夜霧世今夜もクロコダイル

Another Crocodile in the night mist: from 1 Jan 2001



6月28日

大阪地裁は「結婚した女性は働きが悪いと決めつけ、低い待遇におしとどめてきた住友生命の人事運用」を否定し、上司らが結婚退職を迫ったり、既婚女性に意地悪をして勤務しにくい状態を作った会社の差別的体質を非とする判決を下した。

この記事を読んで「既婚女性を差別するなんて、言語同断。住友生命ってバカじゃないかしら」と思った人は手を挙げて下さい。

はい、たくさんいますね。

では、「どうして、住友生命はそんな誰にでも『バカ』と分かるようなことを長年し続けていたのだろう」ということについて、説明出来る方は?

はい、そこの方。

「住友生命は日本の父権制装置の一部だから、自分たちが父権制イデオロギーそのものに領されていることが意識化できなかったのよ。要するに・・バカなのよ」

うーむ。

バカであることの理由が、「バカである」では同語反復だね。

住友生命だって、全員がまったく思考停止に陥っていたわけではないだろうから、きっと何らかの合理的理由でその差別を正当化していたというふうには考えられないかな。

その場合、企業が既婚女性を排除し、未婚女性を優遇する理由について、どんなことでもいいから「合理的な理由」を思いつける人いませんか?

「男は若い女が好きなのよ。男根中心主義的なエロティスムが会社制度そのものを毒していたわけ。」

エロスが一枚噛んでいるという点では、たしかに的を射ているけど、それだけでは不十分だと思うな。だって、男のエロティスムは「ロリータが好き」とか「老婆が好き」とか「デブ男が好き」とか、多型倒錯的なものだからね。

「既婚女性が長年勤続すると給与が上がるけど、若い女子社員が入れ替わり寿退社していけば、人件費が安く上がるからじゃない?」

うんそうかも。でもさ、ご存じのように新入社員は実際にはなかなか給料分の働きができない。仕事を覚えてようやく給料に見合う程度の仕事ができるようになるころに退社させるということを続けるのって、営利企業にとってそんなにメリットがあるんだろうか?

「だからバカだって、言ってるのよ」

バカなのはもう分かってるんだよ。

バカであり続けることに固執した「主観的には合理的な根拠」があるとしたら、それは何?という質問をしているんだけど。

うーん、さっきから発言するのは若い人ばかりだね。どうしておじさんたちは暗い顔をして押し黙っているんだろう。

では、沈黙するおじさんになりかわってウチダがご説明致しましょう。

あまり知られていないことだけれど、日本の会社に二つの「秘密」がある。

おじさんたちはみんな知っているけれど、めったに口には出さない。

一つは日本の上司は、仕事のできる自立心のある部下より、仕事はあんまりできないけれど、「課長、おれどこまでも課長に付いていきますよお」とすがってくるようなバカ社員のほうが部下としてより好ましいと思っている、ということである。

それは「仕事ができる自立心旺盛な部下」は上司にとって二重の意味で危険な存在だからである。

彼は上司の地位を脅かすかもしれないし、もっと悪い場合には、彼の部課の商圏をまるごと引き継いでライバル会社にヘッドハンティングされるかもしれない。

だって、「仕事ができて自立心旺盛なサラリーマン」にとって、彼が愉快な人生を送るためには、ぱっとしない企業やらウスラバカの上司に対する忠誠心なんて、邪魔にこそなれ、何の意味もないからだ。

だから、多くの上司は、とくに自分の能力に自信のない上司は、「仕事ができて自立心旺盛な部下」を組織的に「バカ」化することにいのちがけになる。

さて、社員をきわめて効果的に「バカ」化する方法がある。

サラリーマンをやったことがある人はすぐに思い当たるはずだけれど、日本の大会社は新入社員が仕事を覚えて「使いもの」になりそうな気配がしてくるとただちに「ふたつのこと」を陰に日向にやんわりとあるいは声高に強制するようになる。

それは「結婚すること」と「家を買うこと」である。

なぜか。

男を「守りの姿勢」に追い込むいちばん確実な方法は「妻子を路頭に迷わせさせるわけにはゆかない」という「男の責任感」に訴えることと、「ローンの払いを続けるためにも定収入が途切れては困る」という不安をつつくことである。

そう。だからこそ、多くの企業は組織的に若い男子社員に「結婚」と「持ち家」を勧奨ないし強制するのである。

妻子とローンを抱えた男性社員は上司にとって、「いくらいびっても、いくらこき使っても反抗しない」最高に使いやすい部下と化す。

だから、日本の企業は社員が「持ち家」を持たせるために、ローンの保証人にまでなってくれるのである。残る仕事は「月下氷人」だけである。

そして、ここで日本のサラリーマンの「みんな知ってる第二の秘密」というものが前景化してくる。

それは、「日本のサラリーマンは半径5メートル以内の女性のなかから配偶者を見出す」ということである。

これですべてが繋がったね。

住友生命のような古典的なタイプの企業が既婚女性を排除し、未婚女性を絶えず大量に職場に供給しようと躍起になっていた労務管理上「合理的」な理由はそれ「だけ」である。

つまり「妻子」の重石を男子社員に担わせ、彼らをけっして会社に反抗できない「社畜」へと馴致することなのである。

だって、「既婚女性」には不可能で「未婚女性」には可能である「こと」といったら、だれが考えても定義上一つしかないからだ。

それは「結婚すること」である。

つまり企業は女子社員を「男子社員を社畜化する装置」として採用してきたのである。

企業で働く女子社員のみなさんも、これから企業に入ろうという若い女子学生の諸君も、ウチダの暴言にはさぞやお腹立ちのことであろうが、これが一面の真実を衝いていることは、あちらの隅でうつむいて押し黙っているおじさんたちの暗い表情が物語っているとは思わないか?

長年大企業相手の営業マンをしてきたウチダが経験的に言えることがある。

それは「企業の格が上がるほど、女子社員は美人になる」という法則である。

そう、企業は「選んで」いたのである。

そうやってできる限りすみやかに男子社員の「社畜化」に成功する企業が長い間収益を上げ続けてきたのである。

ひどい話だ。

ひどい話だとウチダだって思うよ。あんまりだよね。

しかし、喜びたまえ、諸君。

そのような暗黒時代は終わった。

というのは、暗黒時代の前提のすべてが破綻してしまったからである。

社員を組織的にバカ化してきた企業はいまや潰れてしまったか潰れかけているからだ。

考えればすぐ分かる。

最初に「社員はバカ化した方が経営効率がいい」と考えた経営者は「知恵者」である。しかし、そうやって「バカ化」された社員はバカであるから、そいつが経営者になったときに、会社は先代の「知恵者」がしていたほどに効率的には経営されない。

「バカ上司」が「自分よりさらにバカ」な部下を選別するということが数世代続けば、当該企業は、「上から下まで全部バカ、下に行くほどどんどんバカ」状態になることは火を見るより明らかである。

そのような企業が潰れるのは歴史の鉄則、神の見えざる手というものである。

それと同時に、男子社員たちは「半径5メートル以内から配偶者を見出す」習慣をも失ってしまった。

というのも、おのれの両親や上司たちを見ているうちに、さすが無思慮な若者たちも、「結婚してあまりいいことがなさそう」ということを骨身にしみて学習してしまったからである。

それに加えて、バブルの崩壊で地価は下落し、マンションは最高値で買ったときの2割3割でも買い手がつかなくなった。

かくして、「男子社員の社畜化−結婚とローン−未婚女性の大量採用」という「企業」のあざとい戦略がもう無効、無意味になってしまったのが現在の日本の姿なのである。

これから先の日本がどうなるのか、私には見当もつかない。

分かるのは、若い男性諸君は「サラリーマンになることにもはや意欲的ではない」ということと「結婚することにもはや意欲的ではない」ということと「資産形成にもはや意欲的ではない」ということである。

これが「フリーターの増加」「未婚率の上昇=少子化」「不況」といった一連の現象の遠因であることは諸君にもただちにご理解いただけるであろう。

たぶんこれからはあらゆることに意欲を失った男性諸君に代わって、元気な女性諸君が資産形成にも結婚にも意欲的な企業人となってゆくのであろう。

彼女たちにはぜひがんばっていただきたいものである。

おじさんたちは歴史の舞台から退場する刻限である。

しかし、舞台から去り際に、ひとつだけ老婆心ながらの注意をしておこう。

それは、「自分の部下が自分より有能であること」を認めたがらない点において、男性上司と女性上司のあいだに大きな差異はこれまで報告されていないということである。いや、むしろウチダの見聞の範囲では、女性上司は(自分の男性の部下の能力査定においては比較的公平であるが)女性の部下の勤務考課においてはなはだ苛烈であるという印象がある。私一人の偏見であればよいのだが。

いずれにせよ、確実なのは、女性たちの企業進出が進展するに従って、「女性社員の社畜化」という、これまであまり見ることのできなかった現象に私たちは立ち会うことになるだろうという悲観的展望をウチダは抱かざるを得ないのである。

できればその際に「独身男性社員の大量採用と既婚男性社員への差別待遇」というような忌まわしい問題が起きないことを切望するものである。


6月26日

23日の日記に「読みたい人は読む、読みたくない人は読まない。それで私はかましまへん」という趣旨のことを書いたら、「それはないでしょう」という抗議のメールが来た。

「それはいかん。おまえの言うことは間違っている」というのであれば、(同じ主張を繰り返すことになるが)どうかそういう方はあちこちでかなう限り「ウチダはまちがっている」ということを主張されて、ウチダのテクストをメディアから一掃し、それが世にもたらすであろう害の芽を摘む方向に努力されるといいかなと思う。

晶文社の安藤さんが送ってくれた『大航海』という雑誌では宮崎哲弥が3頁もつかって私の本のもたらす害の芽を摘むべく健筆をふるっていた。

読者たちのあいだからどうやってより多くの承認を獲得するかというかたちでさまざまな理説が競合する言説市場のあり方を私は健全なものだと考えている。その点では宮崎哲弥のスタンスはごく健全であると私は思う。(ただし、「宮崎哲弥がこれほどまで熱心に批判するのはどんな本なんだろう」という「まずいもの食いたさ」系の関心をそそられた読者が私の本を購入してしまう危険もある。ひとごとながら心配である。)

だが、そう考えない人もいる。

そう考えない人はどう考えているのか。

興味深い指摘だったので、ケーススタディとして、そのメールを取り上げてみたい。長いので、関係のあるところだけ抄録する。

「(前略)先生は続けて、誤りを指摘してくれ、言い分がもっともなら直すとおっしゃってます。こういう態度、私は90年代に随分たくさんの人から聞きました。そして1度某所に抗議したことがあります。そんなだから駄目なんだ!と。先生のおっしゃる市場の淘汰圧は、私自身の人生経験とは全く相容れません。(中略)

先生や柄谷さんのような偉大な思想家を研究し、世間に知られ、ロジックに通じているであろう方々が、言葉の市場に性善説を仮定して後は野となれ山となれでは、私は賭けたいですが、世の中は悪くなります。

先生は確かに市場に対する働きかけの努力を唱えておられます。しかし、先生の論法や、柄谷さんの論法とは、まさに市場による結果が主張の善なり真なり、趨勢なりを保証するというものです。(中略)

私の考えを簡潔に述べますと、先生のような人は、市場の性善説に立つことなくして、これをよく読め、ためになることが書いてあると、虚勢でもいいから言うべきだと思います。そして読者がためになると思えるまで、著書にとどまりつづける覚悟というものが必要ではないでしょうか。柄谷さんの著書は、そういう態度は皆無でした。好きに読めです。

しかし、先生方は曲がりになりにも、先生なわけです。市場などと無責任なことをおっしゃらず、先生の言うところの『売り物』を、先生の言うところの『自己責任』によって、人は知るべきなんだと言ってみたらいかがでしょうか。(後略)」

 

「市場の性善説」というのはなかなか面白い言い方だと思う。

言われてみればその通りで、私はたしかにこの人の言うように「市場の性善説」に立っている。

そして、「市場の判定力」を信じることが文字媒体をつかってひろく読み手にメッセージを送るものの最低限の「モラル」だとも思っている。

私は自分のテクストの読者が理性的な判断力を持っており、「より正しい推論」と「それほど正しくない推論」を見分ける知性を備えているという前提に立って書いている。

自分以外は世界中バカばかりだと怒り狂っていたかのニーチェでさえ、『なぜ私はかくも賢いのか?』というような題名の本を出し続けていた。それは彼が読者たちから「ニーチェさん、あんたはたしかに賢いよ」という「承認」を求めていたということを意味している。つまり、ニーチェは「市場の承認」という審級が(さしあたり完全に機能はしていないまでも)適切に機能すべきだと考えていたのである。

時代にあまりに先んじていためその著作を a selected few に献じるほかなかったスタンダールでさえ、「選ばれたる読者」が「百年ののち」に自作の真価を理解することを疑ってはいなかった。

私はニーチェやスタンダールよりははるかに凡庸で、はるかに控え目な人間である。その私が「市場の判定」という審級を軽んじなければならない理由がどこにあるのか、私には分からない。

もちろん、世の中には自分のテクストの読者は自分の書くものの理非の判断ができるほどの知性がないと思っている書き手はいくらもいる。そういう前提で書かれたテクストも山のように存在する。

それは「プロパガンダ」と呼ばれる。

私は「プロパガンダ」を読むのが嫌いである。そこには「読み手に対するレスペクト」が感じられないからである。居丈高に説教しよう、もみ手をしながらおもねろうと、友だちづらしてにじり寄ってこようと、そこには読み手を見下し、私利のために利用しようという下心が透けて見える。

私は読者の批判的知性を信じている。だから読み手の判断を尊重する。

もちろん読者が誤る可能性もある。

しかし、読者が(私から見て)「正しい意見」を棄て、(私から見て)「間違った意見」を採用したとしても、それは彼の神聖不可侵の権利であり、私は彼の「誤りうる自由」を含めて、その判断の自由を尊重しなければならない。

これについては『ためらいの倫理学』の一節をそのまま引用する方が話が早い。

「ある政治的私見が公共的な『正しさ』の準位に達するために必要な唯一の条件は、『政治的な自由』によって支持されるということである。つまり、自由な考え方をすることが許され、自由な発言をすることが許される人々に対して働きかけ、その人々を集めて多数派を形成するということである。選択する人々が『政治的に自由であること』、それだけが『政治的正しさ』の正統性を保証する。『自由な精神』に支持された『政治的正しさ』だけが合法である。仮に結果的に『正しく』ても、自由を損なわれた精神によって選び取られた私見は合法ではない。」

「誤り得る自由」は私たちの基本的人権の一部である、と私は考えている。

「自由である」ことのうちには「正しいと信じて、正しくないことをしてしまう」自由も含まれていると私は考えている。そして、「自由であること」のうちには、当然ながら「私とまったく違う意見を述べる」自由も含まれている。

「私の意見」と「私とは違う意見」の両方を徴していずれに理ありとするかを判定する権利は、私にもその人にもなく、「読者」たちに、「市場」にある。私はそう考えている。

私はできるだけ多くの人に承認されたいという素朴な願いを抱いている。だからこそ「できるだけ多くの人に承認されたい」と言明してはいるが、「すべての人は私を承認すべきである」という言い方は決してしない。

そう言った瞬間に、私は「教化する側」に、読者は「教化される側」に配置されてしまうからである。

そのような口先だけの権力関係でさえ、私が求める「自由な精神による自発的な承認」の可能性を損なうには十分だ。

これは私が半世紀生きて生きた経験から得た結論である。

しかるに、市場には判定力がないと主張するこの人はこの人で「私自身の人生経験」からものを言っている。

私の方が30年長く生きているから私の人生経験の方がより正しいというような不合理なことは私は言わない。

私は私の人生経験からものをいい、この人はこの人の人生経験からものを言う。それぞれに身銭を切って得た知見だ。それなりの確信があって当然である。簡単にはゆずれまい。

だとしたら、いったい、理非の判定は誰にゆだねるべきなのだろう?

