいいお洗濯日和!」なんて呟いている。

これは「ふつうのおじさん」の好尚とはかなり趣を異にしている。

だから、話は冒頭に戻るのであるが、くらもち・ふさこを読んでいちばんびっくりしたのは、主人公の少女「そよちゃん」の気持が痛いようにぴしぴし伝わってくるということではなくて、「そよちゃん」のボーイフレンドである「大沢君」の気持が「まったく理解できない」ということなのである。

それだけではない。「そよちゃん」のお父さんも、おじいさんも、シゲさんも、宇佐美君も、松田先生も、およそこのマンガに出てくる「ふつうの男たち」たちの一人として私はその思考回路や感情の構造が「読めない」のである。

いや、「こう言われたら、こう反応する」というインプット、アウトプットは分かるのだが「どうして、そういう反応をするのか?」という思考の原理部分は完全にブラックボックスなのである。

その反対に、いかにも理不尽で、非論理的な「田中」や「遠山」といった怪しげな少女たちの頭の中身は私にはもう哀しいほどに「透けて見える」のである。

それはもちろん「マンガの魔力」ということもあるだろう。くらもち・ふさこの「少女造形力」の素晴らしさの効果なのでもあろうが、それにしても。

くらもち・ふさこが素晴らしい漫画家である、という当たり前の結論より、私としては「私は実は少女だった」という仮説の方が面白い。

だって、こっちの方が面白いんだもん!(って、すでに・・・)

うむ,なんだかこれで行けそうな気がしてきた。

今後、「実は私もむかし少女だったんです」ということを続々とカミングアウトするおじさんたちと結託して「元少女おじさん」(EGO=Ex-Girl Ojisan)の会というもの(ネーミングがいいね「エゴの会」)を立ち上げ、フェミニズムの人たちに対して「私たちを『ふつうのおじさん』といっしょにしないで!」と断固たる抗議の声をあげる、というようなことをしてはどうかと思う。


1月27日

合気道部の来年度の幹部をどうするかで江口主将が頭を悩ませている。

部員は30人からいるので人材に不足はないはずなのであるが、新3年生に部員が一人しかおらず、その彼女も忙しくて主将の仕事に耐えられそうもないというのである。

「じゃあ、異例だけれど、四年生から主将を出してもらおうか。人材豊富だし」

と私は気楽に応じたのであるが、どうもそれも無理らしい。

就職活動に忙しくてクラブどころではないからである。

次年度の合気道部は5月に多田宏先生をお招きして「創部十周年記念講習会」というメイン・イベントがあり、その準備で3月4月はいろいろ忙しい。ところが、その春こそ就職活動のハイシーズンであり、新四年生たちはほとんど「三月ウサギ」状態になっているのである。

困ったなあ。

私自身は就職活動というものをしたことがないので、その感じがよく分からない。(教員公募には落ち続けたが、あれは「就職活動」というようなアクティヴな印象のものではない。どちらかといえば「当たりくじのほとんどない宝くじ」を買い続けるような気分のものである。)

本日の朝日新聞によると、就職に関する規制緩和によって、就職活動の早期化と二極化が進んでいるそうである。

早期化というのは、3年生の秋の段階(つまり実際に入社するより一年半も前に)「内々定」が出るようなケース。二極化(デバイド)というのは、例の「勝つものは勝ち続け、負けるものは負け続ける」というフィードバック原理のことである。

つまり、一流大学の卒業生には早々と内定が出る一方、三流大学の卒業生はリクルートスーツの膝に穴があくころになってもまだ決まらず、大企業にはどんどん人が集まるが中小企業にはぜんぜん人が来ないということである。

どちらもどうかと思う。

企業も学生も。

いまさら私が言うまでもないことだが、大学を卒業するのに要する能力と企業人としての社会的能力のあいだにはほとんど相関関係がない。大学が一流であろうと三流であろうと、クライアントやパートナーにとって仕事をするのが楽しい相手というのは要するに「フレンドリー」で「正直」で「公正」な人間である、ということに尽きる。英語がうまいとか、どこぞに「パイプ」があるとか、数字をそらで言えるとか、そういうことはほんとうに末梢的なことにすぎない。

今の世の中で「フレンドリー」で「正直」で「公正」な人間でありうるとしたら、それだけでたいしたものだと私は思う。

そして、どう考えてみても、大学というのはそのような人間的資質を涵養するための教育機関ではない。

だから、大学の偏差値を基準にサラリーマンの適性を判定するというのは、ほんとうに無意味なことだと思う。

大学の偏差値を基準にして企業が新人採用するのを止めたら、ずいぶん日本の教育は「ほっこり」したものになると思う。

「だがね、ウチダ君。大学の偏差値は客観的に測定可能であり、それは当人も先刻ご承知だ。それをもし人間性というようなものを査定の基準にした場合、採用されなかったということは『あんた人間としてダメなんだよ』と判定されたことにはならないかね。不採用という事態に直面したとき、『おれ、勉強しなかったからな、ハハハ』という総括と『おれ、人間的にカスだからな、ハハハ』という総括と、どちらが当人にとってよりダメイジングだろう?」

なるほど。

でも、いいんじゃないの。

むしろ、戦後55年間、日本では「客観的に測定可能」なもの(学歴とか年収とか人種とか門地とか)だけで人を判断してきて、そういうものを一切抜きにした裸の個人をつかまえて、きっぱりと「おまえは人間としてダメなんだよ」という査定をしなさすぎたんじゃないの?

それを避け続けてきたことの結果が、現状なのではないの?

きっぱりと言ってやろうよ。

「おまえは人間としてダメだ」って。

例えば、東京大学法学部を首席で出た兄ちゃんが、どこかの大企業の面接で、人事のおじさんに「あなたさ、勉強できたかもしれんけど、人間として未熟すぎるわ。使いものにならんのよ。幼稚園からやりなおしたら」と説教をかまされる、というようなことが頻発すれば、学生たちももう少し「人間的成長とは何か」について内省するようになるのではないか。

どうせ東大に行くようなタイプであれば、必ずや「では、どうやって人事のおやじを騙して、人間的に深みのある人間に見せるか?」ということを考えるに決まっているし、驚くべきことに、そのようなせこい工夫が人間的成長に資するところは少なくないのである。

誤解しないで欲しいが、私は「人間的に成熟している人間を採用せよ」と言っているのではない。「人間的に成熟しているように『見える』人間を採用せよ」と言っているのである。

「人間的に成熟しているように見せる」のはまるごと知的で技術的な問題であり、努力さえすれば誰にでもできる。

自分の意見をしっかりと述べることができ、他人の意見や感情をきちんと理解できる。あるいは他人との「間合い」をちゃんと取れるというコミュニケーションの基礎が出来ていれば、「人間的成熟」らしきものはオーラのごとくに発信されるものである。

求職者たちが『現代用語の基礎知識』を暗記するより、「人間的に成熟して見える」工夫に時間をかけるほうがよほど世の中は暮らしやすくなると私は思う。

求職者の「ディスカッション」の席で静かな微笑みを浮かべて、落ち着いた声で、ゆっくりと意見を語り、誰かが異論を述べると、にこやかにうなずき、率直に自分の誤りを認め、「いやあご賢察。あなたみたいな方こそ、本社にふさわしい人物ですね。ぼくなんか、とても及びません、ははは」と譲るような人物をこそ優先的に採用するようにしたら、会社はどうなるか。

