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質問22 アリを踏むのが趣味でした

Q:

釈先生・内田先生
「インターネット持仏堂」の質問コーナーを楽しく拝見させて頂いておりました。
逆襲の再開を喜んでおります。
さて、早速相談がございます。
私は3歳ぐらいの頃、アリを踏むのが趣味でした。
よく一人で家の裏に出かけて行っては、アリを黙々と踏み続けたものです。
アリ踏みをほぼ日課にしていましたので、かなりの大量虐殺をしたと思います。
勿論当時は一片の悪気もありませんでしたが、今思い出すと、「本当にひどいことをして悪かった」という気持ちと共に、取り返しのつかない重大な罪を犯したのでは、という恐れを感じます。
当時のアリに対して今更「申し訳ないから償いたい」という気持ちは、どこへどうぶつければ良いでしょうか。
また、仏教の事は良く判りませんが、出来れば来世は解脱したいと思っています。
しかしこんな大罪を負っていたらそもそも無理でしょうか。(それどころか地獄行き決定でしょうか。)不安です。
(¥さん・女・28歳)

A:

 うむ、それは地獄行き決定ですね。間違いありません。というのはウソです。
¥さんが地獄へ行かれるのか、天へと転生されるのか、はたまた無に帰されるのか、私にはわかりません。それは私たちが理解できることではありませんし、コントロールもできません。私たちができるのは、今、私自身の行為を点検することだけです。そして死後のことは「おまかせ」。
このご質問で大切なポイントは、大罪を背負っているという自覚とそれに対する恐れです。ご自身の行為を見つめなおそうという姿勢はとても倫理的です。もしあなたの目の前に法然上人がおられたなら、「その身のままでお念仏しなさい。まちがいなく浄土に往生します」とおっしゃるにちがいありません(法然上人は、猟師・漁師・遊女など従来の仏教が切り捨ててきた人々に対して仏道を示された方です)。浄土仏教の人が恐れと不安を抱きながらお念仏されるように、\さんは\さんなりの宗教儀礼を行うことによって「申し訳ないから償いたいという思いをぶつける」のがよろしい。
ところで、よく自分の在り様を点検してみたら、「過去にアリを大量に殺した」行為以外にもいろんなことに気づいて愕然としません? また、過去の行為だけではなく、まさに今、他者を傷つけていることも自覚できるはずです。それなのに、なぜ「アリを殺した」ことが今でも気になるのでしょうか? 仏教の文脈でたどるならば、そこが重要になってきます。もしかしたら、現在\さん自身が抱える問題に関連しているのでは。たとえば、「無垢だからこそ傷つけてしまう」という現象がすごくいやらしく思ってしまうことに対して何か思い当たるところはありませんか? 「なぜ自分はこのことが気になるのだろう」という道筋を遡及してみてください。\さんの生きる力を活性化させるヒントがそこにあるのではないでしょうか。
 蛇足ですが、アリを「個体」としてとらえて、「大量虐殺」などと考えるのは、こちらの勝手な枠組みです。(おそらく)アリには個などなく、種で生存しているので、人間がいくら踏み潰してもアリの種全体から見れば、人間がカに刺されたほどのこともない、と言えるかもしれません。まあ、これも私が勝手に考えていることですが。いずれにしても、種全体から見てみれば、人間がアリに優っていると簡単には言い切れないような気もしたりします。固体の数だとまちがいなく負けてますもんね。

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2005年10月25日 20:07に投稿されたエントリーのページです。

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