読者たち以外のどのような審級にそれをゆだねることができるというのだろう?

「私は正しい」と思い込んでいるものが複数いる局面では、「私の正しさ」がどれほど豊かな経験的知見に支えられていようと、どれほど深遠な文献的知識に裏書きされていようと、「私が正しいこと」は「私の正しさ」の論拠にはならない。私たちが操作し、触れることができるのは、「相対的な支持者数の差」が示す「相対的な正しさ」だけである。私はそう思っている。

話がくどくてすまない。

と、書き終えてアップロードしたついでにリンク集をめくって、「まさかね・・・」と苦笑いしながら、3月10日以来更新の絶えている「おだじまん」を期待度1%でクリックしたら・・・

なんと、復活しているではありませんか。

オダジマせんせーが。

ウチダはおもわず落涙してしまいました。

そのオダジマ先生、いきなりトップスピードで飛ばしていられるが、その最初のトピックのひとつが期せずして「情報の送り手と受け手」の問題、「市場に判定力はあるか否か」という問題であった。さすがオダジマ先生の分析はウチダのそれよりも遙かに深く豊かである。

 

昼前にテレビをつけてみるも、10分でスイッチオフ。どのチャンネルを見ても休日のオヤジ向けバラエティばっかし。全局横断的に腐っている。解説屋さんたちのレベルの低さにもうんざり。ネットの方がずっと勉強になる。どっち方向に偏っているのであれ、ネットで出くわすご意見や憶測には少なくともオリジナリティがある。

対して、テレビに出てくるコメンテーターは、穏当なことしか言わない。落語に出てくるご隠居だってもう少しトンがってるぞ。

いや、穏当なコメントがいけないというのではない。解説屋さんご本人の見解が結果として穏当な線に落ち着くのは、ああいうメディアで語る以上仕方のないことだ。が、5秒のコメントで問題を片付ける前に、せめてそのコメントに辿りつく過程で検討した(したんだろ?)不穏当な見方を紹介するとか、世間の片隅でくすぶっている偏向したご意見について反論をくわえておくとか、それぐらいのことをしたってバチは当たるまいと思うのだが、オレは間違っているか?

間違っている?

どういうことだ?

「だからさ、視聴者が欲しがっているのは、解説なんかじゃないってことだよ」

じゃあ、何だ?

「結論だよ」

けつろん?

「そう。検討も議論も経ない、30文字以内の結論。もっとも多少知的な連中は表形式で整理された図式的な現状分析みたいなものを欲しがるけど、それにしたってA4ペラ1枚以内にまとまってないと受け入れてくんないんだから」

ほほう。じゃあ視聴者はバカだ、と。

「違うか?」

違わないかもしれない。確かに、あんたの番組の視聴者はバカだろうさ。でも、その理由は、あんたの番組がバカだからだぜ。バカな番組だから、バカしか観ない。で、バカしか観てないからバカな情報を流す。

バカなループだよ。でも、一番バカなのは、このバカげた無限ループから一歩も踏み出さないでいるあんたたち自身なんだってことは認識しておいた方が良いぞ。

「じゃあ、有益な情報を提供すれば賢明な視聴者を獲得できるとキミは言うんだな」

当然だろ。

「ははは。一番バカなのはおまえだよ。オレらが求めているのは、賢明な視聴者なんかじゃない。いいか?

われわれが確保したいのは単に数の多い視聴者だ。ってことになると、当然そりゃあんまり賢明じゃない人たちってことになるだろ? 違うか?」

違わないかもしれない。でも、そのバカな視聴者の連中だって、自分たちをバカにされていることに気付かないほどバカじゃないぞ。

「気付かれたとしてどこがまずいんだ?」

マズいな。考えてもみろよ。視聴者は、自分たちがバカにされていることを知っていながら、仕方なくキミたちのバカな番組を観ているんだぜ。つまり彼らがキミらの番組を観ているのは、ほかに選択の余地が無いからに過ぎないわけだ。とすれば、多チャンネル化が実現した瞬間に、キミらは見捨てられることになるじゃないか。

「どうかな? あんたは知らないかもしれないが、バカってのは似てるんだ。みんな似たような情報を欲しがるんだよ。で、同じ方向を向いて、同じことをしたがるんだ。だから、多チャンネルになったところで、多くの人間はこれまでと似たようなバカ情報にチャンネルを合わせると思うよ」

甘いな。テレビが多チャンネル化したら、バカも多チャンネル化する。つまり、今後、番組制作者は、画一的なバカじゃなくって、多様なバカを相手にしなけりゃならなくなるわけだ。そんなことがキミらにできるか? キミらは、バカな視聴者の考えなんていつでも読めるつもりでいる。が、そうはいかない。本来は相手がバカだからこそ、考えを読むことも行動を予測することもできない、と、そういうものなんだよ。むしろテレビ発生以来のこの四十年ほどの流れの方が、バカ史的には例外だったわけだ。

「バカ史? なんだそりゃ」

キミたちは、情報の量さえ確保できれば大衆操作が可能だと考えている。が、そりゃ違う。マニピュレーションの成功は、情報の量ではなく独占度に依存している。ってことは、キミらの手法は、メディアの寡占状況を容認する電波法の庇護のもとにあったってだけの話で、特に優れていたわけでもない。早晩すべて無意味になるよ。

「じゃあ、これからは誰がバカをリードして行くんだ?」

バカだなあ。バカっていうのはそもそもリードできるようなものじゃないぞ。リードしてきたと思っているんだとしたらそりゃ思いあがりだよ。テレビが時代を作って来たと思っているのも、全部あんたたちの錯覚。キミらはバカな連中に操られてバカな踊りを踊っていただけだよ。むしろ操作されてたわけさ。

「ってことは、バカが一番賢いってことになるけど? そういう論旨なのか、この話は」

当然じゃないか。常に多数派に与するってことほど賢明な処世がほかにあるか?

 

オダジマ先生の結論は「市場には判定力がある」ということと「多数派に与することが賢明である」という点については私と一致を見たようであるが、ニュアンスはずいぶんと違う。やはりウチダとオダジマ先生では「幻滅」の深さの次元が違うようである。

それにしても「バカ史」とは・・・このような視座からの社会史アプローチをいったいオダジマ先生以外の誰に思いつけよう。

ともあれ、天才の復活を祝って、今夜は酒だ。


6月25日

大学院博士後期課程の申請書類を山のように抱えて、山田研究科委員長、東松事務長、大学院事務室の石村さんとともに文部科学省へ。(上野先生は高熱でダウン。京都駅ホームで私の手に最後の書類を手渡すとそのまま崩れ落ちた。哀号)

いくつか書式上のミスを指摘されて「差し替え」を求められたが、とりあえず、重たい書類の山を文部科学省に放り込んで、申請は終了。(直すところって言っても、日付の抜けが一ヶ所と、あとは「1、2」と書いてあるところを「1・2」と直すだけ。そのためにだけ事務長は木曜日にもう一度東京出張である。うう、気の毒。)

ともかくこれで申請は終わった。あとはヒアリングを待つばかりである。

思えば、「総文にも博士課程を作ろう」と言い出したのは今はなき(といっても関学に移籍しただけですけど)鎌田道生先生である。1992年ころの話。

いいだしっぺの鎌田先生を欠いて、「博士課程増設運動」はいっときしぼんでしまったが、その鎌田先生が関学に去るにあたっての「遺言」が「ウチダくん、スキーの会と大学院よろしくね」であった。

スキーの会は鎌田先生ご命名の「シーハイルの会」をウチダが勝手に「極楽スキーの会」と改称。ハードボイルドで求道的なジャーマン・テイストのスキー愛好会をたちまちのうちに刹那的快楽追求型の「温泉+宴会」主体の極楽スキーに改組してしまったことは人も知る本学の一大醜聞である。

その「裏切り」の慚愧の念がウチダの「ワニの無意識」にもトゲとなって残ったか、「鎌田先生、大学院についてはご遺戒を守ります」とウチダはことあるごとに「博士後期課程の増設の喫緊なること」を訴え続けたきたのである。

その後の経緯は割愛するが、とまれ鎌田先生の旧友にして「制度改革の鬼」上野先生の強力な指導の下、博士後期課程構想は一気に現実化し、ついに今日を迎えたのである。

十年前の「机上の空論」が現実のものとなったのは、ご協力頂いたすべての教職員のみなさんのお力の賜である。心からお礼申し上げたい。ありがとうございました。

帰りの新幹線で一人しずかに祝杯をあげる。

祝杯をあげつつ、共同通信から書評を頼まれた斎藤一郎さんの『幸福論』を読む。面白い。こういうユマニスト的な風儀はいまどきレアである。

読み終わったので、吉見俊哉『カルチュラル・スタディーズ』を読む。社会学者の書くものはほんとうにクリアカットである。人口に膾炙するところの「カルチュラル・スタディーズ」という学術のいったいどういう点がオリジナルであるのかずっと謎であったが、「別にどこがオリジナルってわけじゃなくて、まあ誰でもこういうふうに考えるわな」ということが書いてある。納得。

野崎”師匠”次郎先生がホームページでカルチュラル・スタディーズ批判をされていたので、そちらも読んでみて下さい。ウチダ的には、別に批判されるほど「わるいこと」をしているようには思えませんでしたけど・・・

私は英米の社会学の動向にはまったく不案内で、テクスト論とかメディア論とかについての基礎的知見は70年代にロラン・バルトを読んだところて停止しているけれど、「バルトがいま生きていたら言いそうなこと」を想像すると、カルチュラル・スタディーズの創見とされるものの大半はカバーできそうな気がした。

ウチダは不勉強なので、「レヴィ=ストロースがいま生きていたら言いそうなこと」とか「カミュがいま生きていたら言いそうなこと」とか「小田嶋隆がいま元気なら(生きてるけど)言いそうなこと」を想像して、それであらかた用事を済ませている。

いちいちブランニューな方法を学習しなくても、子どものときにこりこり習得した方法を応用しさえすれば、それで用事が済む、というところが「すぐれた方法」の「すぐれている」所以だと私は考えている。

「カバリッジが広くて、人間のやりそうなたいていのことには応用が利く」というのが「すぐれた思想」のよいところである。一度その方法を身につければ、うまくすると「一生もの」。コストパフォーマンスがたいへんよろしい。

「あまりすぐれていない思想」は鬼面人を驚かすような斬新さはあるが、使い勝手が悪く、応用範囲も狭く、すぐに「賞味期限」が切れてしまう。

「アルマーニのスーツ」と「アオキのスーツ」の違いのようなものとお考え頂いても構わない。

私はそのような基準で「すぐれた思想」と「すぐれていない思想」を区別することにしている。

十年後には「賞味期限」が切れそうな学術的方法を「知識」として蓄積し披瀝するために(場合によっては批判するために)勉強するのは、私のようにもう残り時間があまりない人間にとっては、気の進まないことである。

「賞味期限」が関係ないものが欲しくなったので、森銑三の『明治人物閑話』を読む。

森銑三の文章は私が範とするものの一つである。

この本に収録されている「成島柳北とその人物」はこんなふうに始まる。

「成島柳北といえば、風流才子であったという。この風流才子の一語が、柳北の上に下された動かぬ評言となっているようである。私といえども、柳北の風流才子であった事実を否定しようという者ではない。しかし柳北の人物は、ただその一語で片づけられるべきではあるまい。私はそう思っている。その一事を明らかにしておきたい。」

私は森のこの伝によってはじめて成島柳北の人となりを知った。そして柳北こそ「日本のとほほなおじさんの系譜」の原点に違いないと思い定めたのである。その思いはじっさいに柳北の『柳橋新誌』や『雑譚集』を繙読するに及んで確信に変わった。

柳北は将軍侍講として親しく徳川家茂の教育に当たったスーパーエリート儒者である。漢学にとどまらず英学を修め、のち武官に挙げられ、仏蘭西式教練を行い騎馬奉行に進んだ。幕末動乱のとき外国奉行、会計副総裁、参政を歴任したが、慶喜とともに職を辞し、家督を譲って齢30で隠居の身となった。明治初年欧州に遊び、木戸、岩倉の知遇を得るも新政府への出仕を固辞し、あくまで徳川の遺臣、新時代に「無用の人」に徹し、朝野新聞、『花月新誌』に拠って、日本最初の「ジャーナリスト」としてその「どーえもえーやん、そんなこと」だけを綴った雑録で洛陽の紙価を高めた人である。

成島柳北は私が「日本近代史上いちばんかっこいい物書き」とみなす人である。

柳北についての私の思いは、晶文社から出る本に書かせてもらうことになっているので、これ以上は書かない。出たら読んでね。

「柳橋の芸妓のだれそれがいい女だ」というような天下国家とぜんぜん関係ないことだけをずるずる書き連ねてなお圧倒的な教養と志操の高さによって人を震撼させるというのはなまはんかの才能ではない。(「どうでもいいこと」だけを描いて人心を揺り動かす才能を持った人というと、ほかにルイス・ブニュエルくらいしか思いつかない。)