あるいは重役面接で「ちょっと、申し上げてよろしいですか?御社の営業戦略にはやはり致命的な誤りがあると思います。お気に障るかも知れませんが・・・失礼ながら当方で資料を用意しましたので、それをご覧になりながら、お聞き下さい」なんていう人を「うむ、これだ」と抜擢するようにしたら会社はどうなるか。

あるいは会社の前の横断歩道で老婆がよろよろしていたら「お、そこらへんで人事の担当者が見ているかもしれんぞ」と気を働かせて、「ああ、おばあさん、私が荷物を持ってあげましょう。たいへんですね、どちらまで?ふふふ」などと愛想を振りまいたりするようになるのではないか。

私はそういう想像をしているのである。(ちょっと気持悪いけど)

ともかく、そうでもしないと、永遠の日本の若者は成長する契機に出会えないと私は思う。

というわけで、私は「学歴による差別」には反対である。

しかし、大企業に殺到する学生も相当バカである。

「いま大企業」である企業のうちかなりは私が大学卒業のころは名前も知られていない会社であった。そして、その頃新卒学生を大量採用していた大企業のいくつかは今影も形もない。

昔は鉄鋼や造船やゼネコンにエリートが集まった。そのあとの時代には金融、証券に人が殺到した。そのあとには流通やマスコミに人が集まった。そのあと不動産とリゾート会社が受けまくった時期があり、やがてコンピュータと通信に人が集まった。鉄鋼や造船がどうなったか、ゼネコンがどうなったか不動産会社がどうなったか金融証券がどうなったか、百貨店がどうなったか考えて見れば(「ヒュームの法則」により)「いま大企業である」ということからは、「明日も大企業である」ことを演繹できないことは自明である。

「御社の将来性」を考えて会社を選ぶなら「今、大企業である」ということは、ほとんど「将来性がない」ということと同義である。

例えば、あいかわらずマスコミには数千倍というような倍率で求職者が殺到しているそうであるが、地上波テレビなんてあと5年先に存在するかどうかだって分からないのである。新聞社や出版社だって、あと10年後にいったいどういう形態で生き延びるられるのか、やってる当人たちだって分かってないのである。

もちろん「ある業界が壊滅してゆく現場を砂かぶりで見たい」というのであれば、お好きにどうぞ、というほかないが、「いま華やかな職場みたいだから」という理由で就職先を選んでいるなら、「朝三暮四」のサルと同程度の知性だと疑われても仕方がない。

就職希望の学生に私がいつも言うことがある。それは企業の知名度や資本金と「職場が楽しい」ことのあいだには何の関係もない、ということである。

責任感があって、勤務考課が公正で、仕事のできる上司がいて、愉快な仲間がいれば、どんな単純作業であっても仕事は楽しい。

逆に、無責任で不公平で仕事のできない上司と、感じの悪い同僚に囲まれていれば、どれほど「クリエイティヴ」で「先端的」で「ソフィスティケイトされた」仕事をしていても、ぜんぜん愉しくない。

私がこれまでした仕事の中でいちばん愉しかったものの一つは、アーバン創業期に、バイトの女の子たちとオフィスに座ってせこせこと「英文マニュアルの切り貼り」をしていたときである。

ずっと手は動かしているのだが、頭はほとんど使わない仕事であるので、FMラジオを聴き、ときどき珈琲をのみながらおしゃべりをし、お昼になったら渋谷の街にご飯を食べにでかけ、またラジオを聴きながらおしゃべりをして、午後5時になって仕事が終わるとよくみんなで連れだって芝居やコンサートに出かけた。

まるで知性も独創性も要さない仕事であったが、私は毎日、会社にゆくのが楽しみだった。

「毎日会社にゆくのが楽しみ」であるような仕事を選ぶと楽しいよ。

就職活動をしている人たちに言いたいのは、それだけである。


1月26日

「はげしく学び、はげしく遊ぶ」はわが畏友、レーニン主義経済学者であるところの石川”わるもの”康宏先生の座右の銘であり、私も衷心よりの共感をいだくわけであるが、私の場合はそこに「はげしく説教」が付け加わる。

これは同僚たちが必ずしもその教育事業のうちに優先的な責務として算入しないところの活動である。(私ほど説教の好きな人間はレアである。)

昨日も二時間ほど「はげしく説教」を行った。

精魂尽き果てて家路につきつつ、私のこの活動に注ぐ情熱はいったい何に由来するのかとしばし内省したのである。

愛情や善意からではない。

人が泣いたり苦しんだりしているのを見ても、私はほとんど情緒的な反応をしない。

泣いている人には「ティッシュ」を差し出し、苦しんでいる人に対してはできる範囲で苦しみの原因を除去すべく努力するが、それはどちらかといえば計量的な知性の活動であって、私の魂がその痛みや苦しみに共振しているわけではない。

私が苦しむ人に相対したときに集中する主題は、とりあえず苦しみを軽減する「対症療法」的な処置は何かという短期的な問いと、このように苦しむに至った歴史的・構造的な原因は何かというもう少し長期的な、いずれにせよ非情緒的な問いである。

そう考えると、私の「説教好き」は、「ひとはどのようにして苦境に立ち至り、どのようにしてそこから脱し得るのか」という人間学的な関心につよく惹かれているせいなのではないかと思われる。

私が「困っている人」に対して「慰藉」ではなく「説教」で応接するということは、おそらく私の人間観の根本に「人間は自分の不幸を自分で造形している」という思いこみがあるからだと考えられる。

苦しむ人に向けるもっとも効果的な慰藉の言葉は「この苦しみはあなたの責任ではない」というものである。

それはふつう、「ある邪悪な存在が、あなたの幸福の実現を阻害しているのである」という話型を採用する。

この場合の「邪悪な存在」は、「悪霊」でもいいし「資本主義社会」でもいいし「家父長制」でもいいし「宇宙人」でも、何でもいい。とにかく、ある邪悪にして強力な存在が、あなたの幸福の実現を阻み、あなたを苦しめているのだ、というかたちで本人をその不幸から免責するのが「慰藉の構造」である。

これはレヴィ=ストロースが『野生の思考』の冒頭で紹介している呪術医療の構造と本質的には変わらない。

その対極に「説教の構造」がある。

説教は、「あなたの不幸の原因のかなりの部分はあなた自身が育み、肥大化させたものである」という前提から出発する。

したがって、「説教者」は、あなたの苦境のどこからどこまでが「あなた自身の選択の結果」であり、どこからどこまでが「外的要因によるもの」であるかを腑分けし、「自己責任」部分について、「なんとかしろ」と指示し、「外的要因」部分については「そこから逃げろ」と指示するのである。

