: updated 19 April 1999
Simple man simple dream -28
古だぬきは戦争について語らない

大学の「20世紀の戦争と平和」という連続講義の順番が回ってきた。何を話すか何も考えないで、ずるずる日を過ごしているうちに、その日が来てしまって困ったことになった。私はこれまで一度も戦争について論じたことがない。つまり、戦争についての自説なるものを持っていないのである。戦争について何の定見ももたないものが教壇に上がって、目をきらきらさせてノートを拡げている100人ほどの学生さんたちに何かお話をしなければならない。これは困った。

しかたがないので、「私はこれまで一度も戦争についてまじめに論じたことがない」ということを論題にして話を始めることにした。

私ももうすぐ齢知命に達しようとする古だぬきである。古だぬきである以上、それが「何かをしない」ことがまったく無動機的であるということはありえない。私のような劫を経たおじさんが「何かをしない」場合、それはたいていある種の底意があってのことである。もちろん単なる不注意や怠惰のゆえに「しない」ということもある。

だが、その場合でも、そのような不注意や怠惰を犯している「自分を許す」という仕方で、「おじさん」は確信犯的にその論件をネグレクトしているのである。

私はこれまで一度も戦争について論じなかった。だとすれば、それは「戦争について論ずるのはよくないことだ」と漠然と思っていたからに違いない。なぜ、私は「戦争について論じるのはよくない」と考えているのか、その直観に何らかの合理的根拠はあるのか。今回はこのことを少し考えてみたい。

ふたつきほど前、A市の国際交流協会というところのアメリカの姉妹都市への派遣留学生の選考に立ち会う機会があった。そのときにアプライしてきた学生たち全員にある選考委員が同じ質問をした。NATOのユーゴ空爆について知るところを述べよ、というのである。

受験生たちのあるものは絶句し、あるものは新聞の見出し程度のことをたどたどしく語り、あるものは新聞のリード程度の知識を披瀝した。

その回答を聞いて、件の選考委員は全員にこう諭した。

「アメリカではね。高校生でも、自国がかかわっている戦争については、賛成反対の意思を明確に表明し、きっちりディベートする。君たちが、国際情勢についてそんなふうないい加減な知識しか持っておらず、それについて賛否の立場を議することができないとむこうにいって恥をかくよ。」

彼はもちろん善意のひとであり、その説諭は教化的な意図のものであった。しかし、それにもかかわらず同じ言葉を十数回聞かされているうちに、私はだんだん不愉快になってきた。

他国で行われている戦争について、それがどういう国際関係論的文脈でなされているかについて十分な情報をもち、それについて賛否の立場を明らかにできるということはそんなに偉いことなのだろうか?そもそも、必要なことなのだろうか?

私はユーゴの戦争について新聞報道以上のことを知らないし、その記事だって決して熱心に読んでいるわけではない。戦争の記事をみるたびに「あー、やだやだ。馬鹿と馬鹿が戦争してるぜ。けっ」と顔をしかめて、ぽいと新聞を放り出している。

泥棒にも三分の理。ましてや戦争だ。ミロシェビッチにだってNATOにだってコソボ解放軍にだってギリシャにだって、それぞれ言い分はあるだろう。それぞれの言い分をきっちり聞こうとしたら、いくら時間があっても足りない。それに「ここまで調べたら、賛否の判断をしてもよい」というような情報量の基準線など原理的に存在しない。CNNのニュースを聞いて、ワシントン・ポストとタイムズとル・モンドと人民日報とイズベスチャ(まだあるのかしら)を定期購読しているひとなら正しく判断できるというものではあるまい。私の知っている国際関係論の専門家はインターネットでセルビア側とコソボ解放軍とアルバニアとギリシャの関連ホームページを読んでいるが、「どれも一方的な情報しか伝えていない」と嘆いていた。

こういう問題について「賛否の判断をするに十分な情報」というものはありえない。十分な情報がないままに賛否の判断をするのはパセティックではあるけれど合理的ではない。審美的にはかっこいいが論理的には危うい。

そもそもかの選考委員がたたえる「アメリカでは高校生だって…」ということ自体がきわめて重大な問題を含んでいると私は思う。

アメリカの高校生だってユーゴの戦争についての知識は私とどっこいのはずである。それにもかかわらず、彼らはあるいは空爆に決然と賛成し、あるいは決然と反対するらしい。なぜそういうことができるのか。

たぶんそれは「よく分からない」ことについても「よく分からない」と言ってはいけないと、彼らが教え込まれているからである。「よく分からない」と言うやつは知性に欠けているとみなしてよいと、教え込まれているからである。