6月23日

私はこれまで自分の書いたものを人に痛烈に批判されたことがない。

理由は簡単で、あまり読まれなかったからである。

最後まできちんと読んでくれるのはたいてい「ともだち」である。「ともだち」の批評というのは「ご高論拝読。楽しく読ませていただきました」という「時候の挨拶」みたいな感じのものが多く、春風駘蕩、あまり侃々諤々の議論がそこから始まるということはない。

たまに「つまらんものを書くな」という歯に衣着せぬ批評が「ともだち」から届くこともあるが、それはそれで一種の友愛の表現であって、「ウチダはもっとちゃんとしたものが書けるはずなのに・・・どうしてこんなものを」という期待が裏切られたことへの哀しみがそう言わせるのである。たしかにそう言われて読み返してみると「つまらないこと」が書いてあるので、「なるほど」と納得して、それはそれで議論にならない。

『ためらいの倫理学』は私の著書としては異例に多くの人に読まれた本であるが、いまのところ「面白かったです」という批評しか届いてない。

読んで「つまらん」と思った人はわざわざそれを私に知らせて蒙を啓く労をとるほど私に対して親身な気分にはなれないのであろう。その気持ちはよく分かる。

「ウチダはもっとちゃんとしたものが書けるはずなのに・・・」という「期待派」からの批評も今回は一つとしてなかった。おそらく今回の本で期待を持つことのむなしさを骨身にしみて味わったからであろう。

ところが例外的なことであるが、今回、本を読んだ上で、こまかく批評してくれた人がいた。

これはレアなと思って読み進んだが、なんだかうんざりして途中で止めてそのままごみ箱に棄ててしまった。

こういうのは全然「批評に対して開かれた態度」ではないので、われながら狭量だとは思うが、しかたがない。

批判に対してさらに反批判するというのは一種の「地獄」である、と村上春樹は書いていた。

「ものを書く」というのは、「バーを経営する」というのとそんなに変わらない、というのが村上春樹の考え方である。

店に来た客のうち、「あ、この店いいな、また来よう」と思うのは十人に一人くらいである。

その十人に一人を照準して店をやるのが、経営の要諦である。

十人のうち八人、九人が「ごひいき」になるような店というのはありえないし、そのような店を作ろうとしても無理である。

客の方も一度入って「あんまり好きじゃないな、この店の感じ」と思ったら、そのまま静かに立ち去るだけで、わざわざ店主のところに行って「私がこの店がきらいである。なんとなれば」と弁じ立てるようなことはふつうしない。

店主の方も、一度来たきり再訪しない客をつかまえて「どうしてうちに来ないのだ」と詰問する、というようなことはしない。

こういうことをはじめると、終わりがないし、そこから生産的な何かが始まるということもないからだ。

「来る人は来る。来ない人は来ない。」

そういうものである。

「ものを書く」のもそれと同じであると村上春樹は書いている。

「あ、この本面白かった。またこの人の本出たら買おう」と思うのはせいぜい十人に一人くらいである。それで十分だと私は思う。十人のうち八人、九人に支持される本を書こうなどとだいそれたことは考えないほうがいいし、そもそも考えても書けない。

私の書くものは、私の書くものが「読みたい」人のために書かれたものであって、私の書くものが「読みたくない」人のためには書かれていない。

控え目にみても、日本に1億2千万人くらいはいるはずの「私の書いたものを読みたくない人」は読んでも意味がよく分からないか、意味は分かるが腹が立つかのどちらかである。

私の考え方や書き方が「気にくわない」という意見をお持ちの方はそう思う権利があり、私はそれを尊重する。

そういう方にお薦めしたいのは、とりあえず読まないことと読んだ事実そのものを忘れてしまうことである。

もう読んでしまったし、忘れられない、という人はしかたがない。そういう方は、できる限りあちこちで「ウチダはよくない」と主張してくださればよいと思う。そのロジックに説得力があれば、「ウチダはよくない」ということがひろく万人の共感するところとなり、市場の淘汰圧の赴くところ、私の書くものはあらゆるメディアから一掃されるであろう。

そもそも、そのような市場への説得的働きかけによる「多数派形成ゲーム」をきちきちと展開することがとてもたいせつなことなのだ、ということ「だけ」を私はあの本で書いたつもりである。

「ウチダはもう書くな」とか「ウチダの本は焚書にしろ」とかいう主張には合理性がないが、「ウチダは間違っている」という主張には必ず合理性的根拠がある。

私は自分がものを知らず、知っていることについても不完全な推論しかできない人間であることを知っている。多くの点で私は不正確で誤った意見を開陳しているはずである。その点をただしく指摘した批判であれば、読者たちはその批判を支持するだろう。そもそも事実誤認や推論の誤りについて指摘されたら、私は誤りをすぐに正す。これまでもそうしてきたし、これからもそうするつもりでいる。

ただし、「自分がものを知らず、知っていることについても不完全な推論しかできない人間であることを知っている」ことだけが「より正しい推論」に至るための唯一確実な道である、という知見については、誰が何と言おうと、私は絶対に誤りを認めない。

この知見は私が半世紀生きてきて手に入れた、ただ一つの確実な経験知である。

この経験知さえをも懐疑の「かっこにくくりこむ」ような反省的機能は私の中にはない。

反省に無限後退はない。

どこかで人は反省を停止させる。

「いま反省しつつある自分の反省の進め方の妥当性をこれ以上疑うと、もう思考ができなくなる」デッドエンドが必ず存在する。

人間は自分の愚かしさを吟味する方法については一つしか「やり方」を知らない。

これは私の確信である。

「私はいま反省しつつある自分の反省の構造そのものを無限に懐疑でき、つぎつぎとブランニューな反省方法を発明できる」という人がいたら、その人は嘘をついているか頭がすごく悪いかその両方かのいずれかである。

その「どうにも変えようのない、たった一つの自己省察の仕方」が私の書くもののただひとつの「売り物」である。

「それ、買うたるわ」という人には「まいどおおきに」と微笑みかける。

「そんなん、いらんわ」という人には「そうでっか?お気に入りまへんでっか。そら、えろーすんまへんでしたな」と答える。

しかし、「それ、売るな」という客に対してはそれほど愛想をよくするわけにはゆかない。


6月22日

セクハラの話の続き。

今日の朝日新聞の記事によると、アメリカではセクハラや雇用差別についての訴訟が相次ぎ、次々と企業が敗訴しているらしい。

いくら当人に「そんなつもりがなかった」と言っても、「嫌がらせを受けた」と被害者本人が感じれば、加害者の言い分は聞かれない。うっかりすると、損害補償どころか企業の総資産の1、2%に相当する慰謝料支払いを命じられるという。

セクハラや雇用差別に私はもちろん反対だが、だからといって、アメリカみたいなのは、ずいぶん殺伐としていうように思われる。

記事によると、アメリカでは「採用や昇進の際、仕事上の本人の能力以外を判断材料にすることは許されない。人種、性別、宗教のほか、結婚や居住地、逮捕歴などが能力以外のものにあたる。採用面接で『結婚しているんですか』なんて訊ねたら即座に訴えられてしまう。」

うーむ。

これはそんなに「すばらしい」ことなのだろうか?

傷害致死の「逮捕歴」があるけれど仕事はばりばりできる人間と、それほど有能ではないけれど温厚篤実な人間とどちらといっしょに仕事をしたいか、と聞かれたら、私はたぶん後者を選ぶ。

というのは、法治社会において「逮捕歴がある」ということを、私はある種の社会的能力の欠如と考えるからである。

「こういうことをすれば、こういう法的制裁を受ける」ということを知らないで違法行為を行って逮捕されてしまった人間は「バカ」である。

「バカ」であり、かつ「仕事ができる」人間の在ることを私は信じない。

「こういうことをすれば、こういう法的制裁を受ける」ということが分かっていてなおそれをする人間は、「ルールを軽視するタイプの人間」である。

そのような人間がトップに立って「ばりばり仕事をした」場合、当該企業は、産業廃棄物の不法投棄とか品質管理の手抜きとかいう「不法行為」のチャンスに際して、そうでない場合よりも「ルールを軽視する」可能性が高い。

そのような不法行為は結果的には大きな社会的制裁を企業にもたらすので、「ルールを軽視するタイプの人間」は長期的に見れば「企業に有害な人間」、つまり「仕事のできない人間」である確率が高い。

私は企業は採用や昇進において「総合的な人間的能力」を基準にするのは当たり前だと思う。

その場合、私生活でどのような生活形態を営んでいるかということを、その人の能力をはかる基準にすることは適切であり、「訴えられる」ようなことではない、と考える。

社会通念上「ま、このあたりまでは『オーディナリー・ピープル』と言っていいわな」というあいまいな基準は存在する。そして、「あきらかにオーディナリーでない人」にはできれば「敬して近づかない」方がよい、というのは「大人の常識」である。

そして、「大人の常識」をわきまえている、ということはどのような社会活動をする上でも、とりわけ企業が継続的にクライアントからの信頼性と「ご愛顧」を確保し続けるためには、不可欠の重要な条件であると私は考えている。

私が人事担当であれば、「悪魔信仰」の人は採用したくないし、猫を殺すのが趣味というひとも断りたいし、結婚が今度で十回目という方も遠慮したいし、新宿歌舞伎町コマ劇場ウラのヤクザの事務所の隣に住んでますという方もできたら避けたい。

だから、そういうバックグラウンドについて、一言も質問できない、というのはずいぶん不自由な気がする。

人事担当者にむかって、自分のパーソナル・ヒストリーを問われるままに語って、「おお、この人は大人の常識のわかった人だ」と信じ込ませることが「できる」かどうかということはすでにその人の社会的能力の重要な一部である。それができる人間は「仕事ができる」可能性が高い。

自分について何も語らず、「大人の常識」があるのかどうか、なんだか怪しいという人間は、その時点ですでにある種の社会的能力の欠如をさらけだしている。その程度の能力を欠いている人間は「仕事ができない」可能性が高い。

私はそう思うし、おそらく多くの日本のサラリーマンもまた私と同意見であろう。

しかし、残念ながら、以上の私の議論はまったく「日本のサラリーマン的」限界のうちにとどまっている民族誌的偏見にすぎないのである。

というのは、そもそも「仕事上の能力」というのは、その人の総合的なものの考え方とか、社会的成熟度とかとまったく無関係に定量できるとする思想こそが「アメリカの常識」だからである。

つまり、アメリカでは人事担当者がうっかり「結婚してます?」とか訊いた瞬間にただちに弁護士に電話をするようなタイプの人間こそが「大人の常識」を備えた人間であり、人事担当者の片言隻句言葉尻をとがめて、企業を訴えてまんまと総資産の数パーセントをもぎとるような「仕事のばりばりできる人間」こそ、全企業がわれさきに採用しようとするタイプの人間だからである。

蟹は自分の甲羅に合わせて穴を掘る。

アメリカ社会はそうやって「アメリカのオーディナリー・ピープル」を選抜していらっしゃるのである。

勝手にしてね。


6月21日

少女マンガで卒論を書く学生さん(と言っても私のゼミではなく、人間科学部のM永先生のお弟子様)から相談を受ける。

話は赴くところ「少女マンガとは何か?」という本質的な問いに逢着する。

少女マンガとは何か?

これはなかなか奥の深い問題である。

私だって、そんな問題をいつも考えているわけではないので、急に聞かれても答えようがない。だが、そこはそれ大学の教師である。まるで10年前から「そう聞かれるのを待っていたんだよ」といわんばかりに、お答えする。

もちろん、すべてはその場で考えた「口からでまかせ」である。しかし、「口からでまかせ」軽んずべからず。なまじの熟慮より、舌先三寸の即興がときに正鵠を射ることもある。(射ないこともある)

お答えしよう。

ひとことにして言えば、少女マンガとは「女性のビルドゥングスロマン」である。

少女マンガ家は「すでに知っている何か」を伝えるために描いているのではない。

彼女も知らない何かを「知るために」描いているのである。

それは何か?

「理想の女」である。

「女性のビルドゥングスロマン」とは、「理想の女」めざす少女の終わりなき変容のプロセスそのものを「オープンエンド」形式で描いた作品群のことである。

少女の成長には大きく分けて、三つの段階があり(お、ラカンみたい)、それはそれぞれ少女マンガの三つのジャンルに対応している。

三つの段階とは、すなわち「学園界」「道場界」「家庭界」である。

「学園界」では主人公は「中学生または高校生」。おもな主題は「恋愛」。場合によっては「親・友人との葛藤」である。

「揺れ動く感情の機微」の描写に力点が置かれ、「語りの水準の複数性」と「表現主義的図像」に特徴がある。

「語りの水準の複数性」とは実際に発語された言葉、心の中の意識的な声、心の中の無意識な声などなどが登場人物ごとに錯綜する状態を指す。紡木たくはひとこまに語りの水準の違う七つの声が輻輳するというアクロバシーを演じたことがある。「表現主義的図像」とは『カリガリ博士』でおなじみの「内面の図像化」のことである。

少女にとって最初の決定的な成長の契機は「自分の中に複数の声が存在する」ことを発見することである。それを発見させるのが「学園界」の効果である。

「道場界」では主人公の設定はもう少し広がる。主な主題は「師弟関係」と「スキルの獲得」である。『ガラスの仮面』『エースをねらえ!』『アラベスク』など、少女マンガの古典的名著にはこの界に取材したものが多い。

少女にとって二度目の成長の契機は「他者としての師」(月影先生、宗方コーチ、ミロノフ先生などなど)に出会うことである。これについては長い話になるので、いずれまた。

「家庭界」は「あらゆる精神疾患の源泉は家庭にある」とフーコーが看破した「狂気の培地」としての家庭に照準したものである。「家庭が狂気の培地である」ということは、一定の社会関係を経験し、いくつかの「愛」を経由し、擬制的な「父」を持った人間以外には、反省的には把持されにくい。したがって、「家庭界」への参入は、「道場界」での成長を経由して以後なのである。

「家庭がはぐくむ狂気」にもっともこだわった作家は山岸涼子である。ある時期の山岸涼子はほとんどそれ「だけ」を描き続けていたと言ってよい。(『天人唐草』、『恐怖の甘いもの一家』)

