« 質問18 座禅の意識状態について | メイン | 質問19 神と仏は言葉の違い? »

2005年10月19日

質問20:男の人のことがさっぱりわかりません (会社員・34歳・女)

Q:
実は、男の人のことがさっぱりわかりません。
9年間お付き合いをしている方がいるのですが、今後のことをうまく話ができませ
ん。
彼はある夢を持ち、自己実現に邁進しています。
一緒に生活したり、これから二人で、いい関係を築いていきたいと思っています。
が、今後の話をしようとすると、うまく話し合えないのです。
どうも、私の手は借りたくないと思っているのでは?というような言動なのです。
例えば、一緒に住むにしても、先立つ物が必要になってきます。どちらかといえば、
私のほうがお金は自由に使えますので、それを元に、さて、どうしようか…となる
と、それはできないと言い張ります。
私に迷惑をかけまいとしているのでしょうか?
男の人にとって、自己実現と、金儲けは、近い位置にあるのでしょうか?
私なんかは、自己実現なんて、いろんな場所に転がっているものだと思っているので
すが…。
何度も、話し合おうとしたのですが、彼が、現状(最近はお金がないこと)の言い訳を
し、私は黙ってしまうことが続いています。
言葉を持たず、常に黙ってにっこり見つめ返す安らぎを求められているのでしょう
か?
彼は母子家庭ですので、子どもの時に目の前にいた大人は、すべて一人でしていたそ
うです。
お互いを認めて協業、分業したいのです。
一人で、すべてを成し遂げることが、自己実現なのでしょうか?
一人ですべてのことをしたいのならば、そう言ってくれれば、じゃあ今後の人生設計
は別々に、ということで、不本意ですが、前に進める気すらしていたのです。
たぶん、彼は、お互いの生活は別々にして、タイミングが合ったときに、会えばいい
と思っているのだと思っていました。
それならそれで、そう言ってくれればいいのに。
しかし、両親の前では、結婚するつもりですと、断言していました。
事前に何の話もありませんでしたので、私には寝耳に水で、「あぁそうだったの」と
驚きましたが、もしかしてそれを口にすると傷つくのではないかと思い、黙ってまし
た。
なるだけ、彼の自尊心を傷つけずに、今後のことを話し合うには、どうすればいいで
しょうか?

A:

こんにちは。恋愛専科のウチダです。
どうして釈先生はこういう質問には答えないで、僕の方に送って来ちゃうのでしょう。
まあ、釈先生の場合は家庭もおありになることで、「私の経験からしても・・・」というようなうかつなことを書いた場合に、家庭内争議の遠因ともなりかねないという事情もおありになるのでしょう。
私の場合は、どれほど非道なことを書こうともご叱正くださるような方がおられないので、どんな質問も「どんと恋」です。

さて自尊心が強くて、内心を打ち明けない男のことがわからないというご相談です。
「内心を打ち明けない男」が何を考えているかは、私にもわかりません(ふつう、だれにもわからないですよね)。
何も言わない以上、「あなたの同意や協力を得なければできないこと」は考えていないとみなしてよろしいでしょう。
もし協力が必要なら、そのプランを実現するためには、根回しとかネゴとかバーター交換とか、あなたを相手にいろいろな事前工作が必要ですからね。
ということは、あなたの彼は「自己決定」したい人で、「ネゴシエイト」するのがきっと苦手な人だと思うんです。
ひとりで決めて、ひとりで責任を取ることの方がいい、という人がいます。
他人をまじえて協議し、他人の意向をあれこれ汲み取って妥協したり迂回したりすることの代償に、決定がともなうリスクをヘッジすることよりも、ひとりで決めて、ひとりで責任を取ることの方を選ぶという人は決して少なくありません。
というか、現在ではむしろそういう方たちの方が多数なのかもしれません。
同意形成に多くの人間を巻き込むのには手間ひまがかかりますし、簡単に思い通りにはゆきません。
でも、ネゴの過程で思いがけないアイディアに触れたり、気づかなかったアプローチを開示されたり、ということだってあります。
それに他人といっしょに行う仕事の方が当然規模が大きく、社会的影響力も大きいわけです。
何よりも、それがもたらすベネフィットもリスクもみんなで分かち合うことができる。
苦労というのはひとりで引き受けるからしんどいので、分担するとどうということはないんです。
どう考えても、共同作業の方がいいと思うんですけれど、ネゴシエイトが「キライ」という人は損得抜きで、「キライなものはキライ」なんです。(自分の意見を他人とすりあわせたり、ひっこめたりすることを「屈辱」とか「敗北」というふうに感じちゃうんでしょうね)。
彼はきっと「自分らしくなくなる」ことに対する恐怖がとても強い人なんだろうと思います。
それはそれだけ彼が死守しようとしている「自分らしさ」が脆弱なものだということなんです。
というわけで結論を申し上げますが、彼があなたに求めているのはおそらく慈愛深くすべてを許す「母親」であって、社会的活動における「パートナー」ではありません。
あなたがもし「イーブン・パートナー」でありたいと望んでいるなら、この関係を持続させることはちょっとむずかしいかもしれません。
でも、世の中には「母親」役を黙々と演じることで幸福になれる人もいます。
そういうのはその人の「傾向」の問題であって、主体的決意でどうこうできるものではありません。
もし、あなたに「母親的傾向」があるなら、それを強化するというのがふたりが閉じられた世界で幸福になれる確実な道であるように思われます(対「開かれた世界」的にどうなるかはわかりませんけど)。

投稿者 uchida : 2005年10月19日 09:38

コメント

コメントしてください

サイン・インを確認しました、 さん。コメントしてください。 (サイン・アウト)

(いままで、ここでコメントしたとがないときは、コメントを表示する前にこのウェブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)


情報を登録する?