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質問・49 どうして現代人は京都に惹かれるのでしょう?

Q:
「京都検定」なんてのも出来、「京都ブーム」というものがおこっているように感じる「京都ファン」のひとりです。
なぜ、現代人は「京都」に惹かれるのでしょう?
(東京都・あみん)

A:
人間国宝・桂米朝の「鹿政談」に、三都の名物という<言い立て(つらつらと決まり文句を語ること)>があります。
その中で、京都の名物は「水、壬生菜、女、羽二重、みすや針、寺に、織り屋に、人形、焼き物」となっています。
まあ、京都にはもっといろんな名物があると思うのですが、この言い方にはいろんな要素が語られています。
●水・壬生菜…水が良く、野菜がおいしいという土地事情は、食文化や居住性のレベルを高く維持したでしょう。
●女・羽二重・みすや針…「大阪の喰いだおれ、京の着だおれ」って言うくらいですから、女性も美しく、衣装・服装の文化も発達しているんですね(みすや針というのは、かつてとても有名だった縫い針のことです。みっしゃ針と発音します)。
●寺・織り屋・人形・焼き物…そして各宗派の本山が集まり、代表的な寺社仏閣がいっぱい。さらに、産業や技術やデザインの感性も優れている。そんな要素が名物として数えられているんでしょうね。
一般にイメージされる<京都>はかなりせまい範囲です。京都市11行政区よりもさらに小さい。さらにそのせまい範囲に、大きなものだけでも「祇園」「西陣」「室町」と三つも文化圏があります。また、実は京都には平安の建物は残ってません。すべて、鎌倉以降。千年の都でありながら、奈良と比べると、たたずまいはかなり新しいのです。人工的な計画都市でありながら、せまい地域に異質のものが凝縮してバサラ状態である、しかも伝統の持続に高い価値をおく。このあたりが京都の底力かもしれません。
「なぜ、今、京都なのか」というよりも、京都はどの時代においても気になる場だと思います。なにしろそのたたずまいには誰しも伝統と最先端を感じずにはおれません。どの時代のどの地域の人が訪れても、そのように感じるはずです。そんな京都の特性は、もう言い尽くされていますが、やっぱり京都を歩くと「ううむ、勝てない…」と思ってしまいます。
また、ご存知のように、京都は、そのようなたたずまいと場の霊性を維持しようとする努力を常に行っています。最近も、高い看板撤去の条例が提出されましたよね。住んでいる人たちが、住んでいる場の特性をよく知っているからこそできる努力です。大阪も少しは見習っていただきたい(涙)。

ウチダからひとこと:
バッキー井上さんの名言に「京都は御所以外みんな下町」というのがあります。
京都の特質を言い当てて妙ですね。
京都は御所という中心があり、かつその中心には誰もいません。
無住の館を中心とする街。
城下町というのはどれもそういう構造になっています。
政治的欲望はある種の空虚を志向します。
天下を支配する欲望を持つことを古語では「中原に鹿を逐う」と言います。
帝位を鹿に喩えた古代人の洞察に驚かされます。
権力の座は本質的に「逃げ去るもの」であり、それを欲望する人は「屍骸」というかたちで、つまり「もうそれは存在しない」という条件でしか手に入れることができない。
門前町というのも中心は空虚ですね。
人々を惹きつける欲望の中心には寺院や神社があり、その中心にはある種の「イコン」(似像)だけがあって、いかなる地上的実体も存在しない。
京都は「城下町」と「門前町」の両方の特質を備えた日本唯一の都市です。
それゆえ京都は日本人の欲望をつよく喚起するのだと思います。

特別ゲストの江弘毅さんからもご回答を頂きました!

わたしは「だんじりエディター」ですが、これまで京都のガイド系本や
月刊誌での特集をどかどかどどどっと出してきました(売れるから今も
出していますが/笑)。こんなことを言うのは、大変おかしなことで矛
盾していることになるのですが、基本的に京都というまちは「一見お断
り」です。だから情報誌やガイドブックをを見ていくところではない。
「こら江、どないなっとんねん!」と怒らないでくださいね。
つまり京都のまちのあれやこれやは、データとかによって情報化できま
せん。
そこでは、「はい、1万円」と宣言して1万円渡して、「は
いそれでは、1万円分のハモと京野菜の炊いたんとお酒ですぅ」
とは出てこない。かわりに「いけず」つきの「お茶(ぶぶ)漬け」が出
てくるかもしれない。
「百円あったらマクドナルド」に行って百円出せば、「いらっしゃいま
せこんにちは(あのイントネーションで)」「チーズバーガー、ホット
アップルパイ、三角チョコパイ、ドリンク、マックシェイクとありまし
て、どれも百円です。あと170円でポテトはいかがですか?(そ
れにしても、なんで100円のチーズバーガーに170円のポテ
トを奨めんねん)」とはならない。グローバルスタンダードでたいへん
経済合理的な等価交換の世界ではないのです。
そこでの商品やサービスは、それについての情報を身にまとい、つまり
その買い方食べ方楽しみ方のマニュアルを読んで、そこにデータ化され
ている対価=お金さえ用意すれば、いつでもそれに応じて交換される。
そういう風になるとは限りません。
京都の人は、人間やものを一元的な物差しでは見ておりません。(背
が)高い、(お金が)多い、(喧嘩が)強い、(足が)早い、(規模
が)大きい…とかだけで物事を測らないのです。
実際、京都のまちに行ってびっくりするのは、河原町や烏丸あたりを歩
いてみてもハイテクな金属やガラスのビルよりも木造の町家の漬物屋さ
んや豆腐屋さんや箒屋さんとかの方が幅をきかせているように見える
し、祇園に行ってクラブやラウンジの入ったビルや大きなお茶屋さんや
料理屋さんの並びに一軒屋のタバコ屋さんや果物屋さんがあってそこの
方が目立っていたり、ビカビカに光った高層のシティホテルよりも土壁
二階建ての旅館の方が偉そうで威張っているように見えます。
ディズニーランドは世界中にどこでもつくることはできますし、今やた
くさんの国にもありますね。けれども京都の豆腐屋さんは京都の街場の
豆腐屋さんであって、デパ地下やスーパーの豆腐コーナーではあきませ
んね。
同じスーパードライを家で飲むのと、居酒屋やバーでもいいですがよそ
の店で飲む方がどうしておいしいのか(高いのに)。思わずそんなこと
を考えてしまうのが楽しいから、人は京都に行くのでしょう。
だから「なのにあなたは京都に行くの 京都の町はそれほどいいの こ
の私の愛よりも」(チェリッシュ)、「きっといいことおきるから 京
都あたりへ行きたいわ」(大阪の女/ザ・ピーナツ)で、「そうだ京都
行こう」(JR東海)なのです。
どうか「いけず」をかいくぐり、京都を楽しんでください。

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2006年12月27日 18:01に投稿されたエントリーのページです。

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