遺伝的なもののネガティヴな決定性を執拗に描いたものには萩尾望都『ポーの一族』がある。佐々木倫子の『動物のお医者さん』も菱沼聖子という異常なキャラを通じておなじ主題を繰り返し描いていたね。

とまれ、少女にとって三度目の成長の契機は「生物学的宿命という檻」「おのれに根づいた遺伝的狂気」とどう対峙するか、なのである。

なかなか少女マンガで「家庭界」にまでたどりついたものは少ないが、そこまでたどりついたものはすべて傑作の域に達していると言うことはできるであろう。

ほんとうはもうひとつ先まであって、そこは「霊界」と呼ばれている。

「霊界」に進んだ女流マンガ家はしばしばご本人が(山本鈴美香先生のように)「教祖」になってしまうので、「霊界」そのものの画像化はなかなか実現しない。最近は岡野玲子という才能ゆたかなマンガ家が「霊界」を描いているが、残念ながらこれは「少女マンガ」ではないので、女性のビルドゥングには直接かかわらないのである。これまでの成功例としてはやはり山岸涼子『日出づる処の天子』にとどめを刺すであろう。

このように、「学園界」「道場界」「家庭界」という三つの界域は、それぞれ少女の「成長」の決定的な契機を画している。

さてお気づきであろうが、これらの成長プロセスにおいて「恋愛」が決定的なファクターであるのは、じつは「学園界」だけなのである。

少女マンガというと「学園ラブコメ」だけしか思いつかない人がいるが、あれは「少女マンガの小学校段階」にすぎない。言い換えれば、「恋愛」が少女の成長の契機になるのは、彼女たちが未成熟であるとき「だけ」なのである。それ以後、「恋愛」は少女を支えたり、苦しめたり、混乱させたりはするが、もはや「成長の契機」ではなく、単なる「出来事」の水準にとどまる。

それゆえ、「藤堂、女の成長を妨げるような愛し方をするな」と宗方コーチがつぶやくとき、ひろみはすでに「男の愛が女の成長を妨げることはあっても、成長を支援することはできない」段階、「成長のためには愛とは別のものを必要とする」段階に達しているのである。それが「道場界への参入」ということである。

細かい議論はさておき。私が言いたいのは、少女マンガの究極の目的は恋愛と師弟関係と生物学的宿命を「乗り越えて」すすむ少女が最終的に到達すべき「理想の女性」のロールモデルの提示にあるということである。

そしてもちろんこれまで誰一人それに成功した作家はいない。

文学においても、成功例を私は知らない。もし文学で誰かがそれに成功していたら、貪欲なる少女マンガ家たちのうちの誰かが、すでに文学作品のマンガ化を試みていたはずである。だが、私は寡聞にして「女性作家のビルドゥングスロマンのマンガ化の成功例」を知らない。

私の知る数少ない女性作家の文学作品のマンガ化の例は『嵐が丘』と『たけくらべ』であるが、これは『ガラスの仮面』の「劇中劇」という「引用」のかたちにおいての出来事である。

重ねて言うが、少女マンガの究極の(そして原理的に不可能な)ゴールは「理想の女性」の図像化である。

それは決して「理想の人間」の図像化ではない。あくまで「理想の女性像」である。

そのような「理想の女性」の理念型は歴史的形成物であり、父権主義的イデオロギーの副産物にすぎない、と言うフェミニストがいるかも知れない。

「そんなの、男にとってつごうのいい女性像よ、ふん」と彼女たちは言うかも知れない。

違うね。

父権主義イデオロギーは少女の夢想を受け容れられるほどのキャパシティをもっていない。

父権主義的イデオロギーが物語化できるのは、せいぜい「道場界」どまりである。おのれを宿命づける「家族の狂気」についての女性の自己省察までをも「聖なる天蓋」のもとに回収できるほどに太っ腹な父権主義的な物語などは存在しない。

「理想の女」は男たちの欲望とは無縁に、しかしあきらかに男たちによって空想的に造形されている「理想の男」のカウンターパートとして、少女たちの夢想の彼方に描かれている何ものかなのである。

私は「理想の女性の理念型」が、「男性の主権的欲望」の関数としてではなく、自立的に存在することを信じる。少女マンガの存在はそれを証明している。そして、少女マンガはまさにエマニュエル・レヴィナスのエロス論の「対極」に位置している。

かつてジャック・デリダは「形而上学の歴史において、女性がそのテクストの主語ではありえないようなテクストを書いたのはレヴィナスをもって嚆矢とする」と書いた。

私は同じ文を反転してこう言いたい。

「人類の歴史において、男性がそのテクストの語り手ではありえないようなテクストを書いたのは少女マンガをもって嚆矢とする。」

少女マンガは不滅です。(レヴィナス老師もね)


6月20日

「京大教授、セクハラ」という記事があるので読む。

京大の文学部教授(52歳)が、大学院進学を希望していた女子大生に対して、卒業論文や入学試験の指導を名目にセクハラ行為を繰り返していたとして、京大当局は3ヶ月の停職処分に処した。

記事によると、この教授は女子学生を研究室やホテルのバーに30回以上にわたって呼び出して、セクハラ行為を繰り返し、大学院合格後は執拗に交際を迫り、「誘いを断ると、『研究者としての将来はないぞ』と脅された」ため、学生は進学を断念したという。

なんだかTVドラマにそのまま出てきそうな「画に描いたようなセクハラ教授」である。

そういうことをしてるのがばれたら首が飛ぶ、ということは多少とでも新聞や雑誌を読んでいれば周知であるはずなのに、なお平然とそのような行為を繰り返す人間が大学の教師をしていることに、みなさんは驚かれたであろう。

なぜ、それほどまでに彼は楽観的にセクハラ行為を続けており、自分が新聞記事になる可能性のあることを想像しなかったのであろうか。

それが不思議である。

おそらく、「そんなことはありえない」と彼は考えていたのである。

どんな根拠で?

彼がそのように判断する根拠があるとしたら、(女性のがわが絶対に秘密を守らずにはいられないような「弱み」がある場合を除いては)ただ一つしかない。

それは、「ほかの連中も似たようなことをしている」からである。

日常的に違法行為を犯している人間は世間にやまのようにいる。

彼らはある日つかまって仰天する。

「どうして?どうして今日に限って?私だけが?だって、昨日はつかまらなかったのに?他の人たちは今日もやってるのに?」

そう。

大学セクハラ問題があとをたたないのは、少なくともセクハラ教師自身は「やっているのはおれだけじゃない」と思っているからである。

「この程度のことを目くじら立てて取り締まったら、男の大学教師なんて一人もいなくなっちまうよ。がははは」と彼らは考えている。だから、平気でセクハラを繰り返すのである。

「駐車違反」や「スピード違反」の取り締まりでつかまったドライバーがぜんぜん反省しないのと理由は同じである。

聞いた話であるが、私の友人のつとめていた大学では組織的に「カラ出張」をしていた。

私の友人が助手になってすぐに専任教員全員分の「カラ出張」伝票の起票を先輩の助手に命じられて仰天した。

「それって、犯罪じゃないんですか?」

「何、言ってんの。どこの学科もやってるし、職員だってみんなやってるよ。」

彼が研究室会議で「カラ出張」の廃止を提言したら、教員たちは不機嫌な顔をした。

彼が驚いたのは、「カラ出張」していることを誰かが監督官庁か新聞社に「密告電話」一本すれば、それだけで学科の教員全員が停職か罷免になるかもしれないという「リスク」を彼らがそれまでまったく気にしていなかったことである。

たとえその大学の教職員全員が「カラ出張」していても、「たくさんの人が違法行為している」という事実は「違法行為をしてもいい」根拠にならない。

そんなことは子どもにだって分かる。

自分たちの華麗なる学問的キャリアと安定した社会的地位が電話一本で吹っ飛ぶかもしれないというリスクを「7万5千円」の「カラ出張費」の対価として選ぶ人々の「リスク感覚」に彼は驚いたのである。

セクハラの教授たちも発想は同じであろう。

彼らがさっぱりセクハラを止めないのは、「みんなやってる」と思っているからである。

ばれたらたしかに問題になるだろう。だけれどもばれるはずがない。だって、みんなやってるんだから。

おそらく事態は彼らの言い分に近いのだと思う。

数年前、留学帰りの学生さんから、英国に来る日本の大学の教師たちに、「帰ってからうちの非常勤世話してもいいよ」という代償で、一夜のお付き合いをオッファーするものがいたという話を聞いた。

たぶんこういうのは「氷山の一角」なのだろう。

そういうやりとりが罷り通っている場所がおそらくそこらじゅうにある。「そこらじゅうにある」からこそ、当人たちは罪の意識を持つことがないのである。

ひどい話だ。

セクハラ教師たちに不足しているのは、「倫理性」ではない。(そんな上等なものは誰も要求しやしない。)

彼らに不足しているのは、「リスクの観念」である。言い換えれば、「判断力」であり、「思考力」である。もっとにべもなく言えば「知性」である。

私はどのようなセクシュアリティの歪みをかかえていようと、そんなことは大学教員の適格性には何の関係もないと思っている。しかし、「知性」のないことは大学教師として致命的な欠格条件であると思う。


6月19日

先週劉先生のことを書いたら、鹿児島の梁川くんから二度にわたって「ご意見メール」がきた。

私は梁川くんのご意見はいつも最大限の敬意をもって傾聴するようにしている。

ここにご意見をご紹介し、あわせて私の答弁も聞いていただき、この問題についてもう少し立体的な説明を試みてみたいと思う。

まず第一便から

 

こんちは。梁川です。お元気のことと拝察します。

鹿児島はくそ暑いです。

ところで6月9日の日記を読んで、どうもよく分からない点がありましたのでメールしました。お叱りでもお小言でもない単なる意見です。それから、いつもながら私は大兄の貴重な時間を奪うつもりはありませんので、返事は気にしないでください。そんな時間があったら、レヴィナス論でも早く仕上げてくださいね。

さて、腑に落ちないのは、「日本は中国に対して間違ったことをした」と認め、「すみませんね」と「日本を代表して謝ること」。これは一続きの行為であり、どれかだけを切り離すわけにはゆかない、と私は考えている。」という箇所です。思わず「ちょっと待ってよ」と突っ込みを入れたくなりました。

大兄がどのくらいのレベルで謝罪ということを考えていらっしゃるのか分かりませんが、「日本を代表して」というのはやはり余計じゃないですか?

以前、西谷さんと加藤典洋がどこかの対談で似たようなことを言っているのを読んで「嫌だな」と感じたことがあるのですが、そもそも任意の一個人が「日本を代表して」誤るなどということが冗談以外の形でありうるのでしょうか。私にはわかりません。大兄は具体的にどういう場面を想像していらっしゃるのですか。

私はたとえ相手がチョムスキーであったとしても、もし彼が「アメリカを代表して謝る」などと言ったら腹を抱えて笑い出だすでしょう。

こういう感覚、変ですか?

 

私はこれに対して、こんなご返事をしたためた。

 

梁川さま

中国や韓国や台湾や、その他もろもろのアジアの「かつての被占領国」のみなさんが、私たちにどういう対応を求めているのか私にも「正解」は分かりません。(おそらく「正解」はないのでしょう。)

先日話した劉先生は、ご自身が「中国人民」を代表して語っていたので、(まさにそのような言葉遣いで)私としても「日本国民」を代表してそれに応接するのが「話の筋」だろうと思ったのです。

もちろん権利問題としては、劉さん個人が10億の人を代表できるはずもないし、私が1億2千万を代表できるはずもないので、実際には劉さん個人と内田個人が向き合っているにすぎないわけです。でも、、歴史的な文脈はふたりの個人が「国民を代表する」ような「擬制」の有効性を示唆しているような気がしたのです。つまり、そのような「擬制」を媒介することで、劉個人と内田個人のあいだのコミュニケーションがより「有意」なものになったのかどうかで、応接の巧拙を判断するほかありません。

私たちはさまざまな場面でそのつどある種の集団を「代表する」ことになります。(家族であるとか、帰属する大学であるとか、仏文業界でるとか、兵庫県であるとか、地球であるとか・・・)おそらくそのおきにだいじなのは、帰属集団の範囲の切り取り方が、状況的に適切かどうか、ということだと思います。

私が切り取った「代表」範囲の設定が「状況的に適切であった」かどうかはとりあえずいまの段階では私にも分かりません。

でもとりあえず、その場その場で直観に任せてやるしかないかなあというのが実感です。

梁川くんのいう「根本的な問題」、つまり日中関係を根源的な仕方で変容させるような国際政治的な問題に、私たちは「直接」触れることはできません。

例えば田中角栄は日中関係を劇的な仕方で好転させた政治家でしたが、新潟三区で彼に投票した有権者のなかで、直前の総選挙で、日中関係の改善を託して彼に一票を投じたものはおそらく存在しなかったでしょう。

私たちには、(テロリズムを除いては)直接外交関係に影響を及ぼすような政治的回路は制度的には準備されていないように思います。

私たちが「触れる」ことができるのは、いま目の前にいる一人の外国人であり、その人とどんなふうに意志疎通のできる回路を組み立てることができるだろうか、というレヴェルで考えるのは、それなりに緊急なことだと思います。

「ま、ここは勘弁」というようなことを個人がいくら言っても国家関係には何の影響もないのかもしれません。でも、「グラスルーツ」の個人的つながりがいつのまにか両国民のあいだに及ぼす心理的影響というのは、存外あなどれないというふうに私は思っています。

どうでしょう?

