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質問32・ひとの咳払いが気になって

A:
内田樹様、釈様
他人の咳払いがここ数年、過剰に気になり外出にも支障が出て困っています。
背後で咳払いが起こると、背中に身体的痛みが刻印されます。
そんな仕組み(ルート)が自分の身体に出来ているようです。
また、嫌な感情として心に残り、エネルギーが急激に低下します。
医者に相談してもダメ、耳栓も外では危険、何か対策としての方法はないのでしょうか。
私のこの喫緊の悩みに知恵をください。
この頃では咳払いがとても増え、頭の中で想像しただけで背中に痛みが走ります。
(横浜市 26才・アルバイト・男)

A:
釈先生からのご回答:
数年来、このような状態が続いておられるとのこと。ずいぶん苦しいことでしょう。おそらくなんらかの精神作用・神経作用なのでしょうね。
お医者さんだって人間ですから、相性というものがあります。特にこの分野では相性の要素が強いようですから、何人かの方を訪ねられるのが良いのではないでしょうか。そうだ、名越先生かドクター佐藤に登場のお願いをしたほうがいいかも。
有名な白隠禅師は、神経症に苦しんだとき、軟酥(なんそ)の法というイメージトレーニングで回復したそうです。自著の『夜船閑話』によれば、「頭痛・胸痛がひどく、肺・心臓が焼け焦げるようだ。両手両足は氷雪のように凍えていて、耳鳴りはやまず、なにごとも億劫。神経は過敏になり、かつ恐怖心にさいなまれる。心身ともに疲れているのに眠れない」といった状況で、何人ものお医者さんを訪ねたがうまくいかず、最後にこの療法にたどり着いたということです。酥というのはチーズのようなもので、野球のボールくらいの酥が頭の上に浮かんでいるのをイメージします。それが次第に溶け出し、体中に染み込んでいく有様を瞑想するのが軟酥の法です。現在でも、内観法や森田療法など、仏教を基礎にした精神療法は結構ありますので、一度試されてはいかがでしょうか(書籍やネットで簡単に道場や病院を見つけることができます)。
 ご本人も「そんな仕組み(ルート)が出来ている」とおっしゃっています。仏教とは、このような自分で作り上げているルートを解体するための体系だと言えます。ですから、仏教の実践がうまく機能すれば解決の糸口になるような気はします。少しばかり仏教を知ったからといって、即効性はないでしょうが(また即効性のあるものは、副作用も強いように思います)、「数年かかって悪くなったものは、数年かけてしか良くならない」という気持ちで、今の痛みとうまくつきあいながら、徐々に心身のバランスを取り戻すイメージをもつのが良いのではないでしょうか。

内田:
とても興味深い症例ですね。
他人の咳払いが器質的な刺激である可能性はきわめて低いので、心理的な原因によるものだと思います。
「咳払い」は「免疫システム=自我にとって〈他者〉であるもの」を吐き出すための生理的反応ですから、それを背中に受けると不快を感じるというのは、あなたが咳払いを「記号的」に解釈しているせいとだと思います(他人の咳払いに物理的な攻撃が含まれているという可能性は少ないですから)。
いちばん一般的な解釈は「おまえは他者だ」という名指しに対する不快だと思うのですが、誰だって他人から見れば他人なわけですから、そんなことでいちいち傷つくというのでは説明になりません。
「記号的解釈」といいましたけれど、あなたがどういう記号体系によって世界の出来事を解釈しているのかについてある程度のことがわからないと、うかつなことは言えないですね。
咳払い以外にあなたが強く否定的な反応する他人の行動というのがあれば、教えて頂けませんか?
私が回答を留保するということはあまりないんですけれど(主たる理由は「なもん、どうだっていいじゃん」という態度の悪さのせいですが)、あなたの症例はとても興味深いので、もう少し詳しいことをお訊きしたいです。あなたの症状の緩和には直接役立たないかもしれませんけれど。

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2006年01月24日 23:23に投稿されたエントリーのページです。

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