それが「説教」である。

不幸を構成するファクターには「何とかなるもの」と「どうにもならないもの」がある。

何とかなるものは何とかし、どうにもならないものはほおっておく。

すごく単純である。

すべてを外部要因におしつけて当人を免責する慰藉は甘い言葉でひとを無力にする。

同じように、すべてを自己責任に帰すような説明(「ぜんぶおまえが悪いんだ」)にもまた人は耐えることができない。

というわけで私は困っている人に向き合うと、ただちに「説教モード」に入ってしまうのである。

もちろん世の中の人の多くは説教より慰藉が好きである。

私は、自分の苦痛については、もちろん説教よりも慰藉を優先する。当然である。

もし非常につらいめにあったときに私自身はぜったいウチダにだけは会いに行かない。

だから、非常につらいめにあっているときに私に会いに来て、死ぬほど説教されてぼろぼろになったとしても、それはその人の「自己責任」であって断じて私のせいではない。


1月25日

試験も今日でおしまい。明日から、とりあえずワタシ的には「春休み」である。

やほー。

「大学の先生って、いい商売ですね」とよく言われるが、ご指摘の通りである。

休みは多いし、上司はいないし、ジーパンにセーターで講義をしても表だって文句を言う人はいない。

それどころか休講すると学生たちは「わーい」と喜んでくれるのである。仕事を休んで感謝される商売というのを私は他に知らない。

それを「しあわせな人生だね、あんた」とうらやむ人もいるだろうし、「人間としてちょっと恥ずかしくはないかね、君」と憤る人もいるだろう。

たしかにこういう環境は深みのある人格を涵養するためにはあまり効果的ではない。それは認めざるを得ない。

人間的向上心をもつひとにはお薦めできない職業である。

私は「ボンクラ」論で開陳したとおり、上昇志向はあるが向上心がない人間であるので、その点については問題がない。

もともと私は本を読むことと原稿を書くことに、この世のどのような活動よりも深い快楽を覚えるタイプの人間であった。それに加えて、いまでは専門領域を「映画論」と「武道論」にまで広げてしまったので、映画を見ることも、お稽古をすることも、すべて堂々たる「研究活動」なってしまった。

つまり寝ているときとご飯を食べているときと家事をしているとき以外のほとんどすべての時間は「研究と教育」のために費やされているわけである。

まして、この春休みからは晴れて「主夫」廃業となる。家事さえしないのである。たぶんご飯もときどきしか食べないことになるだろう。となると、寝ている時間以外はすべて仕事をしていることになる。

だから「もう春休みですって?ひまでいいですね」などと言うのはいささか厳密さを欠いた発言と言わざるを得ないであろう。

この春休みにはレヴィナス論を仕上げなくてはならない。

レヴィナス論を書くことは私の喜びとするところであるのだが、そのためにはいろいろな人の書いたレヴィナス論を読まないといけないのがめんどうである。(読まずにすませたいのであるが、私がこれから書こうと思っていることを誰かが先に書いていたら恥ずかしいから、いちおう「チェック」を入れておかないといけないのである。)

でも人の書いたレヴィナス論はどうもあんまり面白くない。

どれも、レヴィナス先生がなんだかすごく難解なことを説いているような書き方がしてある。

あまり高尚にして難解な哲学は、ふつうの人たちは敬して読まない。(私だって読みたくない)

しかし、ひとにぎり専門家たちにしか理解が及ばないとされるのは哲学者にとって決して幸福なことではあるまい。

お会いしてびっくりしたのは、レヴィナス先生がものすごい「おしゃべり」だったことである。

私がぽかんと口を開けているのも構わず、3時間くらいノンストップで、ばんばんとその思想を全面展開して下さった。

先生は「韜晦」というようなものと無縁の方であると私は思う。

あのような言葉でしゃべる必要があると信じていたからこそ先生はしゃべったのであり、その宛先が他ならぬ私であったということは、私のようなボンクラが早急に理解する必要がある思想を先生は語られていた、ということである。

だとすれば、日本中のボンクラ諸君とともにレヴィナス先生のお教えを共有することこそ私の責務であるのではないか。

というわけで万国のボンクラ諸君、刮目して待つべし。


1月24日

おとぼけ映画批評」更新しました。

最近見た映画は『ペッカー』『時をかける少女』『グリーンマイル』『ワイルド・ワイルド・ウェスト』『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』『ブギー・ナイツ』。『ペッカー』と『ブギー・ナイツ』が断然オススメですね。

植木等の無責任シリーズ全巻揃えたいんだけど、年度末のどさくさにまぎれてこんなの大量注文したら予算委員から白眼視されるかな。志ん生の落語全集のCDも買おうと思っているんだけれど、これはさすがに研究費で買うわけにはゆかない。

でもどうして小津安二郎全集のLDは胸はって買えるのに、志ん生のCDだと、そうはいかないんだろう。変だね。

どうして、『グリーンマイル』のDVDは堂々と公費で買えるのに『ドラゴン怒りの鉄拳』のDVDはこそこそと私費で購入してAVセンターに寄付する、というようなせこい態度をとるのであろうか。

「みんなも見てね」という私の映画への愛にはいささかの違いもないのに。

芸術にスノッブなヒエラルヒーを持ち込んでいるのは私自身ではないのか。


1月19日

大学の一般入試の志願者数の中間報告があった。

私の属する総合文化学科は前年なみ。英文学科は急増。音楽と環境がやや不振、という数値が報告された。

本学では、今年から公募推薦が一部で導入され、予想外の志願者が来てくれた。従来の指定校推薦入試も内部推薦も順調に終わった。つまり、推薦枠で前年度よりかなり多くの学生を確保ずみなのである。その上で、一般入試の志願者数が「前年度なみ」というのは、18歳人口が年々激減しているという全体の状況を勘案すると、「すごくいい」ということである。

この成果は一に保守的な本学の体質と悪戦しつつ、入試改革を断行した教職員のみなさんの功績に帰すべきだろう。

しかし、単純な入試機会の拡大ということはどこの大学でもやっていることであり、この成果が出た理由はそれだけではないと私は思う。

英文科の志願者増の理由は誰にでも分かる。「グローバル・コミュニケーション」という新コースを立ち上げて、それがマーケットに好感されたのである。

「国際政治や国際経済や国際交流といった領域でのクオリティの高いパフォーマーを育成する(ことができるかどうかしらないけれど、いちおう目標は)専攻」の創設が提言されたのはいまをさかのぼる9年前のことである。

当時、私はその提言を現実化するための小委員会の委員であった。新学科を開設するだけの財政的基盤がない状態では、英文学科、総合文化学科が「相互乗り入れ」するような新しい教育スタイルを工夫するほかないだろうという委員会の答申のほとんどは、二年がかりの議論の末に廃案となった。そして「とりあえず、何もしない」ということに落ち着いたのである。(やれやれ)

9年後とはいえ、その構想の一部が現実化したことについてはすなおに喜びたい。今回マーケットが寄せてくれた「ご祝儀」倍率をぜひ来年以降も維持したいものである。

全体的に見れば、2001年段階でこの水準ということは、「F」ランク(誰でも受験すれば合格)の学科が続出している阪神間の女子大のなかでは「大健闘」と言ってよい。

ご存じでないかたがいるかもしれないが、マーケットの動向は「ポジティヴ・フィードバック=収穫逓増」法則に支配されている。

「ポジティヴ・フィードバック」というのは「勝つものはどんどん勝ち、金持ちはどんどん金持ちになる」という傾向のことである。

古くはVHSとベータの競合のとき、(性能では上回る、とされていた)ベータが市場から駆逐されたのがその適例である。

VHSがマーケットを制覇できたのは、VHS方式を採用する電器メーカーの数がほんのすこしだけ多かったからである。そして、その「ほんのわずか」の差が決定的な差に拡大するまで長い時間はかからなかった。

まず映像ソフトを提供する側がその「わずかな差」にこだわった。

「じゃあさ、とりあえずVHS版出して、そのあとにベータ版も出そか」ということになる。

ここで増幅された差は、貸しビデオ屋における「ビデオ借りに行ったら、そのタイトルはVHS版だけで、ベータ版がなかった」確率の高さにダイレクトに反映する。

一度そういう目にあった消費者は、「じゃあ、今度新しいビデオデッキ買うときは、とりあえずVHSにしとこか」というふうに考えるようになる。

このとき、「次はVHSに買い換えよう」派と「次もベータを買い続けるぞ」派の比率は、「いまVHS持ってる」派と「いまベータ持ってる」派の比率ともはや同じではない。

そのようにして、あれよあれよという間に貸しビデオ屋から「ベータ専用コーナー」が消えて、やがてAV機器売場からもベータの姿は消えたのである。

「ポジティヴ・フィードバック」では、わずかな入力の差が劇的な出力の差に結果する。

大学の競合もこれと同じだと私は思う。

うちの大学と近隣の女子大学のあいだでは、教育サービスの内容できわだった差異はない。(と思いたい。)