 

これに対してさらに梁川くんから次のようなご意見がよせられた。

言うまでもないことですが、私は大兄のホームページのサポーターのひとりです。

つまり、きわめて善意にあふれる読者であり(本当かいな)、大兄を応援する以外の目的でそのページをクリックすることはありません。

しかしサポーターにはまた、本来通るはずの小野や中田のパスが通らなかったときには、野次や檄を飛ばしていち早く声をあげる権利があります(よね?)。というわけで、今回も普段とプレースタイルがちょっと違うなと思ったので、少々野次を飛ばした次第です。

たとえば、私はご高著に収録されている「愛国心について」で大兄が語っていたことには全面的に賛成しています。つまり国民と国家との関係は「ねじれて」いて当たり前だということです。なのにそのご当人が「『日本は中国に対して間違ったことをした』と認め、『すみませんね』と『日本を代表して謝ること』。これは一続きの行為であり、どれかだけを切り離すわけにはゆかない、と私は考えている。」と言うのは、まるで「おい、てめーら君が代を歌わんかい、おら」と言っているような気がして、変じゃないかと思ったのです。まあ、あくまでも意識の問題ですけどね。

国家と国家が対峙する公の場においてなら「日本を代表する謝罪」ということが当然行われなければならないでしょう。でも個人と個人の出会いにおいては、何も国家と国家の関係を擬態したりせずに、その「ねじれ」を素直に出せばいいと私は思うのです。

「ほんと日本って困るよね。でもこれがおいらの国なんだよね。俺はすまないと謝りたいんだけど、俺の国は謝らない。しょーがないよね。なんでおいらたちの声ってこうお国と遠いんだろうね。とほほ」とかなんとか言っていた方が大兄らしいと私は思ったのです(実際私はうちの大学の中国人教師や中国からの留学生にはそうしています)。でも、御返事を拝読して「日本を代表して」がそれほど強い意味ではなかったと納得したので、この問題はもういいです。

ところで、私が「日本を代表する」云々という感覚に違和感を覚えるのにはそれなりの理由があります。ご承知のように、私は生まれこそたまたま東京でしたが、育ちは北海道、いまは鹿児島です。いわば日本の周縁を渡り歩いている人間です。しかも人生最初の記憶はオーストラリアで、日本に「来た」ときの「嫌な」気持ちはいまだに忘れることができません。白樺と原生林が点在する大地で、キリスト教徒として育てられ、神社やお寺が「日本的」と教えられたときの「嫌悪感」もまた忘れることができません。日本史の試験で京都のお寺の名前を答える問題を、「ふざけるな」と全部空欄で出したこともあります。白砂青松富士日輪など私にとって最も縁遠い風景です。能も歌舞伎も、私にとって「日本的」ではありません。チャンバラ映画や時代劇を最初から最後まで通して見たことは、数回しかありません。演歌や浪花節が聞こえてくると頭痛がして耳を塞ぎたくなります。私にとって「日本的な」ものは、(おそらく日本語を例外として)ほとんどこの国で(あるいはこの国を訪れる外国人にとって)公式に「日本的」とされているものではありません。

こうした話はあまりしたことがありませんが、日本人を装わねばならない面倒くささは、おそらく大兄よりもかなり頻繁に感じていると思います。この感覚は、普段はなかなか口に出して言えないものだけに、なおさら厄介です。ただ、自分が絶対に日本の「表街道」を歩けない人間であるという諦めは、物心ついた頃からいつももっています。(余談ですが、梅原某などを見ていると、痛切にそう感じますね。うんざりします。)

なるほど国家と国民の関係はねじれています。しかしその「ねじれ」の度合いはひとさまざまです。たぶん日本国籍をとった在日の人、あるいは自分が琉球王国の末裔だと思っている沖縄の人、等々は、おそらく「日本を代表して」という気持ちにはなかなかなれないでしょう。私もまたほとんど身体的に「勘弁してくれ」という気持ちになります。これは本当に率直な気持ちの問題で、理念ではありません。思考以前の身体的な拒絶反応です。これを変えろと言うのは、ほとんどホモにヘテロになれと言うようなものでしょう。(中略)

廃県置藩や道州制の導入が検討され、地方分権が本格的に日程にのぼってきたいま、こうした「ねじれ」の多元性にはもっともっと注意が払われていいと思いますね。「『ねじれ』の多元性にもっと市民権を」と言いたいです。「国民国家」に代わり得るより有効な機制は、「自分はどうしても日本を代表しきれないのですけど」と言う人たちが、お互いに率直に胸のうちを明かし合えるとき、はじめて生まれてくるものではないか、と私は思います。

 

あいかわらず怜悧な梁川学兄のご指摘である。

おっしゃることの多くについて私に異論はない。そして、そのほとんどは、語調が少し違うだけで、まさに私が「言いたいこと」そのものである。そして、彼が私の議論の「わかりにくさ」や「噛み砕きいにくさ」として指摘する論点は、たしかに「たいへんに理解してもらいにくいこと」である。なるほど、このへんが「納得いかねーぞ」か、ということを梁川くんに教えていただいた。

ご指摘を奇貨として、その「わかりにくい」論点について、もう少しご理解を深めていただくべく、さらに説明を補うことにしたい。

私が国民国家について考えるときの一番基本にあるのは、「国民国家という政治単位を無害化するために、どんな方法があるのか?」という問いである。

国民国家という概念は政治を考えるときの基礎的な操作単位でありつづけるべきではない、と私は考えている。国民国家よりも「大きな」単位や、「小さな」単位をアドホックに基準にとって、政治プロセスの分析や予見を行うことがいずれ政治学を領する「常識」になるだろうし、なるべきだ、と私は考えている。

そのような見通しにおいて、私と梁川くんはたぶんあまり隔たっていないはずである。

分岐するとしたら、たぶんその先の、ではどのようにして「国民国家を無害化するか?」という問いへの答え方においてであろう。

私はそれを「国民主体が、国民国家の武装解除に同意署名をする」ような営みとして構想している。

つまり、国民国家の無害化のためには、おのれの有害性の解消を宣言するような「主体」がまず立ち上げられなくてはならない、というふうに私は考えているのである。

「私はその歴史的使命を終えた」という宣言に正統性を与えるためにはそう宣言できる「私」がいなくてはならない。それは、日本国憲法の制定のために、大日本帝国憲法の国会法に基づいて帝国議会が召集されたり、第三共和制の終焉を宣言し、ペタン元帥に全権を委譲するために共和制最後の国民議会が召集されるのと似ている。

ある制度を終わらせるためには、誰かがその制度の「最後の主体」というめんどうな役割を引き受けなければならない。私はそう考えている。

これについて私は以前に「戦争論の構造」にこう書いた。

「私たちはこれまでアメリカの世界戦略への『従属』や『抵抗』、英霊の『鎮魂』や戦争被害者への『償い』について語りながら、そこで従属したり、抵抗したり、鎮魂したり、保証したりする『主体』とはそもそも『誰』のことなのか、という根本的問題をネグレクトしてきた。」

戦後日本の場合であれば、保守派は「アメリカの世界戦略をどうサポートするか」というかたちで革新派は「アメリカの世界戦略をどう妨害するか」というかたちで、改憲派は「靖国の英霊をどう慰霊するか」というかたちで、護憲派は「アジアの死者をどう償うか」というかたちで、それぞれに「すっきりした」問いを立ててきた。

その絶妙の「分業」こそ戦後日本が採用した「ねじれ」の処理法である。

対立する二つのイデオロギー、二つの陣営の矛盾のうちにすべてを流し込み、そのああいだには対話も和解も妥協も「ありえない」と宣言することによって、日本は根本的な「ねじれ」を解消しないまま戦後半世紀をやり過ごしてきたのである。

「アジアの人民への謝罪」を呼号する知識人と、「失言」を繰り返す政治家は絶妙の「二人芝居」を演じ分けている。そこには少しの「ねじれ」もない。

個人的な経験で言うと、この「二人芝居」がうまいのは、「警察官」と「ヤクザ」である。

「警察官の取り調べ」と「ヤクザの恐喝」は非常によく似た構造を持っている。(このホームページの読者にその両方を経験した方がどれほどいるか分からないが)

彼らはふつう「二人ペア」で登場する。

そして、一人が「こら、われ、なめたらあかんど!」とあたまごなしにどなりつけ、一人が「そんなに大きい声出しよるから、このお兄ちゃんびっくりしとるがな。ま、兄ちゃん、気ぃ悪うせんといてや」というふうに「懐柔」に出るのである。

そして、この「懐柔派」の方につい心を許して、「どないでしょ、あちらの方あんなふうにおっしゃってますけど、なんとかなりませんか?」と和解のためのネゴシエーションの回路を立ち上げようとしたその瞬間に、さきほどまでにこにこしていた「懐柔派」のおっさんその人が表情を一変させて、「何甘えたことほたえとるんや。こら、殺されっど、われ」と凄み、「恫喝派」だったはずのあんちゃんが今度は「ま、ええがな。そこまでいわんと」と助け船を出すのである。

この絶妙の「役割交換」による「二人芝居」を前にして、「被害者」は、ゆっくりとカフカ的不条理のうちに沈み込み、やがて自尊心と判断力を失い、彼らの「いうがまま」になってゆくのである。

経験されたことのある人にはよく分かるであろう。

私が言っているのは、アジア諸国や欧米諸国から見たとき、私たち日本人はこの「ヤクザの二人組」のように見えはしないか、ということである。

「一見すると別の考え方を持って対立しているように見えながら、応答責任の所在がめまぐるしく変化するせいで、結局、まともな対話の相手になる人間がどこにもいない」というフラストレーションを日本と向き合う外国の人々は感じているのではないか、と私は思っているのである。

「ねじれ」というのは、同一人格のなかに矛盾するものが含まれているからこその「ねじれ」であって、違う意見の人たちがそれぞれ自己完結的に混在している状態は「ねじれている」とは言われない。

梁川くんはこう書いていた。

こうした「ねじれ」の多元性にはもっともっと注意が払われていいと思いますね。

「『ねじれ』の多元性にもっと市民権を」と言いたいです。「国民国家」に代わり得るより有効な機制は、「自分はどうしても日本を代表しきれないのですけど」と言う人たちが、お互いに率直に胸のうちを明かし合えるとき、はじめて生まれてくるものではないか、と私は思います。

 

「日本人ひとりひとりが日本を代表する権利と責任を自覚すべきだ」というなんとも気の重い私のもの言いに対する梁川くんの「身体的な拒否反応」は私にはよく分かる。

しかし、私がそんなことを言い募っているのは、そもそも「自分は自分とは意見を異にする人々をも含めて日本を代表するようなことはできないし、する気もない」という人々たちによって支えられてきた「55年体制」に対しての批判としてであったという「ことの経緯」を思い出してほしい。

私の言い方は例によってすごく「規範強制的」だから、「こら、たまらん。勘弁」と言いたくなる梁川くんの気持はよく分かる。よく分かるが、しかし、日本人全員が戦後半世紀「ねじれの多元性」のうちに安んじてきた結果、私たちは袋小路に追い込まれてしまったのではないかという疑念が私の議論のそもそもの初期条件なのである。

私たち全員が国民国家の「主体」として、国民国家そのものの「武装解除の企て」に同意署名をすることができないかぎり、国民国家をめぐる出口のない状況はすこしも変わらないのではないか?これは、加藤典洋の『敗戦後論』のもっとも重要な考想と私がみなして、私が「戦争論の構造」の出発点においた問いかけである。

外部から接近してくる人々に対しては、誰であれ、最初に接触した人が「日本を代表して、交渉相手になる」というような覚悟の持ち方が、いまの日本人には必要だと私は思う。

それは、その人が個人的に日本の政治体制に反対であるとか、文化的伝統に親近感が持てないとか、自分が日本人のようには思えない、といったこととはかかわりなく、必要だと私は思うのである。

カフカの『城』の不条理性は、そこに城があり、城に保護されたり寄生したりして暮らしている人間たちが現にいながら、それらの人々の誰一人、城を代表することができず、Kの抗議や要請や問い合わせに全員が「それに答える権利が自分にはないんです」と哀しげにつきはなす「とりつく島のなさの不快感」に存するのではないか、と私は思う。

私が言っているのは、要するに、日本社会を「反−城」的なものに構築し直そう、日本人のひとりひとりが外国人にとって「とりつく島」になろう、ということに尽くされる。

「どうも日本もこまった国だわ」というのはたしかに私のいつわらざる真情である。

「まったく、国家ではおたがい苦労されられますなあ」と外国のみなさんと肩たたきあってそれで外交万端がうまく整うのであれば、私だってそっちの方がだんぜん気分がいい。

しかし、国民全員が「筑紫哲也」になってしまったとき、全員が「まったくこの国はどうなってしまうのでしょう」と長嘆するようになったとき、「どうもすみません。なんとかします」という人が一人もいなくなってしまったとき、その国は、外国からはたして「主権国家」として認知されるだろうか、ということを私は気にしているのである。

誰かが「どうもすみません」という苦役をすすんで引き受けないかぎり、そんなつまらない役は誰もやらない。

誰もやらないけれど、誰かがやらなくてはいけない仕事があれば、そのときは、「私」がやるほかない。それが「大人の常識」であると私は思っている。

どうでしょう。梁川くん。「そんなのどこの常識なんですか?」と言われそうですけど、うちの老師の教えはそうなんですよ。


6月18日

昨日は杖道の昇段審査があった。正道会の受審者は全員合格。私も無事に三段になれた。

これで允可された武道の段位は総計12段となった。(足し算してどうこうというものではないが、こういう数は多いほうがなんとなくにぎやかでよろしい。)

夕方、兄上と甥のユータがやってくる。遠いところをご苦労さまである。

さっそく南京街の「楽園」で夕食。ここは特別美味しいというほどではないのだけれど、「蟹爪フライ」がけっこういけるのと、料理の出てくるのが異常に早い、という点で私のお気に入りである。(料理が出るのが遅い店は、どれほど味が良くても、私の評価は低い。)

それからうちにかえって、シャンペンなどを喫しつつ、ユータに午前3時まで「説教」。

われながら、どうしてこれほど次から次へと説教のネタが無尽蔵にわき出るのか不思議なほどである。

ユータは神妙な顔で、「ああ、おじさんの言うとおりです。ぼく、お話をきいて、目からウロコが落ちました」などとツボを心得た合いの手を入れる。このへんの要領のよさは私に似ているが、キャラ的には17歳のころの兄上さまを彷彿するところがある。その後の兄上の立身出世ぶりを拝見すると、ユータの未来もあまり心配しなくてよさそうである。

ともあれ先日は東京でるんちゃんにこってり説教されてしまったので、今回は「江戸のかたきを長崎」で、るんちゃんの従弟が私の犠牲者になったのであった。「説教」エネルギーの絶対値は変化しないままかくのごとく「説教」は宇宙を循環するのである。きっと、明日あたり、ユータのガールフレンドがこってりと「人の道」を説き聞かせられるはめになるのではないだろうか。気の毒であるがしかたがない。それが宇宙の真理なのだよ。