反対側から言えば、ある種の知的努力さえすれば、どんな複雑な紛争についても、その理非曲直をきっぱりと判定できるような俯瞰的視点に達しうる、と彼らは信じている。だからこそどんな問題についてもつねに「きっぱりした」態度をとることが強く推奨されるのである。アメリカではそれは十分な「知的努力」を行ったことのしるしであり、そうすれば「賢く」みえるということをみんな知っているからである。

これは私に言わせればかなり特異な信憑の形態である。民族誌的奇習と言ってもいい。こういうものを「グローバル・スタンダード」だと言い募るひとに私はつよい不信の念を禁じ得ないものである。

具体的にいま戦われている戦争について、それを俯瞰するような上空飛行的視点がありうるのだろうか?その戦争に対して、どう判断し、どうかかわるべきかを教えてくれるような知的なポジションというのはありうるのだろうか?

私はそんなものはないと思う。

「そんな超越的な視座は存在しない」というところから出発すれば、戦争の見方はずいぶん変わってくると思う。だが、知識人の多くはそういうふうには考えない。だからこそ彼らは戦争に対して非常に「まじめ」な態度をとる。

彼らはまず「勉強」する。情報を集め、文献を読み、当事者にインタビューし、現場を訪れ、戦争の空気を経験しようとする。いま世界のどこかで行われている戦争について、どれほど「知識」を持っているか、どれほど熱心に勉強しているか。それが知識人の知的威信と直接リンクしている、と彼らは信じているからだ。

それだけではない。十分な情報収集のすえに、戦争の全体像を捉えたと確信するや、彼らは「行動」を開始する。紛争当事国の一方に理があると信じれば、公然と支持を表明し、あらゆる手立てで支援し、それでも足りなければ義勇軍に身を投じて銃をとることさえ辞さない。どちらにも理がないと思った場合には、「反戦」の大義を掲げて激烈な反戦運動を展開し、翻ってその運動を支持しない知識人を手厳しく批判する。それは、ある戦争について「どれくらい徹底的にコミットするか」が知識人の倫理性と直接リンクしていると彼らが信じているからである。

戦争に対するかかわりがそのひとの知性と倫理性の「査定」のための踏み絵となる、という考え方はひとつのドクサにすぎない。このドクサのイデオロギー性についての無自覚。それが戦争を語るすべての知識人に深く蔓延しているように私には思われる。

その典型的な例を私はこの戦争についてスーザン・ソンタグが朝日新聞に寄稿した文章のうちに見た。大江健三郎との往復書簡のなかでのソンタグの言説のあり方は、戦争に対する現代知識人のひとつの「定型」だと私は思う。

ソンタグはこう書いている。

「作家のもっとも重要な責務として、ともかくどうあるべきか…真剣さを失わないことが必要なのです。シニカルでは(斜に構えていては)いけない。そして証言する。被害者のために声をあげて語ること。」

ひとが「真剣」であるか「シニカル」であるかの判定基準は、ソンタグによれば、「現場」を踏んでいるかどうか、ということである。ソンタグはこう続ける。

「私がずいぶん前に自分に課したことがあります。自分がそれまで知らなかったり、この目で見たことがなかったりする事柄についてはけっしてどんな立場もとってはならないと。」

もちろんソンタグはだからときには率直に「よく分からない」ということが誠実さの証でありうると言っているわけではない。まるで逆である。「よく分からない」のは「知らない」こと、「この目でみたことがない」ことの帰結であって、要するに怠慢の同義語なのである。

「ベトナムでの戦争については68年と73年にそこに行っているので語ることができます。サラエボでもほぼ三年間にわたり相当の時間を過ごしました。アルバニアにも最近二度滞在しました。善意があっても思慮深くとも、直接の体験の具体性にとってかわることはけっしてできません。(…)どんな戦争地帯にも一度も近づいたことがなく、戦闘にくみしたり、爆撃のもとで暮らしたりするとはどんなことかこれっぽちの考えもない。それがみえみえのアメリカやヨーロッパの知識人たちが尊大にもあの戦争について語るのを目にして怒りを禁じ得ませんでした。」

要するにソンタグは「私は現場をよく知っているし、この目で見ているから、戦争について発言できるし、立場も持てる。そうでない人間たち(「戦闘にくみしたり」「爆撃のもとで暮らしたり」したことがない人間たち。たとえば私のような人間)は意見を言う資格がないから、黙っていろ」と言っているのである。

(原文がどうだか分からないけれど「戦闘にくみする」というのはかなり聞き捨てならない表現である。これは紛争当事者の一方に「与して」戦闘行為に参加するという意味以外にない。)

これはそれなりにリファインされているけれども、ユーゴ空爆について意見を求められてもへらへら笑っているだけの日本人学生を軽蔑する(であろう)「アメリカの高校生」とまったく同型の思考である。