うちのプラス・ポイントはとりあえず「老舗です」と「キャンパスが綺麗です」と「卒業生に賢い人が多かった(最近は・・・?)」いうあたりである。

しかし、そのようなものでもマーケットにおいて「関与的な差」として機能する可能性はある。

つまり、近隣の大学と「同程度の」教育サービスさえ提供していれば、クライアントは「どうせ同じような大学なら、ちょっとだけプラスの多い」方にしようと(合理的に)思考するのである。

例えば、甲南大学は「岡本に特急が停車する」ことになって志願者が急増した。

「どれを選んでもそれほど変わらない」大学が競合している場合は、そのような差異でさえすぐれて関与的なのである。

他の点が同じであれば、「ちょっとだけいい」方の「ちょっとだけのアドバンテージ」は、短期的に「有意なアドバンテージ」に化す。

私の見るところ、本学はいま「ポジティヴ・フィードバック」のとばぐちに指一本をかけている。ここでリードを維持できれば、ある段階で一気に競合大学に水をあけることができる。

だから現段階における本学の急務は「近隣の他大学と差別化をはかること」というよりむしろ、「近隣の他大学と比べて見劣りしない教育サービスを提供すること」である、と私は思う。

「いや、大学の建学の精神を生かして、どうやって他の大学と差別化をはかるかにこそ大学の存在理由はあるのではないか」と反論するひともいるだろう。

それは正論である。

だが、私の見るところ、「神戸女学院大学独自の教育」を標榜する人たちの多くは、「近隣の他大学にはあって、本学には欠落している教育サービス」のキャッチアップにはあまり関心がない。

「ほかとおなじことやっても仕方がないでしょう。うちのいいところをアピールしなければ」

いや、おっしゃるとおりである。

しかし、そのようなアピールは「ほかとおなじこと」が整っている場合にのみ「アピーリング」なのである。

学生が大学を選ぶ基準は「教育理念の高さ」ではなく、「教育サービスの高さ」である。

学生に選ばれない大学に「独自の教育」を実施するチャンスはない。

学生の来ないキャンパスに教育はない。

まず、そのようなマーケティングの基本から確認してゆく必要がある。

教育サービスのクオリティの「低さ」を建学の精神の「高さ」でカバーする、という発想は高校生にはおそらく理解されないだろう。 


1月19日

ああ、忙しい。今日締め切りの書評をようやく書き終えて、ファックスで「読書人」に送る。本は有田英也さんの『ふたつのナショナリズム』(みすず書房)

よい本である。

フランス革命から第一次世界大戦までのフランス・ユダヤ人社会の推移を追った思想史研究であるが、単なる通史的記述にとどまらず、「特異な宗教的、民族的個性をもった民族集団が、均質的な国民国家にどのようにして統合されてゆくか」というアクチュアルな難問に対する答えを著者自身が切実に求めている、その熱意が伝わってくる。

19世紀のフランスでは、フランス革命の結果出現した「均質的・標準的」な国家(ゲゼルシャフト)と、さまざまな社会階級、地方、宗教、エスニシティといった「中間的」な共同体(ゲマインシャフト)、そして個人的な欲望実現のために活動する私人が、公-共-私の三極構造体をなしていた。

ユダヤ共同体というエスニック・フループは公と私のあいだに介在する中間的共同体である。その機能は、私人を相互扶助組織のうちに保護して、その人権を守り、国家が強制する標準化・公民化への抵抗線として機能することにある。

一方、フランス国家は、エスニックな共同体がその宗教的・文化的なドクサを成員に強制して過度に自閉的になることを阻止し、私人がダイレクトに公共的空間で自己実現できるような解放の回路を保証する。

この公と共の相互規制によって、私人の権利はいわば二重に保証されるわけである。

具体的な例をあげて考えてみよう。

たとえば、私が日本を抜け出してフランスに移民し、パリの「日本人共同体」のメンバーになったとする。

その共同体のメンバーになると、私は「お正月」や「お節句」のような季節行事を同胞たちと守ったり、「カルチエ・ラタン神社」にお参りをしたり、「マドレーヌ能楽クラブ」で民族的な伝統芸能を学んだり、「フランス語ができない日本人移民のための会話教室」に通ったりすることができるし、「回転寿司・みかげ屋」を起業するに際しては同胞の資本家から資金供与を受けることもできる。

これらは、私が新たな祖国へ「軟着陸」することを可能にしてくれる貴重なサービスであり、かりに私が誰の助けも借りずに単身でフランス社会に同化しようとするときの苦労を思うと、まことにありがたいものである。

その一方で、共同体メンバーであることにはいろいろな面倒もある。

やれ、ウチダは「正月なのに注連飾りをしてない」とか「神社でお賽銭をあげなかった」とか「日本から来た森首相の邦人歓迎会に欠席した」とか「大和撫子ではなくフランス娘(ミッシェルね)とつきあっている」などなどとこうるさいこという隣人に囲まれているからである。

がまんの限界にきた私が「もう、うんざりだ。おれは日本からの移民であるよりもまず第一にフランス人である。『回転寿司みかげ屋』は『スシ・バール・コート・ド・チヌノウミ』に名称変更。ついでに改名してジャン=ピエールと名乗り、ミッシェルと結婚して、宗旨もカトリックに変更するぞ」というような場合、そのような私の信仰の自由、移動の自由、職業選択の自由などもろもろの基本的人権はフランス国家がこれを保証してくれて、共同体の介入を許さない。

なんだか具体例をあげたらよけいにわかりにくくなってしまったが、要するに共同体と国家がおたがいに領分を侵さないようにして、牽制しあっていると、私人はそのあいだをうまくバランスをとっていろいろな利益を共同体と国家の両方から引き出すことができるのである。

これを洗練させたのが「フランコ・ユダイスム」というシステムである。

ここではさらに「ユダヤ人共同体」の宗教的使命(メシアの来臨による地上的な正義の成就)とフランス革命の理想(人間が自由で威信ある生き方をできるための社会つくり)がわりと強引に重ね合わされ、「よきユダヤ人であること」がそのまま「よきフランス国民であること」とイコールであるように、ユダヤ共同体のエートスそのものが改鋳されたのである。

この公-共-私の三極構造体の理想は、実際にはドレフュス事件と第一次世界大戦時の国民国家のナショナリズムの高揚によって吹き飛ばされてしまうのであるが、著者の有田さんは、歴史的には短命だったこの脆弱な思想的構築物のうちに、日本社会の未来を望見するある種の可能性を見出しているように思われる。

それはエスニックグループの自律性を国民国家の均質性や標準性よりも優先するエスニック・ナショナリズムでもなく、「単一民族単一国家」という幻想をうたいあげる国民的ナショナリズムでもなく、その「手前」にあるものだ。

自律するエスニックグループと普遍性を標榜する国家が相互に干渉し合い、牽制し合い、私人の判断や行動において、一方の影響だけが支配的になることが結果的に防がれているような、デリケートな社会体制。