6月15日

梅雨時は疲れる。

学生さんも疲れるらしく、大雨が降ると講義の出席者が激減する。

私も学校に行きたくない。

雨が嫌いなわけではない。

雨の日曜なんていうのは好きだ。

一日家にいて、机にむかっていればいいのなら、むしろ雨の日のほうが気持ちいいし、能率も上がる。(そとが青空ピーカンのときに家の中でこりこり本読んでいると「こんなことで、あたら青春を空費していいのだろうか?」という自問が深まるからである。私の「青春」なんてもちろん空費し切ってかけらも残ってないが。それでも、海岸でビーチボーイズ聴きながらピナコラーダ呑んでいる方が人間として正しい生き方ではないかという懐疑がおじさんの胸裡にも去来するわけである。)

今日はひさしぶりの「午前中オフ」の日であるので、くーすか9時まで寝る。

そとは雨。

今週も週末がない。土日「出勤」である。(先週もなかったし、先々週もなかったし、その前の週もなかったし、その前の週も、その前の週も・・・思えば、5月6日が私の「最後の日曜日」であった。)

いったいいつになったら明窓浄机に端座してほっこり渋茶を啜りながらこりこりと原稿を書く日が訪れるのであろう。

そんなスケジュールを組んだバカは私自身であるから誰を怨むこともできないが、それにしてもどうして「やりたいこと」を後回しにして、「どうでもいいこと」から片づけるように人間は仕事のスケジュールを組むのであろう。

結果的に私は「どうでもいいこと」を片づけるだけで一日の過半を費やしていて、「やりたいこと」にたどりつく前に息絶えている。このままゆくと「どうでもいいこと」を片づけるだけで一生の過半を費やし、「やりたいこと」にたどりついたときは寿命が尽きているということにはならないのだろうか。オーマイガ。

日曜の夜は兄上さまと甥のユータが神戸にやってくる。

兄上さまもまた激務多忙の人であり、その心痛の深さは私の想像の及ぶところではない。その心労を聊かなりとも癒すべき一夕の清談と「ユータにガツンと言ってやってよ」を求めて長駆神戸までご来駕されるのである。

いうなれば「説教旅行」である。

そういえば、昨日、キャンパスで能楽部の学生さんが「先生、こんど先生の研究室に行っていいですか?」と訊ねてきた。

「いいけど、なんで?」

「説教してください!」

そんなこと、急に言われても。ねえ。


6月13日

鈴木晶先生が書評されていた鄭大均さんの『在日韓国人の終焉』(文芸春秋)が届いたので、それを読む。

鄭さんの主張は在日韓国人は、国家への帰属感が稀薄化している韓国籍にこだわることを止めて、日本国籍をとって、日本のフルメンバーになる方がいい、というものである。

現在日本に在住している韓国朝鮮籍の人々は63万人。そのうち52万人がサンフランシスコ講和条約で日本国籍を失った人々とその子孫に当たる「特別永住者」である。

日本に帰化して日本国籍を取得した人々は52年から99年までで23万人。

この数は決して多くない。それにはいくつか理由がある。

朝鮮総連のスタンスは明快だ。総連ははっきりと「帰化は民族に対する裏切り」と言明しており、「在日」とはあくまでテンポラリーな身分であって、祖国にもどって「堂々たる朝鮮民主主義人民共和国の公民として」生きるのが「本来」のあり方であるとしている。だからこそ80年代まで北朝鮮帰国運動というものが存在し、9万3千人が「帰国」を果たしたのである。(その後、北朝鮮の実状がしだいに在日朝鮮人にも知られるに及んで、帰国運動はしりすぼみになっている。それでも、北朝鮮がいずれそれにふさわしい「祖国としてのディグニティ」を回復すれば、帰国運動は再開されるだろう。)

彼らは期間は長いが本質的には「トランジット」の人々である。だから、朝鮮総連が国籍を求めないと同時に、参政権も要求しないし、指紋押捺も拒否しないというのはとりあえず論理的な行動である。(「長すぎるトランジット」がもたらす矛盾にいずれ直面せざるを得ないとは思うが)

では韓国籍の人々はなぜ日本国籍を取得しないのか。

もちろん第一には「差別国家」日本の国籍を取ることは、植民地主義の被害者という立場を放棄し、いわば加害者と一体化することだ、という強い心理的抵抗が働いているからである。

しかし、外国人として日本にとどまる限り、彼らは日韓いずれの国家のフルメンバーでもない、というきびしい重荷を背負わさていれる。

在日韓国人は兵役義務がなく、韓国での住民登録がないので選挙権を持たない。(中には、「在韓・在日韓国人」というかなり複雑な状況の人たちもいる。住民登録して、日本永住権を放棄すれば、韓国のフルメンバーになれるが、その決断する人は少ない。)

「日韓いずれの国家のフルメンバーでもない」という引き裂かれた状態を鄭さんはできるだけはやく解消したほうがいいと考えているが、この「宙吊り」をむしろ思想的な意味で「生産的なもの」と考えようとする人々がいる。

鄭さんによれば、日本の「共生論者」「多文化主義者」「人権主義者」たちは、そのように考える傾向にある。

そこには「差別国家日本」の制度的矛盾をまさに生きている人々こそが国家制度変革の旗手となるべきだ、という(マルクス以来の)「制度の最大の被害者=制度改革の主体」という考え方がある。たしかにメディアの論調を徴する限り、日本の多少とも左翼的な知識人はこの立場につよく親和的である。そのせいで、現在日本社会では帰化に対するモラル・サポートは驚くほど少ない。

鄭さんの発想法は「国籍を取ることによって失うもの」と「国籍を取ることによって得るもの」をクールに計量すれば、結論は出るのではないか、というものである。このような計量的な知性のあり方を私は支持する。

たしかに「心理的抵抗」や「ルサンチマン」や「民族の誇り」といったメンタルな要素は計量的に論じることの困難なものだ。だが、日韓いずれの国にも十分に帰属できない「No man's land」の住民であり続けるという現在の生き方をこれ以上続けることに積極的な意味を見出すこともひとしく困難であると思う。

鄭さんはこんなふうに書いている。

「在日韓国人が韓国籍を維持したまま生きるということには歴史的、道徳的意味があるのだという人がいる。

だが、私の考えでは、在日韓国人が日本で生活していることに深い意味や特別な意味はない。在日の一世たちは朝鮮半島よりは日本を生活の場として選択したのであり、その子孫である私たちもそれを受容しているだけのことである。そして、私たちはこれからも日本で生活していかなくてはならないことを知っているし、日本で生活するからには日本国籍が必要なことも知っている。(・・・)

つまり、在日韓国人は『永住外国人』などという宙ぶらりんな存在としてよりは、日本国籍を取得して、この社会のフルメンバーとして生きていけばいいのであり、そのために必要なら帰化手続きの弊を指摘すればいいのである。

在日韓国人・朝鮮人は日本国籍を取得し、日本のフルメンバーになるほうがいい。(・・・)重要なことは、私たちは外国籍を持つ限り、政治的な権利から遠ざけられるというだけでなく、責任や義務の感覚からも遠ざけられてしまうということである。」

そのための具体的な提言として、鄭さんは「特別永住者」は「無審査」で、申請にもとづいて国籍が取得できるようにすること。姓に用いてよい漢字に制限を設けないこと。特別永住者以外の「一般永住者」(52年以降に定住した人々)にも日本国籍取得の方途を確保すること。特別永住者には二重国籍を認める可能性も吟味すること、を挙げている。

たしかに在日韓国人にとって帰化は心理的に容易な選択ではないだろう。けれども、できるだけ帰化の物理的条件を緩和することはできる。物理的なハードルをできるだけ下げて、心理的な抵抗「だけ」クリアーできれば、国籍取得がかなうように制度を整えるようと提言することは、共生論者や多文化主義者が思うほどに欺瞞的で犯罪的なことではないと思う。

日本国籍を取ることと、民族的アイデンティティを保つことは別に矛盾しない。現に、韓国系アメリカ人や中国系アメリカ人は、「アメリカ国民」でありながらそれぞれの民族的アイデンティティを強く意識し、伝統文化や固有の価値観をアメリカ社会に認知させようと努力してきており、それは一定の成果をあげている。

それと同じことがどうして日本では不可能であるし、試みるべきでもない、とされるのか、鄭さん同様私にもうまく理解できない。

日本社会に文化的多元性と混質性をもたらす、という目的だけから言えば、それが「韓国系日本人」や「朝鮮系日本人」であってはならず、「在日韓国人」「在日朝鮮人」でなければならないとされる理由はないはずである。

率直に言わせてもらうと、私自身はそれが日本人であれ外国人であれ、おのれの「エスニック・アイデンティティ」を声高に主張する人が嫌いである。

繰り返し言うように、単一民族・単一文化・単一言語という幻想は21世紀においてはできるだけ早い時期に廃棄すべき「遺物」だと思っている。しかし、それでも「エスニック・アイデンティティ」を声高に語りたい、という人の気持ちは尊重するほかない。「いいとは思わないけれど、それほど固執してるなら、好きにしたら」と言って肩をすくめるほかないことだって時にはある。

「外国人参政権」の問題について、昨年の10月ごろにこのホームページにその感想を書いたことがある。それについては、ずいぶんいろいろなところから批判を受けた。

私が言いたいことはそのときとすこしも変わらない。そして、それは鄭さんの主張と多くの点で重なっている。

(1)日本社会が多民族・多文化共生型の社会になることはよいことだし、そもそもそれ以外の現実的な選択肢はないと思っている。(この点で私は日本のナショナリストと意見を異にする。)

(2)多民族・多文化共生社会をつくりあげてゆくためには、「単一民族・単一言語・単一文化の祖国」への幻想的な帰属感のようなものは阻害要因となるだろう。(この点で、私は「共生論者」と意見を異にする。彼らはさまざまな国籍と民族的アイデンティティをもった「外国人」の混在を「多文化共生社会」だと考えているからだ。この「理想社会」は私には索漠として非寛容なもののように思える。たぶんそれは、私が「エスニック・アイデンティティ」の過剰をはげしく嫌っているせいである。)

(3)さまざまな文化的バックグラウンドをもち、出自を異にするひとびとが、その意志さえあれば、容易に正規の日本国民となることができ、ひとしい政治的な権利と義務を負う制度を整備することが必要である。(ただし「権利」という言葉に私が与えている意味は、通常の理解と異なるかもしれない。)

ある社会において「市民としての政治的権利を行使する」ということは、昨日の日記にも書いたけれど、単に一市民として、社会制度の不備や犯罪性や後進性を告発したり糾弾したり「できる」ことだけを意味するわけではない。

「日本人を代表して」両国の友好的な未来について約束することばかりでなく、「日本人を代表して」(自分自身が個人的には反対している政策についてさえ)「外国人」の叱責にうなだれて聞き入ることもまた私たちの「政治的権利」の一部だと私は考えている。

私は先日中国人の劉先生に「日本人を代表して」うなだれて謝罪したけれど、私にむかって「ウチダにはそんな権利はない」いう人がいたら、私は「いや、私にはその権利がある」と答える。私は日本のフルメンバーだからである。私には「恥じ入る権利」がある。

逆説的な言い方だが、私には日本人として「責任をとる権利がある」のである。

「批判はするが、責任はとらない」というようなことは集団のフルメンバーがとることのできない態度である。

というのは、ある社会を住み易くするのは、最終的には、その社会が「すみにくい」と声を荒立てて批判する人間ではなく、その社会がすみにくいと批判されて「恥じ入る」人間だからである。

もちろん、誰かが最初に「すみにくいぞ」と声を荒立てない限り、問題は前景化しない。

だから、おのれの帰属する社会をラディカルな語法で「批判をする」ことができ、かつその「批判」をみずからの「痛み」として受けとめられる、という二重の能力が集団のフルメンバーの条件になる、と私は考えるのである。

ある集団に対して専一的に「批判的」にのみコミットし、その集団のもつ欠陥や不備については責任を感じないでいたい、という欲望の切実であることを私は理解できる。

「無垢」でかつ「無責任」でいたいというのは自然な欲望だからだ。

そして、私たちはそのような欲望に身を委ねるもののことを「子ども」と呼ぶのである。


6月12日

大阪の小学校で8人を惨殺する事件があった日に、新聞にアメリカの喫煙者がフィリップ・モリス社を相手の訴訟で勝訴して30億ドル(!)の賠償金を勝ち取ったという記事が出ていた。

この男は13歳から40年間毎日2箱フィリップ・モリスのタバコを吸い続け、肺ガンになった。その責任はひとえに「タバコ会社の宣伝」に欺かれたためである、という主張を裁判所が認めたのである。

二つの事件は同じ問題をめぐっている。

それは「自己責任」ということである。

刑法39条は「心神喪失・心神耗弱」についてこう規定している。

1・心神喪失者ノ行為ハ之ヲ罰セス。

2・心神耗弱者ノ行為ハ其刑ヲ減軽ス。

大阪の殺人者は離婚した妻に対して再三「精神病者がやったら無罪や」「人を殺しても死刑にも無期にもならん」と脅迫を繰り返していたと伝えられている。(6月12日付朝日新聞)

事件を起こした男は、刑法39条を知った上で、犯行に臨んだわけである。つまり、自分には「責任能力がない」ということが、彼にとって免罪の効果を持つことを知りつつ、「責任能力がない」生き方を突き進んだということである。

アメリカの裁判所の判決についても同じことが言えそうだ。

この判決のほんとうの狙いは喫煙習慣そのものを(少なくともアメリカ国内では)廃絶することにある。おそらくそれはアメリカ国民の健康に裨益するところが多であろう。

しかし、その代償に失ったものもあると私は思う。

たしかに、社会の成り立ち方について無知である人間は、社会の成り立ち方を熟知している人間よりも、なした行為について責任が少ないというのは、理にかなっている。

「子どもがしたことだ、大目に見てやんなさい」というのは大人として当然の対応である。

しかし、「子どもはしたことは大目に見られる」という「社会の仕組み」を知った上で、なお「子ども」であり続ける生き方を選んだ人間について、「この人は社会の仕組みが分かっていない子どもなのだ」という理由で免責を求めることが可能なのだろうか?

「ゲームのルールを知らないプレイヤー」にはルールを厳密には適用しない、という考え方には合理性がある。

しかし、「ゲームのルールを知らないプレイヤーにはルールを厳密には適用しない」ということを知った上で、ルールを「知らない」ですませる道を選んだプレイヤーは、その段階で、ルールについて、ある意味で合理的な判断を下していることになる。

ルールについて「ある意味で合理的な」判断を下せる人間を「ルールを知らないプレイヤー」とみなすことは可能であろうか?