ソンタグがぜひとも成し遂げようとしているのは、戦争についてきっぱりと明確な「立場」を持つことである。それが知識人としての自分の「生命線」だと彼女は信じている。この信憑のあり方は、「アメリカの高校生」が戦争についてなんらかの「立場」を持つことが彼らのささやかな知的威信とリンクしていると信じているのと同型的である。さらに言えばジョージ・ブッシュやビル・クリントンがイラクやユーゴに対して何らかの「立場」を持つことが彼らのささやかな政治的威信とリンクしていると信じているのと同型的である。

私はこれをして「民族誌的奇習」であると言っているのである。

安定した知識人としての生活を捨てて、戦時下のベトナムに行くことがが「真剣な」知識人としての知的・倫理的威信を高めると信じているソンタグの信憑の形態は、安定した平時体制を捨てて、内戦のベトナムに軍事介入することが「真剣な」国家としての政治的・倫理的威信を高めると信じているアメリカ政府信憑の形態と同型的である。

「被害者」に代わって「証言」するために戦場に赴き、不可避的に「戦闘にくみする」ことがおのれの倫理性の維持にとって譲ることのできない選択だと信じているソンタグの行動は、民主主義と人権を守るために外国に出兵して、あえて「戦闘にくみする」ことが国家としての倫理性を維持するために譲ることのできない選択だと信じているアメリカ政府の行動と、信憑のあり方において同型的である。

戦場に来ないで戦争についてあれこれ論評する知識人に「怒りを禁じ得ない」ソンタグの感覚は、戦場に来ないであれこれ論評するだけの日本政府の弱腰に「怒りを禁じ得ない」でいた(湾岸戦争の時の)アメリカ政府の感覚と同型的である。

そして、自分がアメリカ政府と「立場」が違うだけで、同じ思考の文法で語っていることにスーザン・ソンタグ自身はどうやら気づいていない。

私たちは知性を計量するとき、そのひとの「真剣さ」や「情報量」や「現場経験」などというものを勘定には入れない。そうではなくて、その人が自分の知っていることをどれくらい疑っているか、自分が見たものをどれくらい信じていないか、自分の善意に紛れ込んでいる欲望をどれくらい意識化できるか、を基準にして判断する。

その基準に照らした場合、スーザン・ソンタグの知性はかなり低いと断じてかまわないだろう。

しかし、これはソンタグひとりの責任ではない。

戦争についての「知識」や「情報」や「経験」の量の多寡が、知性の査定基準であると信じているすべての人々、その「知識」「情報」「経験」から導かれた「立場」の貫徹にどれほど真剣かつ徹底的であるかが倫理性の査定基準であると信じているすべての人々(日本にもたくさんいるけど)は、その意味でソンタグの同類である。彼らは戦争「そのもの」には関心がなく、ただ戦争という「事件」にどうかかわるかをショウ・オフすることによってローカルな同職者集団のなかでのヒエラルヒーを高め、発言権を増し、自分に反対するものを黙らせることに主たる関心がある。(そしてそれこそが「主な関心」であることを、夫子ご自身は都合よく忘れているのである。)

その意味ではソンタグは(湾岸戦争のときの)小沢一郎とも連合赤軍の永田洋子ともよく似ている。

私は戦争について語りたくないし、なんらかの「立場」もとりたくない。もちろん現場になんか頼まれたって行きたくないし、「戦闘にくみする」ことなんかまっぴらごめんである。

そんな人間は戦争について論じる資格がない、とソンタグとその同類たちが言うから、私は黙っているのである。黙るもなにも、そもそも私にはなにも言うことがない。戦争のことは、私には「よく分からない」からだ。私はただ戦争が嫌いで、戦争が怖いだけである。

あるいは私のこのような戦争にたいする腰の引け方は日本政府の腰の引け方と「同型的」なものなのかもしれない。しかし、第二次大戦後の実状に徴する限り、「現場へ乗り込んで、きっぱりとした態度をとる」ことをよしとする国と、「現場にゆかずに、ぐずぐずしている」ことをよしとする国とどちらが多くの破壊をもたらしたかは誰の目にも明らかだろう。

それにもかかわらず、残念ながら、いま「戦争について語る」ことはソンタグ的なフレームワークを受け入れることを意味している。

ソンタグ的なフレームワークとは、要するに戦争についてどう語るかがそのひとの知性と倫理性の査定にリンクするという考え方である。そのフレームワークのイデオロギー性が懐疑されない限り、「戦争なんかするやつはどっちもバカなんじゃないですか。けけっ」などという不謹慎なことを言うものは知的にも倫理的にも許し難い人物として非難の嵐に吹き飛ばされることは必至である。それゆえ古だぬきは戦争について黙して語らないのである。(とか言いながら、結局このあともながながと語ることになってしまうのだが…)

(つづく)

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