複数のファクターの「バランス」のうちに社会の健全さはある、という有田さんの発想に私は共感を覚える。

私は国家主義にも多文化主義にもどちらにも反対である。

エスニック・グループという中間組織に対するレスペクトを欠いた国民国家は、もはや効果的に身を守る抵抗線を持たない個人を巨大な「標準化メカニズム」のなかで粉々にすりつぶしてしまうだろう。そればかりか、国内に「異物」を認めない思考様式は、国外にも異物を認めない帝国主義的な排外主義に容易に転化するだろう。

国民国家という擬制に対するレスペクトを欠いたエスニック・アイデンティティの要求は、それが「ドミナントなエスニック・グループ」に対する異議申し立てであるあいだは相対的な健全さを維持しているが、排外主義的な民族本質論のしっぽをひきずっている限り、思想そのものとしては致命的な瑕疵があるだろう。(「ドミナントなエスニック・グループ」に対して「棄てろ」と要求しているエトノサントリスムをみずからには許しているからである。)

国家と国家内のエスニック・グループは相互に牽制し合うことによってのみ健全に機能しうる。

あらゆる社会システムはマイナス面をもつ。瑕疵なき社会システムというものは存在しない。だから、そんなものを求めてはならないのである。

国家には国家の悪があり、エスニック・グループにはエスニック・グループの悪がある。だから、その悪を何とか相殺することにしか私人の自由が保たれる領域を確保する方途はないのである。

私たちは社会システムについては、そのマイナス面がもたらす被害をどうやったら最小限に押さえ込むことができるか、という計量的な論点にのみ関心を限定すべきである。

「どうすればすばらしい社会ができるか?」というような論の立て方は、立て方そのものが間違っている。

「どうすれば、社会の中にある暴力的で不条理なファクターの影響を抑制することができるか?」というふうに論を立てるべきなのだ。

これは法的な発想である。

法律は「善行を積んだ人々に報償を与えて世の中をよくする」ためのシステムではなく、「悪行を行った人々のもたらす被害をくい止め、世の中をこれ以上悪くしない」ためのシステムである。

社会理論はすべからく法的発想に基づいて語り出されるべきであると私は思う。

そして「あるべき社会」について語るときは、有田さんがそうであるように、小さな声で、自信なげに、相手の顔色をうかがいながら語るのが「おとなのマナー」である、と私は思う。

し、しまった。書評を一本書いたあとに、また一本書いてしまった。

これでは仕事をいくらやっても暇にならないはずである。


1月16日

大学院の演習の最終回。

「日本文化論・論」と銘打って始めた授業。当初の予定ではリアルタイムの日本文化論から読み始めて、時間を遡行して、ルース・ベネディクトの『菊と刀』で締めるはずだったのだが、そこまでたどりつかないうちに時間切れとなってしまった。

最後の本は土居健郎の『「甘え」の構造』(1969)。

「いまさら、『甘えの構造』ですか?」と驚く方がいるかもしれないが、世に名著といわれるものは、いつ読んでも得るところが多いからよいのである。

土居の言う「甘え」とは、「場の親密性をすべてに優先させるような関係のつくりかた」のことである。土居はそれを日本社会が継承してきた一種の「生活の知恵」というふうに肯定的にとらえている。

私も土居とだいたい同じ意見である。

「場の親密性」をすべてに優先させる関係のつくり方は社会的な機能としてはなかなかすぐれている、と私は考えている。

なぜか。

原則的な話をしよう。

ルーレットで、つねに同じ番号にチップを置く人は、確率的には、いつか必ず当てる。

毎回ランダムに番号を変える人は、永遠に外し続ける可能性がある。

(これは麻雀をやっているとよくわかる。競馬でも同じかも知れない。)

(注:と書いたら、読者の方から「ルーレットの場合は違います」というご指摘を頂いた。どちらも同じ確率なのだそうである。そ、そうだったのか。知らなかった・・・・ということは、ジャンケンでいつも「ぐー」を出す人は永遠に負け続けるということか・・・それは当たり前か。要するに私は確率のことがまるで分かってないということですね。失礼しました。高校にちゃんと行っとけばよかった。)

「プリンシプルを持っている」ということは、どのような場合でも「プリンシプルを持っていない」ことよりも、有利である。

迷路に紛れ込んだ場合は、右手(あるいは左手)を壁から離さないように進めば、(どれほど時間がかかっても)必ず出口にたどりつくのと同じである。

「場の親密性」を最優先する人間には迷いがない。

「節義」でも「忠君」でも「男女の愛」でも「師恩」でも、私と(とりあえず一番近しい)誰かとの「あいだのつながり」が何よりも重要である、と思い定めた人間は腰がふらつかない。

「忠たらんと欲すれば孝ならず」とか「義理と人情をはかりにかけりゃ」とか「あちらを立てればこちらが立たず」とか、腰が決まらずにふらふらしていると、「期間限定的」なオプションの場合は、時間切れゲームオーバーということになる。

『エイリアン2』においてリプリーが最終的に勝利するのは、逡巡なく「娘」の救出に向かったからである。

「『娘』を助けにいったものだろうか、それともわが身の安全をはかったものだろうか、偵察隊としての軍事的任務を全うすべきだろうか、エイリアンの殲滅を最優先すべきだろうか、負傷者たちの介護をまずなすべきだろうか・・・」とリプリーが思い悩んだら、ゲームオーバーである。

選択肢が複数あり、そのいずれもが緊急であり、いずれにも妥当性があるような場合には、「ためらわない人間」の方が「ためらう人間」より生き残るチャンスが高い。少なくともストレスは少ない。

また、「甘える」人間はつねに「場の親密性」を最優先するのであるから、どのような状況においても、その判断と行動が予測可能である。

そして、「予測可能」な人とは(集団的な水準で言うと)「統制可能」な人ということである。

真に反社会的な人間というのは、その行動が余人には予測困難な人間のことである。(スターリンやヒトラーや金正日はあきらかに「反社会的な人間」であると私は思う。)

総じて、「その行動が予測可能な人間」は、「その行動が予測困難な人間」よりも、集団の運営にとって無害である。

人間は、どのようなプリンシプルに基づいて生きてもよい、と私は考えている。そのプリンシプルが明快でありさえすれば、そのような人間は他者から見て「交渉可能」「統制可能」だからである。

みずからを他者に向けてあえて「統制可能態」として曝露すること、それを私は「コミュニカティヴな態度」と呼ぶ。

そう言いたければ「愛」と呼んだって構わない。

「私って、ほら、こんなに分かりやすいでしょ?何考えてるかすぐ分かるし、次に何をするか予測できるし。だからその気になれば好きなように引きずり回せるでしょ?」

というふうに他者に向けて我が身を「統制可能態」において差し出す人間を私は社会性の高い人間である、と見なしている。

たとえばヤクザというのは、見るからにヤクザらしい格好をしている。

「私はヤクザですから、カタギのひとはあまりお近づきになったりしないようにご注意下さい」というふうに危険信号を発信して、人々が回避行動をする余裕を与えつつ街角を徘徊する、というのはかなりコミュニカティヴな態度である、と私は思う。

電通の営業マンみたいな格好のヤクザとか、大学の教師みたいな言葉遣いのヤクザがいたら、困る。不用意に足を踏んだりする可能性が高くて、たいへんに危険である。

森首相は石川県の「県益」を最優先して政策決定をしていると朝日新聞は報道していた。

これは為政者としては困ったことであるが、よい点もある。

というのは「石川県との場の親密性」を最優先する、というその「甘えた」政治姿勢のおかげで彼の政治的行動はほぼ完全に予測可能だからである。

株価の低迷も、円の急落も、経済の不振も、すべて「予見可能」であり、そして、「予見可能」であるということは、「回避可能」でもあるということである。

それゆえ、メディアの批判的論調にもかかわらず、日本の政治の未来に「不透明性」を感じて怯えている人はいない。(あまりに「透明」なので、うんざりしているだけである。)