アメリカの喫煙者について言えば、彼は(その主張を信じるならば)「資本主義企業は商品を売るためには、その害を隠蔽しつつ宣伝を行うこともある」という経験的事実を52歳に至るまで知らずに生きてきた。

しかし、「商品を売るためにその害を隠蔽した資本主義企業は消費者からの訴えで敗北することがある」という経験的事実についてはかなり早い段階からこれを知っていた。

「煙草が健康を害すること」は知らないがと「消費者訴訟の進め方」は知っている人間、というのはどういうタイプの人間なのだろうか?

「ゲームのルール」を知らなかったはずのこの男たちは、「ゲームのルールを知らないと主張すると、ルールが適用されないことがある」というルールは知っていた。

「ロジカル・タイプ」という考え方を用いれば、大阪の男も、アメリカの喫煙者も、「ルールの適用範囲と効果についてのルール」(それは「メタ・ルール」と呼ばれる)は知っていた、ということになる。

メタ・ルールを理解し、それを遵守する能力がありながら、ルールを理解し、それを遵守する能力がない人間の在ることを私は信じない。

それゆえ、彼らの行為の結果は彼らの自己責任によって贖われるべきであり、余人にその責を求めることはできない、と考えるのである。


6月9日

昨日は総文の「新歓コンパ」である。

総文の「新人」は英文から移籍してきた三杉圭子・難波江和英・渡部充のお三方と、広州からの客員研究員の劉先生である。

なぜ英文から3名の先生が総文に移籍することになったかについては、長く複雑ないきさつがある。

私はその「長く複雑ないきさつ」のはじめから最後までを見届けた当の本人なのであるが、それはあまりに「長く複雑ないきさつ」であるために、いったいそれがどういう「いきさつ」であったかをいまや思い出すことができないほどである。

しかし、そうもいってられないので、同じく、その移籍交渉の当事者でもあったウエノ先生に、「ねえ、先生、そもそもどういう理由でこのお三方は総文に移ることになったんでしたっけ?」と先日訊ねたのである。

すると、驚くべきことに、ウエノ先生も「え?」と絶句したまま、「どうしてだっけ?」と私に反対にご下問されたのであった。

そのウエノ先生はどうやら昨日はそのいきさつを思い出されたらしく、新人紹介の席で「これはマリナーズがイチローを、メッツが新庄を、無料で手に入れたようなものです」というご説明をされていた。

なるほど、そういうことであったのか。みんな納得してにこにこしていたが、なぜオリックスと阪神が両選手を無料で放出したのかについての謎はウチダ的には深まるばかりであった。

ま、それはさておき。

劉先生からはなかなか痛烈なお話を聞いた。

現代中国の一般庶民の感覚からして、どうしても理解できないのは、「なぜ、日本は中国侵略について、公式な謝罪をしないのか」ということと、「なぜ戦犯を合祀している靖国神社に政治家たちは参拝するのか」ということであった。

その理由を聞かれても私にだって説明できない。

だまって「どうもすみません」とうなだれるほかにない。

うちのゼミのある学生が、先日のゼミで、海外旅行で中国人に会うたびに、「なぜ日本は南京虐殺の犯罪性を過小評価しようとするのか・・・」「なぜ歴史教科書で自国の戦争犯罪を正当化するのか・・・」という詰問を繰り返し投げつけられて、いい加減うんざりしてきた、という話をしていた。

学生さんの個人的な感触のレヴェルでは、「中国人って、日本人をみれば、叱責するばっかり・・・」という「不快感」がしだいに醸成されている、という危険な現実がある。

これは、たしかに、感覚的には分かる。

「日本人だから」という理由で、日本の政治史のすべての問題点について、有責であるかのように遇されるのは、彼女たちからすればたまったものではあるまい。

そもそも、彼女たちが「選挙権」を得たのはほんの一年くらい前なんだから。

そして、おそらく彼女たちは、それまでもこれからも「南京虐殺を正当化する政治家」や「靖国神社公式参拝を断行する」政治家に投票なんかするはずないのである。

自分の政治的意見を参政権を通じて行使することのできなかった時期の政治的行動について、そして、自分がそれに対して反対であるところの政策について、「日本人だから」という括り方で問責される、というのは彼女たちからすれば「不条理」な経験だろう。

かつて毛沢東は中国人が憎むべきなのは「日本軍国主義」というイデオロギーであり、「日本人民」ではない、という「イデオロギー」と「生活者」のあいだの水準差について語り、日中両国の人々のあいだの友好の基礎を築くことに成功した。

しかし、これは中国人が口にすることは許されるが、日本人が口にすることは許されないようなタイプの「説明」である。

私たちは、やはり劉先生が「代表する」中国人民の訴えの前には、日本人を「代表して」静かに頭を垂れて「すみません」と謝罪する他にとるべきみちはないと思う。

国民国家というものは、そのような「擬制」である、と私は思っている。

私が現に菊の紋章の入ったパスポートを使っているかぎり、日本政府が私たちに提供する国家的なサービスの恩恵を蒙っている限り、私は公式行事では「君が代」を唱和し、「日の丸」に敬礼する。それは「擬制としての国民国家」を私が「利用」していることへの私なりの「支払い」である。すこしも心楽しくはないが、しかたがない。

国家を相手にして「いつもにこにこ」しているわけにはゆかないし、そのような関係を国家とのあいだに取り結べるなどと考えている人間がいたとしたら、そいつはバカである。

だからといって、「国家とおいらはかんけーねーよ」と言うわけにはゆかない。

言うわけに行くひともいるのであろうし、その人にはその人なりの堂々たる言い分もあるだろうが、私には言えない。

私は日本という国家の逃れられない「共犯者」である。

私はあきらかに国家からの「恩恵」を被っているからだ。多少はひどいめにも遭っているが、トータルでは、「私が国家に奉仕した分より、かなり多めに私の方が国家から恩恵を受けている」ことについては確信がある。

劉先生にとっても、私の場合と同じく、中国という国家は「擬制」である。

劉先生は、中国共産党の腐敗にきびしく批判的であったし、官僚の汚職や、沿海部と内陸部の経済格差についても悩みが深かった。しかし、それにもかかわらず、「その歴史的使命を終えつつある中国共産党」や「先の見えない資本市場化」を「込み」で、「中国」という国を「代表」して、発言していたからである。

いったん国外に出た以上、国家の「罪」を含めて、それについて「代表」して説明し、弁明し、将来の方向について約束する責任が国民一人一人にある、というのが劉先生の「常識」である。

私はこの「常識」は健全であると思う。

そして、この「常識」から出発する以外にはないだろうと思う。

このような「常識」に依拠するかぎり、どこまで行っても、結果的には「国民国家」という19世紀的な枠組みを追認し、場合によっては強化するばかりだぞ、というご批判もあるだろう。

だとしても、「国民国家」がつくった「借金」は、「国民国家」の「通貨」で支払う他ないのではないか。

それを払い終わってようやく、「ね、もう国民国家とかいう枠組みで取引するの、やめない?」という「次のステップ」に私たちは進めるのだと思う。

劉先生と話していて感じたのは、中国の人たちも、ある意味ではこんな議論に「うんざりしている」ということであった。

彼らもまた、こんな議論の水準からはいいかげんに離陸して、もっとリアルで、もっと開放的で、もっと生産的な、「日中の未来」について、語り合いたいのである。

そこに進めないで足踏みしているのは、私たちの側の責任であって、中国の人たちの責任ではない。

そのために必要なことは、不条理なようだが、「自分とは意見を異にする人間たちをも含めた日本」という国を私たち一人一人が、外国人に対しては「代表」するという「苦役」を受け容れることなのである。

そのような「苦役」をあえて引き受ける国民同士のあいだでのみ、「国民国家を止揚する」方途について語り合う機会が生まれるのだと私は思う。

ノーム・チョムスキーはアメリカ政府の外交政策に対して一貫して批判的である。彼はアメリカが他国に対して犯したさまざまな失政や愚行をはげしく罵り続けている。

「アメリカは日本に対しても間違ったことをした」とチョムスキーは力説する。

それによってチョムスキーは国際的な「批判的知性」としての名声を高めている。

けれど、だからといって、ゆきずりの日本人に対して「頭をたれて、すみませんねと謝る」というようなことはチョムスキーはしない。

なぜなら、彼は「自分にはアメリカを代表する義理なんかない」と思っているからだ。(だって、ずっと批判してきたんだから)

私はこういうのはどうかと思う。

どれほど痛烈に自国政府を批判してきたとしても、それでもチョムスキーは「アメリカを代表して謝る」「国民の義務」からは逃れることはできないと私は思う。

「日本は中国に対して間違ったことをした」と認め、「すみませんね」と「日本を代表して謝ること」。

これは一続きの行為であり、どれかだけを切り離すわけにはゆかない、と私は考えている。

それは私が日本政府の施策に個人的に反対であったり、私自身が自民党に投票したことがない、というような事実によっては決して回避できない「国民の義務」だと思う。


6月7日

井上雄彦『バカボンド』を一気読みする。

『スラムダンク』の最初のころにくらべると、絵がずいぶんうまくなった。(なんてプロに向かっていうのは失礼だけど)

『バカボンド』は吉川武蔵の何度目かのマンガ化である。

吉川英治の『宮本武蔵』は、富田常男『姿三四郎』とともに、武道少年少女必読文献である。これを読まずして武道を語ることはできぬ。(合気道部員で読んでないひとはまさかいないよね?)

私は小学校5年生のときに『宮本武蔵』にはまって、以後1年間ほど、あけれもくれても吉川英治ばかり読んでいた時期がある。

そのときは、映画で見た三船敏郎と中村錦之助のイメージが強すぎて、それを振り切って、自分なりの武蔵像を造形するのにずいぶん手間取った覚えがある。(私にとってイメージ的にいちばん近いのは『唐獅子牡丹』のころ、30代なかばの高倉健である。ただし、健さんは中村武蔵のときの佐々木小次郎役。ちなみに三船武蔵の小次郎は鶴田浩二。これはグッドキャスティングでした。)

野性的でかつ求道的なキャラクターというのは、なかなかむずかしいね。

今の人だと誰かな。

個人的には金城武くんなんかいいと思うけど。(ぼさぼさの総髪が似合いそう)生きていたら松田優作か。あ、ということは、キムタクくんにもチャンスはあるな。織田裕二はむりか。

ま、それはさておき。井上『バカボンド』が画期的なのは、主人公が「こども」だということである。

17歳の関ヶ原敗戦から始まって、武者修行の最初のころ(吉岡道場とのトラブルとか、柳生城での大騒ぎとかのころ)は二十歳そこそこなんだから。三船敏郎ではいくらなんでも「おじさん」すぎる。あんな余裕があるはずがない。

これは「コロンブスの卵」であった。

又八も「こども」だし、「おつうさん」も「こども」なのである。

そうなんだ。戦国時代というのは、「こども」が走り回っていた時代なのである。『七人の侍』の勝四郎みたいな「こども」が命がけの修業をつんでやっと大人になる時代なのである。

ひとが二十歳になるかならぬかで、ばたばたと死んでゆくような時代の「こども」は、短期間にもの凄い勢いで「おとな」になる以外に生き延びる術がない。

『バカボンド』は「もの凄い勢いでおとなになる以外に生き延びる道がないこども」を主人公にしたマンガである。

それは人格的成長をとげることによって「豊かな人生を送りましょう」とか、そういう牧歌的な話ではなく、「おとなにならないと、死ぬ」という切実な「ビルドゥングスロマン」なのである。

井上雄彦は『スラムダンク』でも、年齢に比して異常に幼児的な主人公が、その幼児性ゆえに、ありあまる才能をほとんど致命的に損なうところにドラマの縦糸を通していた。

しかし、桜木くんは、いくら「ガキ」でも、せいぜいバスケットチームのレギュラーポジションからはずされたり、試合に負けたりする程度のペナルティしかこうむらない。

それでは、少年読者に対する、「おとなになれ」という井上の強いメッセージは届かない。

だから、井上雄彦は「ガキは死ぬ」という過激な物語に踏み込んだのではないか、と私は思う。

岡野玲子といい井上雄彦といい、どうしてこんなに巨大なスケールと才能をもった人がマンガの世界にはごろごろしているんだろう。(純文学の世界には、まったくいないのに。高橋源ちゃんもいいかげんに泣き言いうのをやめてマンガ家に転向したらどうだろう。)


6月6日

偶然ということがあるね。

先日、5月26日にI田先生と飲んでいるときに、急に先生が「あ、今日は私の離婚記念日だ!」と声を上げた。

ほんとですか、奇遇ですねと言っているうちに、私もなんか、その日が自分に関係あるような気がして、考えてみたら、5月26日は私の結婚記念日であった。

これをユング派のひとは「シンクロニシティ」と呼ぶ。

私とI田先生の*婚記念日が同日である確率は一年のカレンダーに任意に二つずつ○をつけたとき、そのうちの一つが重なる確率であるから、たぶん、それほど驚愕すべき数値ではない。

その日になって、そのことをふっと「思い出す」のも、まあ、よくあることといえば、よくあることである。

では、こんな話は?