これは逆説的な意味で「政治の安定」「通貨の安定」「体制の安定」と言えるのではないか。

私がいいたいのは、どうすれば人間はよりcommunicative でありうるか、(言いかえればsociable でありうるか)という問いを社会行動における優先的な関心事とするような人間のことを「甘えた人間」と呼ぶのであれば、「甘えた人間」は「社会人」としてなかなか適格性が高い、ということである。

ただ付け加えて言うならば、私の見るところ、「甘え」にはグラデーションがあって、「幼児的・全方位的な甘え」から始まって「人見知り的・選択的な甘え」、「功利的・政治的甘え」と程度が進んで行くように思われる。

私は現在(集団全体を統制するために個々の場の親密性を最大限利用することを目指す)「功利的・政治的甘え」の段階にいる。(これは60年代に「ブント的組織戦術」と呼ばれたものに酷似している。「それでね、革命党の地下軍事組織をどう編制するかという問題なんだけどさ。ま、いいからそれぐっと干してよ。おばちゃん!あと生三つと厚揚げと煮込み大盛りね。でさ、ここはガンといきたいわけよ。おれらとしては、ガンと。で、君を男と見込んで頼みがあるんだけどさ・・・」)

今後はこの境域を脱し、さらに精進を重ねて、「万象帰一・自他一如」の究極の甘えの境地(これはボケ老人のありように酷似している)にたどりつきたいものだと思っている。


1月15日

今日は卒論提出日である。

うちのゼミでは11名が卒論を書いている。それぞれの決定稿を提出前に読む。

日曜一日使って卒論9名分を読んだら、ちょっと疲れた。

論文そのもののレヴェルはみんな平均以上である。中には非常に優れたものもある。

世の中には「言っていることがすらすらよく分かる」論文と、「よくよく読み込まないと、何を言っているのか分からない」論文がある。

「すらすら論文」では、そのひとの言葉とその人の思考がかみ合っている。

「思い」がその人の体感に近い「言葉」を見出していると、文章は読みやすい。

「思い」と「言葉」が乖離していると、どれほど思想が深遠でも、どれほど言葉が巧みでも,言葉は届かない。

竹内敏晴さんは「声が届く」かどうかは声の強弱とは関係ないと書いている。

どんなに声の大きい人に呼びかけられても「声が届かない」ということがある。逆に、どんなにかすかな声でも「声が届く」ことがある。

それは「伝えたい」という思いの強さが声に「響き」を与えるからなのである。

るんちゃんが小さい頃、真夜中に発熱したことがある。そのとき、かすれ声で小さく「お父さん」とつぶやいただけで、私は二枚の扉越しにそれを聞きつけて跳ね起きた。どれほどかぼそい声であっても、その声が切実に私を求めているのであれば、その声は私を熟睡からたたき起こすほどの「轟音」として耳に届くのである。

どんな人でも、切実に伝えたい思いがあれば、その言葉は「響き」をたたえる。

今年の卒業論文の中にもいくつか「響き」のよいものがあった。

書いている人が読み手に対して「分かって欲しい」という切実な気持ちをもって書いているかぎり、かならず文章は「響き」を帯びる。

それが「すらすら読める論文」である。

学生諸君にぜひ知っておいて欲しいのは、「何を語るか」ではなく「どのように語るか」の方がずっとずっと大事なことだ、ということである。

「語られた言葉」よりも「語り口」の方に、より多くの情報が含まれている。

オードリー・ヘプバーンとケイリー・グラント主演の『シャレード』というサスペンス・コメディがある。

死者の残した財宝の行方を探す物語である。

「死者はどこにだいじなものを隠したのか?」というふうに問いを立てるものは宝を見つけることができない。

「死者は誰にだいじなものを託したかったのか?」というふうに問いを立てたものが宝を見つける。

「メッセージは何か」ではなく、「メッセージは誰に宛てられているのか」の方が、「何が隠されているか」ではなく「誰に向けて発信されている」の方がより根元的な問いなのだ、ということをこの映画は教えてくれる。

来年論文を書く学生諸君もよくこのことを念頭において欲しい。

「私はこの論文を誰に宛てて書いているのか?」

この問いを念頭においていれば、踏み迷ったときに、それが正しい航路を示してくれる灯台になると私は思う。

ほら、分かりやすいでしょ。

このメッセージは「現3年生のゼミ生諸君に宛てて」書かれている「論文の書き方ガイド」なんだけれど、宛先がはっきりしていると、宛先以外の人が読んでも「すらすら」分かるのだよ。ね?


1月14日

昨日は神道夢想流杖道正道会の入門式。

門弟録に筆で記名して、師弟かための盃を交わし、神前に礼、という古式ゆかしい儀式が滞りなく行われた。

昨今の武道で古流伝授に際してここまできちんとやるのは珍しい。鬼木先生の意気込みに一同襟を正し、稽古に精励する誓いを新たにする。

しかし、式後「直会」に及ぶや、それまでの粛然とした雰囲気は会員たち宿業の「宴会体質」によってたちまちのうちに掻き消されたのであった。

あるものは笑いさんざめき、あるものはすき焼きを貪り食い、あるものはワインを鯨飲し、あるものは説教をかまし、あるものはゲロを吐き、鬼木家の静かなたたずまいはたちまち阿鼻叫喚絵図と化したのである。

鬼木先生、ご一家のみなさまのご歓待に甘えて、どうもお騒がせ致してすみませんでした。深くお詫び申し上げます。

しかし、そのあとも、酔っぱらいたちは武庫之荘駅頭においても、さらに狼藉の限りを尽くし、ゆきずりのカップルにからみ、線路をはさんで叫び合い、車中ではアイスクリームを食べ散らかし、ひとびとの白眼視を浴びたのである。

粛々と稽古に打ち込む姿と、アナーキーな酔っぱらいぶり、彼女たちのこの二面性はいったい何に由来するのであろうか・・・と思い悩むまでもなく、彼女たちはみんな私に似てしまったのであった。すまない。


1月12日

研究者に必要な資質とは何か、ということをときどき進学志望の学生さんに訊ねられる。

お答えしよう。

それは「非人情」である。

それについてちょっとお話ししたい。

大学院に在籍していたり、オーバードクターであったり、任期制の助手であったり、非常勤のかけもちで暮らしていたりする「不安定な」身分の若い研究者たちにとっていちばん必要な知的資質はその「不安定さ」を「まるで気にしないで笑って暮らせる」能力である。

ご存じの通り、大学はいま「冬の時代」であり、大学が潰れて、生首を切られて路頭に迷う大学教師があと数年で珍しくなくなると予想されている。その時代に他人をおしのけて研究職に就くことは想像を絶する至難のわざである。この先、おそらくいま博士号をもっている人たちのうちの半分も定職にはつけないだろう。

そのような時代においてあえてこの道を選ぶ以上、それは「生涯定職なし、四畳半暮らし、主食はカップ麺」というようなライフスタイルであっても「ま、いいすよ。おれ、勉強好きだし。好きなだけ本読んで、原稿書いてられるなら」と笑えるような精神の持ち主であることが必要である。

たとえ才能があっても評価されず、すぐれた業績をあげてもふさわしいポストが提供されない、という「不条理」に若手の研究者の過半はこののち耐えなければならない。

もちろん普通の人はこんな「不条理」には耐えられないし、耐える必要もない。

能力に対して適正な評価がなされ、働いた労力に見合う対価が得られる職業は探せばいくらでもある。「不条理」はいやだという人はそういう「条理のとおる」世界で生きる方がいい。

この「不条理な世界」を平気で生きられるのは、二種類しかいない。

(1)この世界以外ではまったく「つぶしがきかない」人。

(2)自分がいま研究していることに夢中で、毎日が楽しくて仕方がない人。

いまの大学の教師の70%は(1)であり、20%が(2)である。(あとの10%は「どうみても営業マンとかバーのマスターとか政治家とかの方が向いているのに大学の教師なんかやっている「変わりもん」である。)

それ以外の人はこの業界には向かない。「条理の通る世界」に進む方がいい。

私が研究者の資質として必要であると思うのは(2)のような精神構造である。

それを私は「非人情」と呼んでいる。

「非人情」は「不人情」とは違う。

「不人情」は、他人の「人情」(他人が自分をどう思っているか、自分は何を期待されているのか、自分がどうふるまうべきか)が分かった上で、それを無視する人間のことである。

「非人情」とは他人の「人情」というものをそもそも自分の行動決定における初期条件にカウントしない人間のことである。他人が自分をどう思っているかというようなことは、はなから「非人情」な人間の思考の主題にならないのである。

「非人情」の人間の場合、「私はこうしたい、これが知りたい、これを語りたい」という強烈な欲望だけがあって、他の人が自分に何を期待しているか、その結果を他人がどう評価するか、自分の言動が他の人にどういう影響を与えるか、というようなことはほとんど念頭にのぼらない。

「不人情」な人間も「非人情」な人間も他人を配慮しないことに変わりはないが、「非人情」な人間は必ずしもつねに他人に害をなすわけではない。(「世界中の困っている人を救おう」というような途方もないことを考えるのは、たいてい「非人情な人間」である。)

友達が窮迫してお金を借りに来たときに、それを断って定期預金にするような人間は「不人情」である。

友達に同情して有り金ぜんぶ貸しておいて、家では妻子がお腹を減らして待っていることをころっと忘れてしまうような人間は「非人情」である。

違いがお分かりだろうか。

つまり、パースペクティヴが「めちゃくちゃ狭い」状態と「めちゃくちゃ広い」状態を痙攣的に行き来するために、適正なパースペクティヴ-家族とか地域社会とか業界とか、要するに「人情」が規範的であるような境域-にたいする配慮が構造的に欠落している人を「非人情」と呼ぶのである。

で、私が思うに、研究者に限らず、独りで何かをやろうとする人に必要な資質はこの「非人情」である。

私の知る限り、楽しそうに仕事をしている研究者や芸術家やアントレプレナーはみなさん折り紙つきの「非人情もの」である。

非人情でなければ「不条理」に耐えてなおかつハッピーに生きて行くことはできない。

四畳半でカップ麺を啜りながら、自分の原稿を読み返して「おいおい、おれって天才か?勘弁してくれよ。そういえば、心なしかおいらを祝福するように空がやけに青いぜ」と暖かい笑みを浮かべることができるようなタイプの人間だけが今の時代に幸福に生きることができる研究者だろうと私は思う。

大学院進学を予定している学生さんたちは自省して、自分がどれほど「非人情」であるかをよくよくチェックすることをお薦めしたい。


1月11日

あああ、忙しい。

正月にさぼっていろいろな用事を残しておいたのが災いして、「まだやってない用事」をすませるより先に「すぐにやってくれ」という仕事がどんどんどんどんやってきて、身動きならない。

今日は午前中で終わりなので、雑用だけおえて、さっさと帰ろうと思っていたら、次から次へと学生さんたちがやってくる。卒論の相談が二件、修論の相談が二件、クラブの相談が一件、演習の相談が一件。そのあいだに期末試験の問題を二種類作成し、来週の大学院の資料をコピー。予定では、紀要の校正と、冬弓舎の三校を今日の午後終わらせるはずだったが、一行も読めなかった。

もう日が暮れてきた。

家に帰って「にこにこ仮面」をかぶって主婦をしなければならない。

今日の晩ご飯は何にしようかな。


1月10日

とうとう学校が始まってしまった。

学生さんたちを相手にして授業をすることは私にとってはたいへんに楽しいことであって、いささかも苦痛ではないのであるが、ルーティンが始まると、それ以外の仕事はぜんぜんできなくなるのがちょっとつらい。

そのわずかな時間を按配して、レヴィナス論をどうあっても4月までに脱稿しなければならない。(じゃないと、博士後期課程の文部省認可申請に間に合わない。)そういう世俗的な動機で論文を仕上げてしまうのはあまりよいことではないけれど、そうでもしないと永遠に終わりそうもない。

いずれにせよ、私のすでにひろく人の知るところとなっているバカ頭の中身をあらためて満天下にさらすというだけのことなのであるので、それによって私の学術的な業績についての評価が一気に下がるとか、人々の私に向ける視線がさらにとげとげしくなる、ということは(すでに十分に「とげとげしい」ので)ありえない、という点が気楽である。

最近、つぎつぎとレヴィナス論が出版されている。(私もひとつ翻訳した。)

理由のひとつには、レヴィナス老師の思想史的なポジションが判明になってきて、「アプローチしやすく」なったということもあるだろう。それはたしかによいことであるのだが、そのようにして老師の知見が「教科書化」されて、オリジナル・テクストを読まないままに「理解」されてしまうことはあまりよいことではない。

レヴィナスは読み手が身銭を切って読まないとその真の相貌を現さない。

逆に言えば、レヴィナス老師の本を必死になって読むと、誰でもレヴィナスについて論文が書きたくなる。

この不思議な現象をコリン・デイヴィスは「レヴィナス効果」と名付けた。

読む人は、レヴィナス老師が「自分にだけ世界の成り立ちについてこっそり教えてくれている」ような幸福な錯覚にとらわれてしまうのである。(こういうインティメイトな感覚を与えてくれる書き手は作家を含めて希有である。)

だから、私のレヴィナス論は「私のレヴィナス」論(「私はいかにしてレヴィナス老師に出会い、老師は私に何を告げたか」をめぐる物語)であり、読者は、これを読むと私のことはよく分かるが、レヴィナスのことはあまり分からないという仕掛けになっている。

それは他の研究者の書いたレヴィナス論についても同じである。みんなそれとは知らずに「自分とレヴィナスの出会いについて」書いているのである。だから、レヴィナス論がどんどん出版されるのである。

これはたいへんよいことである、と私は思う。

出会ったあと、その経緯について語りたくなるような人。読んだあと、それについての解釈本を書きたくなるような書物。それはプレグナントな出会いである。

どのレヴィナス論がいちばん解釈が妥当であるか、とか資料が網羅的であるかとか、そういうことに私はあまり興味がない。

レヴィナスとの出会いをつうじて自分の中に生じた変容を適切な仕方で記述しえているかどうか、それを指標に私はレヴィナス論を読んでいる。

それは「それまでなかったものがそこに生成した瞬間の経験」について語ろうとする言葉、自分の手持ちの語彙では語り切ることのできない経験について語ろうとする言葉だけが帯びるある種の「切迫」を私が深く愛しているからである。