18歳のとき、予備校をさぼって映画を見に行った。

『ローズマリーの赤ちゃん』というポランスキーのホラー映画である。

映画の中の、「ローズマリーの赤ちゃん=悪魔の子ども」の出産予定日が(たしか6月13日だったと思うけど)がなんだか気になった。

よく考えたら、前につきあっていた彼女の誕生日だった。その子はみんなから「悪魔のような女」と呼ばれていた。

「おお、テリブル、テリブル」とつぶやきながら映画館を出て、真夏の日差しにげんなりして、「ああ、早く夏休みにならないかな」と思ったらその日が6月13日だったことに気がついた。

これは365分の1x365分の1=13万分の1の確率でしか起こらない出来事であるので、そのときに背筋を走った不快感をいまでもよく覚えている。

『マグノリア』はGreenberryhillという街路で起きた強盗殺人事件の犯人の名が Green と Berry と Hill だった、という実話から始まる。

フロイトはこのような「偶然の一致」のもたらす「気味の悪さ」について『無気味なもの』の中で分析を加えた。

例えば、クロークでもらった引換券の番号が62番で、そのあと乗った船室の部屋番号が62番だったりすると、「無気味と思うのだ」とフロイトは書いている。

「この同一数字のしぶとい再帰には背後に何か隠された意味があると思うのである。」

「意味もなく反復するものは気味が悪い」というのは言い換えれば、人間にとって「反復するもの」は有徴的に意識され、「ランダムなもの」は無徴候的だ、ということである。

「おお、これは不思議な符合だ」

ということに気づかれる、ということは言い換えれば「符合しない」その他のすべての事例は無視される、ということである。

つまり、人間は「不思議な符合」にすごく興味があり、それが好きなのである。

だから、おそらく人は無意識のうちに、反復を探し求めている。

(フロイト自身ははっきりそうとまでは言ってないけれど)フロイトの理論を展開すると、クロークの引換券がに62番をもらった人は、その次に「番号もの」を引き当てるときに、62番を引く確率が高いような行動を無意識にとる、ということになる。

つまり、電車の切符を買うときに、経験的に62番がどのへんにあるかはなんとなく分かっているので、「喫煙車の、窓側の、進行方向向きの・・・」といった限定を「何となく」つけることで、自力で偶然を引き寄せるわけである。

同じように、さっきのグリーンベリーヒルの殺人事件の場合、グリーンさんとベリーさんとヒルさんが、「よし、強盗やるべ」と衆議一決したときに、「場所は?」という問いに、無意識的に三人が「そら、グリーンベリーヒルしかないべ」と口を揃えた、というのがことの順序であろう、というのがフロイト的解釈である。(ネタが分かると、つまんないですね)

どうして、「偶然の一致」を私たちの無意識が求めるのかについて、フロイトは、『快感原則の彼岸』で、人間は「同一物の反復」が心底好きだからである、という身も蓋もない説明を試みている。

それが「生物の原状」すなわち「死」を象徴するからである。

だから、「執拗な反復」に、私たちが「ぞっとする」のは、その瞬間に、私たちが「死」に触れてちょっと「ひんやり」するからなのである。(グリーン、ベリー、ヒルの三人もちゃんと絞首刑になったし。)


6月4日

ようやく下川正謡会が終わった。

湊川神社までご来駕下さいましたみなさまにお礼申し上げます。

おかげさまで楽しい初舞囃子をつとめることができました。

実に気分よかったです。あれは。

しかし、朝10時半に素謡『藤戸』のワキツレで出たあと、午後5時半まで7時間近く待たなければいけない。さすがにくたびれた。

切り戸口のところに女学院の能楽部の諸君が三人いたので、ときどきおしゃべりをしていたのであるが、その子たちに本番前に「先生、眼の下にクマが出来てます」と言われた。

打ち上げでビールと紹興酒を頂いて、家に戻って、お風呂に入ったら、もうまぶたが下がってきて、午後10時に就寝。眼が醒めたら、次の日の午前11時。13時間眠ったことになる。

全身の細胞からこれまで抑えていた「疲労物質」が細胞膜を破ってとろとろと流れ出してきたような感じで、もうベッドから一歩も動きたくない。

これで、5月はじめから一月にわたって続いた「必殺合気道月間」と「必殺能楽週間」が無事に終わったのである。疲れもする。

ようやくウチダも本来の「学究生活」に戻ることが出来る。

「学究生活」はほんと楽だ。

本読んで、原稿書いて、よしなしごとを夢想していればいいんだから。

思索の世界は、私一人の世界である。

本を読んで意味が分からなくても、夢想が奔逸してしまっても、原稿を書きすぎても、それによって、直接的に迷惑を蒙る人はいない。(間接的に困る人はいるけれど、それはしばらく先の話。)

とりあえず、誰にも迷惑をかけないですむし、誰にも怒られない。

そもそも、私は存在しているだけで、誰かに迷惑をかけたり、誰かを怒らせてしまう人である。だから、他人といるときは、いつも「誰かを怒らせてないかしら」と気をもんでいないといけない。気疲れする。(「誰かを怒らせてやろう」という邪念を発しているときもあって、それはそれで自分の発する「邪気」に当たって、気疲れするのである。)

一人でいられるときには、ほんとうに心安らぐ時間なのである。

さあ、いよいよ「仕事の時間」だ。


6月3日

微熱があってたるいのでツタヤでバカビデオを借りてごろごろしている。そしたら「TSUTAYA CLUB MAGAZINE」というフリーペーパーを頂いた。

私はこういうフリーペーパーに掲載されている映画評というものを映画批評としては認めていない。(その理由については『映画は死んだ』の序言に書いてある。)

ひごろ他人の職業にあれこれ差し出がましいことを言わないウチダであるが、映画批評に関してはいいかげんなことを書いてお金をもらっている人間には非寛容である。

なにしろ、私の映画批評は「無料」だからである。

え?『映画は死んだ』って本出してお金貰ってるだろって?

冗談言ってはいけません。

あれは「自費出版」である。

松下くんも私も、自腹切ってでも映画についてしゃべりたいから本出したのである。

もしお金を頂いて映画の本が出せるのであれば、『映画は死んだ』は二段組600 頁全24巻というようなものになったであろう。(お金がなかったので、258 頁の本しか出せなかったのだ。)

だから、仮にも原稿料をもらって映画評を書く以上は、それなりの緊張感を以て書いて頂きたいのである。

私がひっかかったのは、『シャフト』の解説である。そのまま採録する。

「70年代、黒人意識高揚のために作られたブラック・プロイテーション映画。数ある作品の中でも特に、黒人のみならず、白人たちからも圧倒的な支持を得た、あの『黒いジャガー』が、スパイク・リーと並ぶブラック・シネマの旗手である、ジョン・シングルトンによってリメイクされた。」(Tsutaya Club Magazine, vol.68, 2001 June)

これはひどい。

どういうふうにひどいか書いた本人は分かっているだろうか?

だいたい「ブラック・プロイテーション映画」って何ですか?

そんな言葉はこの世に存在しない。

存在するのは「ブラックス・プロイテーション映画」である。

「ブラック」と「ブラックス」なんて、単数複数かアポストロフィのあるなしの違いでしょ、いいじゃないですか、堅いこと言わなくても。

ちがいます。

あのね、「ブラックス・プロイテーション」はBlax Ploitation=Black + Exploitation の略語なの。

Exploitation というのはマルクス主義者ご存じの、「搾取」のことである。「搾り取ること」である。

つまり「ブラックス・プロイテーション映画」というのは「黒人意識高揚のための映画」ではなくて、「黒人観客を騙して、金を搾り取る映画」のことなのである。

江戸木純先生によれば、オリジナル『黒いジャガー』(1971)は、「黒人映画の商品価値に気づいたメジャーの映画会社」が「爆発的なアフロヘアー、怒濤のモミアゲと濃厚の口髭、襟がやたらとデカい上着に、タートルネックというよりとっくりセーター、股間パツパツのベルボトムのパンツ、金ピカど派手なアクセサリー、手にした銃はもちろん銀色。ハーレムやタイムズスクエアを大股で闊歩し、いつも脇にはケバケバの女たち(白人を含む)を何人もはべらせている」ヒーローを主人公に映画を作ったら、バカ黒人観客はわいわい見に来るべ、というせこい算盤をはじいて作った最初のメジャー映画である。(「ブラックスプロイテーション映画の逆アパルトヘイト」、『映画秘宝第一巻:エド・ウッドとサイテー映画の世界』1995)

これを「黒人意識高揚映画」と言うのは、不正確というのよりは歴史の歪曲である。

ハリウッド・メジャーというのは、そんな牧歌的なところではない。

もちろん「結果オーライ」で、マーケットが支持すれば、カッコイイ黒人たちを主人公にした映画がたくさん作られ、白人観客もそれに拍手し、それによってアメリカにおける黒人の社会的地位が向上したのであれば、それはそれでよいことかもしれない。

しかし、もともとの動機はひどくダーティだったのである。

そして、まさしく、そのようなブラックス・プロイテーション映画に対する深い嫌悪からスパイク・リーは「ほんとうの黒人のための映画」を作り始めたのである。

「ス」があるかないかというのは映画史的にはけっこう大事な問題なのである。

そういうことを「知らない」のは仕方がないけれど、自分が使う熟語の意味を調べずにものを書くのはよくないと思う。

本人が意味を知らない言葉を使って書いたものを、どうやったら読者は理解できるというのだろう。

私は「不勉強」を咎めているのではない。(私だって「不勉強」では人後に落ちない)そうではなく、「読者を愚弄する」態度を咎めているのである。


6月2日

げほげほ。

まだ風邪が治らない。

正謡会の本番は明日なのに、汗びっしょりでパジャマを濡らして眼をさます。

のどが痛いし、身体が重い。

しかし、合気道のお稽古を二週連続してさぼっているので、今日くらいは行かないとまずい。重い足をひきずって芦屋へ。

すると、松田先生と溝口さんの二人しか来てない。

ウチダがあまりにさぼったので、ついに学生たちからは合気道指導者として見限られてしまったのかとがっくり。

そこに矢部主将が登場。やはり主将は偉い。

ぼくたちだけでも合気道のかすかなともしびを絶やさずにがんばろうねと「喜びも哀しみも幾年月」的な気分になっているうちに、学生さんたちがぞろぞろやってきて、やがて道場いっぱいになってしまった。

来るなら、ちゃんと定時に来て、ひとをテンポラリー佐田啓二にさせないでほしいものである。

今日は林さんの「芦屋道場」でお稽古している小学生二人が参加する。

合気道の芦屋地域普及の「尖兵」となるべきおぼっちゃまたちであるので、なでなでしながらお稽古をする。

驚くべきことに、子どもたちは自分の手や足がいまどこにあって、どの方向を向いている、というようなことを「身体図式」として理解していない。

「はい、前に一歩」と言ったら、とんでもない方向に一歩踏み出す。

ま、たしかに眼が「あっち」を向いていたら、「あっち」が前だわな。

多田先生がしきりに身体軸を中心として「どの方向」に体を捌くかが体術の基本である、ということをおっしゃっていたが、そう言われてよく見ると、うちのお弟子さんたちの中にも、微妙にオリエンテーションが狂っている人が散見される。

ふーむ。

つまりこれは、あれですね。自分を含んだ「風景」というものを、想像的に「俯瞰する」視座を持てるかどうか、という問題にもかかわってきますね。

ラグビーやサッカーでは「スキャンできる選手」と「できない選手」ということを言う。

平尾さんとかナカタくんなんかは「スキャンできる選手」といわれる。

それは、グラウンドの「どこ」に自分がいて、どこに向かっているかが分かっていて、さらにコンマ何秒後かの、自分を含む全選手の位置取りを想像的に「俯瞰する」視点を持っている、ということである。

だから、その一瞬だけ開いた信じられないようなスペースに走り込んでゆくことができる。それは「あ、スペースが開いた」と知覚してから敏速に反応しているのではなく、そこに「スペースが開く」ことを予知しているからできることなのである。

これは単純に「足が速い」とか「フィジカルが強い」ということとはまったく別種の能力である。どちらかというと「身体知」的な能力である。

身体のもっているセンサー能力とか予知能力とか構造化能力のようなものである。

合気道においてボールゲームにおける「スキャニング」能力に似たものは必要であると私は思う。

だから今日小学生を見てびっくりしたのは、子どもというのは実に「自己中心的な」存在だということである。

それは生物的には非常にたいせつなことである。

子どものうちから、「長いものには巻かれろ」だとか「寄らば大樹の陰だよウチダくん」などといっているヤツはろくなものにはならない。

しかし、自己中心的なだけでは「その先」へは進めない。

「その先」、つまり「自分を含んだ風景を俯瞰する能力」というのはいくらどたばた稽古してもなかなか分からない。それ専用の稽古をすることが必要である。

それはどちらかというと「知的な」稽古である。

「知的」といっても「脳的」な知性ではなく、「身体的」な知性の使い方の稽古である。

多田塾の基本稽古では、「四方に変化する足捌き」の稽古をかなり長い時間かけてやる。

この稽古の「意味」が分かっていない人もいる。

それはどちらかというと、「剛腕」タイプの武道家である。多少体の位置取りがわるくても、力でねじふせ、速い身体の使い方で技をかけることができるタイプの人は、スキャニングの稽古の意味がつかみにくいのかも知れない。

「ぼくの身体は頭がいい」というのは橋本治先生の名言であるが、たぶん合気道の稽古のかなりの部分は「身体を頭よくする」ための稽古である。

こういうことは小学生を教えたりしていると、ふっと腑に落ちる。

だから、いろいろなタイプの人を教えるのは、修業上とても大切なことなのである。

林佳奈さんが芦屋道場を開いたことはとてもよいことだと私は思う。学生諸君が指導に当たっているが、これは必ず諸君の術技の向上に資するところ大であろう。

「なぜ、この子はこの動きができないのか?」ということの「意味」を探求すると、いろいろなことが分かってくる。そして、それが分かれば、「できる」ようにする方法も分かるんだよ。

おっと、また「説教モード」にはいっちまったぜ。


6月1日

あああ、忙しい。

朝一で下川先生のところで最後のお稽古。先生にばりばり謡を直される。

お昼から、大学で連続4つ会議。(フランス語研修旅行の打ち合わせ、文学部教授会、比較文化学専攻研究科委員会、人事専攻委員会)

会議をしながらお昼ご飯をたべる。(味がしない)

いろいろな会議でいろいろなことを取り決める。自分で確認することや、人に連絡することや、人と相談することがあまりにたくさんあるので、目の前がくるくるしてくる。

二時間かけてメールを20通ほど打って、とりあえず、今日連絡しなければならない人についての連絡は終了。ふう。(その日の仕事はその日のうちにやっておかないと、明日にはもうそれをしている時間がないのである。だいたい、忘れてるし。)

いろいろな人が私にいろいろな用事を言いつける。

『ウェストサイド物語』で「オフィサー・クラプキ」を歌いながら、ラス・タンブリンがみんなにぽこぽこ新聞紙で頭をはたかれる場面を思い出す。

「大学院の申請はどうなってるの?」

「自己評価委員会はどうなってるの?」

「フランス語研修はどうなってるの?」

「ゼミ旅行はどうなってるの?」

「教員研修会の原案はどうなってるの?」

「院試の問題はどうなってるの?」

「新任教員の採用人事はどうなってるの?」

「DVD−ロMの注文はどうなってるの?」

あたまがくらくらしてきた。

さあ、おうちに帰って「カコナール」を呑んで、梁川くんにもらった焼酎を呑んで、『バカボンド』を読みながら寝よ。