1月8日

お正月休みも今日で終わり。

ずいぶんのんびりしたお正月であったが、結局レヴィナス論は途中でストップ、『読書人』の書評も一行も書けず、冬弓舎の原稿の三校も終わらない。まあ、おかげでのんびりしたお正月だったからいいか。

一昨日は合気道の鏡開き。午後4時半くらいから始まって、午前2時くらいまで、ずっと歓談しつつビールとワインと日本酒をのみつづけていたので、さすがに翌日は二日酔いで腰が立たない。

気持が悪いというのではなく、体中の血液が肝臓に集まって「アセトアルデヒド分解活動」に従事しているので、頭脳をはじめ肝臓以外の臓器が酸欠状態になっているのである。

午後になってからふらふら起き上がってぬるいお風呂に浸かる。出てから麦茶をごくごく飲んで、ご飯を炊いてぱくぱく食べる。(ご飯はいくらでも美味しく食べられる。肝臓が栄養を要求しているのであろう。)二合炊いたご飯をキュウリの漬け物と納豆とえびすめをおかずにたちまち食べ尽くす。お腹が一杯になると睡魔が襲ってくる。ふたたびベッドに倒れて昏睡。ようやく午後7時ころに「ほぼふつうの人間」に戻る。

しかし、「二日酔いで寝ていただけの一日」というのはあまりに哀しい。

残る時間を有意義に用いるべく、『鞍馬天狗』のお稽古をする。バイブレーションが全身に通って、ちょっといい気分になる。しかし、活字を読んだり、哲学的思考をしたりする意欲は湧いてこない。そのままずるずるとTVに移動して『鉄道員(ぽっぽや)』を見る。二度目であるが、また「しかたないっしょ」に泣かされてしまった。

浅田次郎が村上春樹とならぶ「霊魂小説家」であることに最近気がついた。「お化けが出てきて、大団円」という作風において両者には通じるものがある。

二人とも日常生活部分の描写がリアルで暖かみがあるせいで、「お化けが出てくる」ことに小説的な意外性がある。それがふつうの「ホラー小説」と違うところである。(「ふつうのホラー」の場合は、「さあ、いまに恐いのが出ますぜ」というアオリに気がせいて、登場人物の設定や日常生活描写の手抜きがひどいし、もちろんお化けの登場に何の意外性もない。)

もしかすると、この二人はそれと知らずにスティーヴン・キングの影響を受けているのかもしれない。(「村上春樹におけるスティーヴン・キング受容」・・・おお、これは意外な線だなあ。誰か書かないかしら?)

昼間寝過ぎたせいで夜になっても寝つけない。

しかたがないのでベッドで司馬遼太郎『燃えよ剣』を読む。なんだかお腹が減ってきたので、起き出して夜食に「みどりのたぬき」を食べてTVをつけるとケーブルテレビで深夜だということでとんでもない番組をやっている。「こ、これは怪しからん」とそのまま見続ける。うーむ、世の良風美俗というものを制作者は舐めきっておるようである。ずるずるうどんを啜りつつ最後まで見る。し、しまった。バカ番組の視聴率を上げてしまった。

しかし、こういう自堕落な生活も今日限りである。明日からは知的で物静かな紳士に戻るのである。


1月5日

あけましておめでとうございます。

ようやく家に帰ってきた。

元旦は恒例のとおり、丹波篠山春日神社で『翁』を見る。今年は暖かすぎて、途中から雨になってしまった。雪の中であれば風情があるんだけれどね。

小雨の舞鶴道を戻って芦屋神社で初詣。

91年のお正月に「とりあえずいちばん近くの神社に初詣」ということでなんとなく同じ町内の芦屋神社に詣でたのであるが、私は「一度始めたことをしつこく続ける」という癖があるので、御影に引っ越しても初詣は芦屋まで行く。

神社で破魔矢を買って、家に帰ったら午前4時。

一眠りして新幹線で横浜の実家へ。

老父は数えで90歳。相変わらずウィスキーをストレートでくいくい呷り紫煙をくゆらし世の健康ブームをせせら笑っている。多少耳は遠くなったが「説教癖」は健在。TV番組を見ていてCMになるといきなり「消音」にする。NHKのニュースでも気にくわないアナウンサーは出るなり「口パク」の刑に処される。

私のこのホームページも詳細にチェックを入れており、ときどき「何を言っておるのか、ばかものめ」などというコメントをつぶやいておられるそうである。

あの、お父さん、これは「ヴァーチャル日記」で、ここに出てくる「内田 樹」というのは私が造形した「キャラクター」でありまして、現実の内田 樹とはあまり関係ない人なので、そのへんご了承いただけますでしょうか。(だからこのホームページに出てくる「お父さん」もお父さんじゃないんですってば、お父さん・・・なんてでまかせにダマされるほど人がよくないですけど、うちのお父さん)

二日はまず「小口のかっちゃん」と渋谷でお年賀。

かっちゃんは某医大の偉い先生である。二人で久闊を叙したあと、ただちに大学教育のあるべき姿、人の践むべき道について熱弁三時間。(たしか去年も同じような・・・)まわりの人たちはあまりの「大言壮語」にびっくりしていたのではあるまいか。ともに不健康な生活を満喫するために健康にだけは注意しようねと肩をたたき合う。

続いて成瀬の松下正己君宅にお年賀。年頃の娘を持つもの同士の「子離れ」についての意見交換から始まったが、シェリー酒など頂くうちにたちまち終わりなき映画話。

三日も忙しい。ex義母宅に年始のご挨拶に伺い、ex岳父のご位牌にお焼香ののち、ex 姻族のみなさんの消息についてひとわたり世間話。

私がなぜ離婚した妻の親族のみなさんと親しくしているかというと、話せば長いことになるが、私は基本的に「核家族」というものを「あまりよろしくない」というふうに考えているからなのである。

「核家族」という、法的にその親密さを保証された、閉じられた濃密な関係をすべてに優先させるような発想法を「諸悪の根源」とはいわぬまでも「いくつかの悪の根源」であると私は思っている。

詳しい話はまた今度メル友交換日記で展開する予定でありますが、とにかく「袖擦り合うも他生の縁」、かりにも一度は「母」「息子」と呼び合って構築された信頼関係を私事にすぎない離婚ごときでちゃらにすることに私は積極的意義を認めないのである。

私の「拡大家族」論というのは決して机上の空論ではない。

夫婦の性的関係を機軸にして家族は成り立つべきである、というふうに私は考えていない。

社会的な信頼でたしかに結ばれている関係は夫婦や親子以外にもいくらもある。私はそれらを核家族の紐帯よりも弱いものだとは思わない。たしかな信頼で結ばれたすべての関係は「ファミリー」たりうる。

それゆえ、(ものすごく不本意ではあるが)私は別れた妻でさえも、私自身の拡大家族の一員として(泣く泣く)認知しているのである。彼女への信頼がなければ、愛娘を託したりはしない。

続いて多田先生のもとにお年賀。

坪井先輩、多田塾同門の若者たち(東大気錬会、早大合気道会の諸君)とともに多田先生を囲んで痛飲。まことに愉快。多田先生お手製の「かしわのお雑煮」を今年もご馳走になる。美味なり。

帰宅してから「お兄ちゃん」と甥の裕太君と歓談。兄ちゃんのビジネスはますますご繁昌のようでまことにご同慶の至りである。

しかし、さすがに二日間でこれだけ「お年始」にまわると疲れて、翌日は「休日」ということで、司馬遼太郎と浅田次郎を読みながら終日ごろごろ。平川君と植木君には会えずじまいで残念でした。

さて、明日は合気道の鏡開き。また宴会だ。